ガウス整数のアリトメチカを考えるうえで,素因子分解とその一意性に続いて重要なのは割り算の可能性ですが,ガウス整数域における割り算は有理整数域における周知の割り算とまったく同様の仕方で遂行されます.有理整数の場合,aは任意の有理整数,bは正の有理整数としてaをbで割ると,
a=nb+k
という形の式が得られます.ここで,nはこの割り算における「商」と呼ばれる有理整数,kは「剰余」と呼ばれる有理整数です.この等式の成立を考えるうえではbの正負は問題にならず,負でもさしつかえないのですが,便宜上,正としました.商nと剰余kは一意的に定められるわけではありませんが,kの大きさを0とb-1の間に指定するとただひとつの商と剰余が確定します.その場合の剰余kのことを「絶対最小剰余」と呼びますが,全部でb個の絶対最小剰余が存在することになります.絶対最小剰余が配置される範囲を0とb-1の間に指定するのは,必ずそうしなければならないと決まっているわけではなく,-b/2とb/2の間に指定されることもよくあります.bの正負を定めない場合には,bの代りにその絶対値を用いれば,上記と同じ記述が成立します.この割り算が基礎になってbを法とする合同の概念が確定し,有理整数の合同の理論が構築されるのでした.
ガウス整数域の割り算もまったく同様に進行しますが,絶対最小剰余の個数を数えると,今度は法のノルムが現れます.その様子は次の定理にはっきりと表明されています.
定理
《与えられた複素法m=a+biのノルムをaa+bb=pとし,a, bは互いに素とすると,任意の複素整数は系列0, 1, 2, 3, ..., p-1のうちのあるひとつの剰余と合同であり,しかもひとつより多くの剰余と合同になることはない.》
系列0, 1, 2, 3, ..., p-1はいわば「絶対最小剰余の完全系」を作りますが,剰余を実数に限定しなければならない理由はなく,次のようにも言えます.
定理
《複素法m=a+biに関して,そのノルムをaa+bb=pと置く.a, bは「互いに素」ではないとし,最大公約数をλ(λは正とする)とする.このとき,任意の複素数は,xは数0, 1, 2, 3, ..., p/λ-1のひとつ,yは数0, 1, 2, 3, ..., λ-1のひとつとして,x+iyという形の剰余と合同になる.しかも,このような形のp個の剰余のすべてのうち,ただひとつの剰余と合同になる.》
平面上に直行する二本の直線を引き,一方をx軸,もう一方をy軸と名づけると,いわゆるガウス平面が設定されて,複素数x+yiとガウス平面上の点(x, y)が対応します.複素数を視覚的に把握しようとするガウスの工夫ですが,ガウスはこのようなアイデアをオイラーに学んだのであろうと思います.オイラーは実変化量xを視覚化するために平面上に一本の直線を引き,その上の一点Aを任意に固定し,xの取る数値と,その数値に等しい長さの線分を始点Aから測定して切り取って対応させました.複素数x+yiには二つの変化量x, yが現れますから,オイラーのアイデアに基づいてこれを視覚化するには二本の直線(実軸と虚軸)が必要になります.オイラーの影響がガウスに強く及ぼされているのは明瞭ですが,ガウス自身はそんなことを明言しているわけではありません.
上記の第二番目の定理によれば,ガウス平面上にひとつの長方形が描かれて,任意のガウス整数はmを法としてその長方形の中にただひとつの剰余をもつことになります.そこで,この長方形内に配置される全部でp個のガウス整数を,法mに関する絶対最小剰余と呼ぶのが相応しいと思います.この長方形は原点O=(0, 0), x軸上の点(p/λ-1, 0), y軸上の点(0, λ-1),それにもうひとつの点(p/λ-1, λ-1)を結んで描かれます.
ガウス平面上に絶対最小剰余を配置する仕方はひと通りに限定されるわけではなく,上記の第一番目の定理が教えるように,実軸上にp個の数値に対応する点を0, 1, 2, 3, ..., p-1を配列してもよく,-p/2と p/2の間にはさまれるp個の数値を取り,それらに対応する点を採用することもできます.