ライプニッツとベルヌーイ兄弟の数学的思索を受けて、オイラーが明確な自覚をもって発見したのは「無限小の世界」であったと思います。有限の世界に身を置く限り、無限小量は0としか見えませんが、ひとたび無限小の世界に移動するならば、そこにはいろいろなタイプの無限小量が存在し、大きな無限小もあれば小さな無限小もあるというふうで、いわば階層化されています。ライプニッツは微分計算の規則
d(x+y)=dx+dy
d(xy)=xdy+ydx
を書き下し、有限の世界から無限小の世界へと移る道筋を明示しましたが、無限小の世界そのものを自覚して見ていたのかどうか、遺されたものを読む限りでは判断しかねるところもあります。ベルヌーイ兄弟がライプニッツの思索をなお一歩進めたのは間違いなく、その足跡は、ヨハン・ベルヌーイの講義録やロピタルのテキスト『曲線の理解のための無限小解析』などを通じて具体的に遺されています。オイラーにいたり、「無限小の世界」のリアルな姿が明確に自覚され、無限解析もしくは無限小解析の根柢が定まりました。
無限小の世界に移ると、曲線に接線を引いたり、弧長を算出したり、曲線で囲まれた領域の面積を求めたりする作業がごく簡単に遂行されます。平面上に、方程式
(1) f(x,y)=0
で規定される曲線が描かれたとき、この曲線上の点(a,b)において接線を引くには、この方程式をそのまま微分します。これを実行すると、
(2) Adx+Bdy=0
という形の微分方程式ができます。ここでAとBは関数f(x,y)の、それぞれx、yに関する偏微分係数を表します。そこで、AとBの点(a,b)における数値を取り、方程式
(3) A(a,b)dx+B(a,b)dy=0
を作ると、これはdxとdyの関係を記述する一次方程式ですから、無限小の世界に描かれた直線の方程式にほかなりません。A(a,b)とB(a,b)が同時に消失する場合にはこの限りではありませんが、そのような場合というのは接線が存在しない場合ですから、考慮する必要はありません。そこで、この直線を「無限に延長して」有限の世界に及ぶなら、求める接線がおのずと描かれていくことになります。これが、ライプニッツが発見した万能の接線法の基本原理です。
方程式(3)は曲線の弧長を求める計算にもそのまま使えます。点(a,b)において無限小の世界に移れば、提示された曲線は点(a,b)における接線そのものになります。そこで、点(a,b)を頂点のひとつとし、直角をはさむ二辺がdxとdyになる直角三角形を描くと、斜辺、すなわち接線の長さは、ピタゴラスの定理により、
(4) ds=√((dx)^2+(dy)^2)
=√((dx)^2+(- A(a,b)/ B(a,b))^2(dx)^2)
=dx√(1+(- A(a,b)/ B(a,b))^2)

というふうに求められます。これはB(a,b)が0ではない場合の計算ですが、A(a,b)が0でなければ、同様の計算を繰り返して、dyを用いてdsを表示することもできます。この数値を曲線上の各点において算出しておいて、曲線上の任意の二点PとQを指定した上で、曲線に沿ってPからQまで「寄せ集めていけば」、PからQまでの弧長を表す数値が手に入ります。dsは「線素」と呼ばれることもあります。
平面上に曲線を描き、その曲線で囲まれた部分の面積を求めるにも、無限小の世界への移行は有効です。面積を求めたいと思う領域をDとし、Dの各点において無限小の世界に移り、たとえば「縦×横」のように、さながら有限の世界であるかのように研鑽を進めて面積を算出します。dxとdyを二辺とする長方形を描けば、その面積は
(5) dS=dxdy
で求められますから、これを領域Dの全体にわたって「寄せ集めていけば」、Dの面積を表す数値が求められます。dSはしばしば「面素」という名で呼ばれます。その際、寄せ集め方にはいろいろな工夫があり、たとえば円で囲まれた領域の場合などには、直交座標x、yの代りに、方程式
(6) x=r cosθ、y=r sinθ
を経由して極座標(r,θ) に移るのがしばしば有効です。
ピタゴラスの定理といい、「縦×横」といい、いったん無限小の世界に移った上で、有限の世界で通用するのも同じ計算を平然と遂行し、さてそれから有限の世界にもどろうとするところに、微分計算と積分計算の妙味があります。別々の歩みを歩んで微分と積分があるとき出会って無限解析が成立したというのではなく、微分も積分も結局のところ同じひとつの計算なのであり、無限小の世界に存在に強固でリアルな実感を抱き、有限の世界と無限小の世界を自在に往還できるようになることが、ライプニッツの無限解析をオイラーとともに理解したということであろうと思います。