不定積分と原始関数という言葉はよく聞きますが,名前は全然違うにもかかわらず指し示すものは非常に似通っていて,なかなか明確な区別がつきません.関数f(x)が与えられたとき,f(x)の原始関数というのはFユ(x)=f(x)となる関数F(x)のことでひとまずよいとして,不定積分については高木貞治の『解析概論』ではこんなふうに説明されています.積分∫f(x)dx(積分の範囲はaからxまで)の上の上限を変数とし,下の下限を定数とすれば,その定数をどうきめても,差はxに無関係です.すなわちf(x)が積分可能なる区間に属する任意の定数a, a'に関して等式
∫f(x)dx(a'→x)=∫f(x)dx(a→x)-∫f(x)dx(a→a')
が成立し,積分∫f(x)dx(a→a')はxに無関係です.そこで,「このように積分の下の限界なる定数を指定しない場合に,積分を限界なしに∫f(x)dxと書いて,それを不定積分という」というのです.積分の下限を決めないというのですから,不定積分は決まった値をもたず,無限に多くの関数を同時に表す奇妙な記号であることになります.ただし,不定積分∫f(x)dxに象徴される無数の関数の相互関係は無秩序ではなく,そのようなどの二つの関数も定数だけの相違しかありません.
不定積分∫f(x)dxが意味をもちうるためには,はじめに提示された関数f(x)が積分可能でなければなりませんが,そうすると「積分可能」という観念に意味を付与しなければなりません.コーシーはこれを『要論』で遂行し,関数f(x)を使って作られるいわゆる「コーシーの和」の極限が存在するとき,f(x)は積分可能ということにするという方針を立てました.このアイデアはリーマンに継承されましたので,リーマンの寄与を重く見て,今では「コーシーの和」は「コーシー・リーマンの和」,コーシーが提案した積分の理論は「リーマン積分」と呼ばれています.この積分では積分の範囲は当初から定められ,指定された区間[a, b]の上で関数の積分を考えるのですから,積分∫f(x)dx(a→b)が確定するとき,その数値のことを「関数f(x)の区間[a, b]上の定積分」と呼びます.この呼称はコーシーの『要論』に出ているのが初出で,今日もそのまま使われています.
ともあれ何らかの仕方で積分の理論が組み立てられて定積分の概念が定まると,その後にはじめて不定積分の概念が意味をもちうるようになります.定積分が先で,不定積分が後になるのがコーシーの流儀ですが,すべての元になるのは関数の概念で,しかもその関数概念が極度に一般化されていますので,コーシーが提示した基本方針を歩もうとすると,解明しなければならない数学上の問題がさまざまに発生します.
コーシーの念頭にあった当初の問題は原始関数の存在証明を確立することで,そのために定積分の理論を構成しようというのですが,その際,コーシーが取り上げた関数は連続関数でした.ですが、理論的に見れば,積分の対象を連続関数に限定することに必然性があるわけではなく,基本となるコーシーの和が意味をもつ限りにおいて,守備範囲は広ければ広いほど汎用性があることになります.その範囲をどのように設定するのかということは,それ自体,ひとつの問題ですが,高木貞治の『解析概論』では,「さしあたり,考察の範囲を少しく拡大して,函数の有界性のみを仮定する」と前置きをしたうえで,有界閉区間[a, b]上の有界関数の積分の理論を作っています.この方針はリーマンと同じです.有界関数についてコーシーの和を作り,それが収束する否かを問題にするという順序になりますが,容易に確認できるのは,連続関数は積分可能であること,単調に増大もしくは減少する関数は(たとえ不連続点が無数に存在しても)積分可能であることで,これらは証明が記されています.単に有界であるだけでは積分可能とは限りませんが,その顕著な例として「ディリクレの関数」(区間[a, b]上の関数f(x)で,xが有理数ならf(x)=0,xが無理数ならf(x)=1と規定される関数)が挙げられています.必要かつ十分な可積分条件を書き下すのはむずかしく,『解析概論』の積分の章(第3章「積分法」)にはそこまでは記されていませんが,最後の第9章「ルベーグ積分」を参照すると,「不連続点が零集合を成すこと」という必要十分条件が出ています.それなら「零集合」とは何かというと,これは「ルベーグ測度が0である集合」という意味で,正確に理解するにはルベーグの積分論に分け入っていかなければなりません.
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