ラグランジュはライプニッツの無限小解析とニュートンの流率法の根柢に深い関心を寄せ,無限小とは何か,流率とは何かという基本的な問いを問い,1797年,『解析関数の理論』という著作を書きました.この書名は略記で,フルタイトルは
『微分計算の諸原理に関する解析関数の理論』
というのですが,「解析関数」という言葉が数学史上に登場したはじめではないかと思います.ラグランジュは1736年の年初1月にイタリアのトリノに生れた人ですから,このとき61歳でした.数学の個々の問題を解くことのほかに,理論の根幹にあって全体を支えている何物かに向けて絶えず心を惹かれるという内省的なタイプの数学者で,代数方程式の方面でも「方程式の代数的解法の省察」という大きな作品を書き,ガウス,アーベル,ガロアと続く代数方程式論を誘いました.『解析関数の理論』は1813年に第二版が刊行され,その際,ラグランジュ自身の手で大幅な増補改訂が行われました.1847年には第三版が刊行されています.
『解析関数の理論』とは別に,ラグランジュは3年後の1800年に『関数計算講義』というもうひとつの著作を出しました.これは『解析関数の理論』の第一部への註記と補記を企図して執筆された作品で,1806年には大幅に増補された改訂新版が刊行されました.二冊の著作が相次いで刊行され,ともに増補改訂を重ねたのですが,解析概論の系譜という視点から見ると,オイラーの三部作に続く重要な位置を占めています.ところが,実際にはそれほど大きな反響を呼ばなかった模様ですし,かえってコーシーの批判を誘う結果になりました.
このような次第ですので,コーシーの『解析教程』や『要論』について語るためにはラグランジュの著作を検討しておく作業が不可欠なのですが,現在,『要論』の緒言を読み進めているところですので,最後まで目を通しておきたいと思います.
『要論』の緒言の後半では積分法に話が及びます.まずはじめに語られるのは「原始関数」の存在に関する話題です.コーシーはこう言っています.
《積分計算では,「積分」もしくは「原始関数」の諸性質を伝える前に,その存在を一般的に証明しておく必要があると私には思われた.これを達成するために,まずはじめに「与えられた限界の間で取られる積分」すなわち「定積分」の概念を確立しなければならなかった.》
原始関数のことでしたら高木貞治の『解析概論』にも出てきますが,それによれば,与えられた関数f(x)の原始関数というのは,「それを導関数とするような関数」,すなわちF'(x)=f(x)となる関数F(x)のことで,そのような関数が存在する場合,それを
F(x)=∫f(x)dx
と表記します.高木貞治の『解析概論』のみならず,すべての微積分のテキストに出ている基本中の基本概念ですが,与えられた関数の原始関数ははたしていつでも存在するのだろうか,という問いを立てたのはコーシーがはじめてです.今日よく知られている解答は,「連続関数の原始関数は存在する」というもので,どのようにしてこれを証明するのかというと,依拠するのは定積分の理論です.すなわち,まずはじめに定積分の理論を作り,「連続関数は積分可能である」ことを証明します,すると,連続関数f(x)に対し,積分関数
F(x)=∫f(x)dx (積分の下限は任意に設定し,上限は不定値xにします)
が確定しますが,なお一歩を進め,「F(x)は微分可能であり,しかもその導関数はf(x)になる」ことを証明するという手順を踏んでいきます.これで連続関数の原始関数の存在証明し完成しますが,最後の詰めの部分,すなわち,「積分して微分するともとにもどる」というところは「微積分の基本定理」と呼ばれています.
ところで,原始関数とよく似た概念に「不定積分」があります.高木貞治の『解析概論』の記述では,一応,別の概念のようでもありますが,連続関数の場合には,その原始関数と不定積分は同じ意味になるとも記されていて混乱します.名前も全然違いますし,印象は非常に不可解です.
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