高木貞治の著作『近世数学史談』の話が出ましたので、ことのついでにこの作品についてもう少し語っておきたいと思います。高木貞治は明治8年(1875年)4月21日、岐阜県本巣市に生れた数学者で、「類体論」の建設者として広く知られていますが、専門の論文とは別に、
『解析概論』
『代数学講義』
『初等整数論講義』
『代数的整数論』
『新撰算術』
『新式算術講義』
『数学の自由性』
『過渡期の数学』
『近世数学史談』
『数学雑談』
など、多くの著作を遺しました。中でも『近世数学史談』は非常に有名で、長い期間にわたって読みつがれてきました。
『近世数学史談』の来歴を略記すると、まずはじめに、現在の共立出版の前身である共立社という出版社から刊行された「続輓近高等数学講座」(全63巻)を舞台として、昭和6年(1931年)ころ執筆されたようで、いろいろな巻に分載されました。これが『近世数学史談』の初出です。「続輓近高等数学講座」の各巻の様子を詳しく観察すれば詳しい成立事情が判明するのではないかと思うのですが、まだ「続輓近高等数学講座」の実物を見たことがありませんので、今のところ、これ以上のことは言えません。昭和8年(1933年)10月、この数学講座の新修版、すなわち「新修輓近高等数学講座」(全35巻)の一冊(巻2)として『近世数学史談』という書名で刊行されました。これが『近世数学史談』の初版です。
昭和13年(1938年)、「続輓近高等数学講座」と、その前身の「輓近高等数学講座」(この講座の実物も未見です)に掲載された「数学雑談」「続数学雑談」と合わせて,『近世数学史談及雑談』として刊行されました。内容は初版と同じですが、出版社の社名は共立社から共立出版に変っています。
昭和17年(1942年)、「数学雑談」と切り離し、本文に多少の改訂を加え、「回顧と展望」と「ヒルベルト訪問記」の二編を附録につけて、単行本の『近世数学史談』が河出書房から刊行されました。これが第二版です。昭和17年3月15日発行。科学新書27。巻頭に高木貞治の「序」がついていますが、その日付は「昭和17年1月1日」です。
昭和45年(1970年)10月、共立出版から『近世数学史談』が共立全書の一冊として刊行されました(共立全書183)。内容は第二版と同じですが、漢字の字体と仮名遣が戦後の新字体と「現代仮名遣い」に改められました。これが第三版です。
平成7年(1995年)、第三版を底本として、『近世数学史談』が岩波文庫に入りました。杉浦光夫先生の手による註記と解説と参考文献表がつけられているところに、この文庫と特徴があります。翌平成8年(1996年)、共立出版から、「数学雑談」と合わせて、第三版の復刻版『近世数学史談・数学雑談』が刊行されました。発行日は12月10日です。
『近世数学史談』の成立をめぐって細かな諸事情を書き並べたのはなぜかというと、この作品は小冊子ではありますが、ガウスの数学が非常に本格的に正面から論じられているからです。岩波文庫版をテキストにして概観すると、全部で23個の章から成り、第1章は、
「正十七角形のセンセーション」
と題されています。書き出しの部分は次の通りです。
《1796年3月30日の朝、十九歳の青年ガウスうすが目ざめて臥床から起き出でようとする刹那に正十七角形の作図法に思い付いた。この記念すべき出来事が「ガウス日記」の第一項として次のように記されている。》
以下、前に引いたガウスの数学日記の第1項目の紹介が続きます。日本でガウスを語ろうとする場合、『近世数学史談』を無視することはできないのではないかと思います。
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