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新数学人集団(SSS)の時代 ノート60 クラシックと抽象

数学においてクラシックと抽象を対比させ、クラシックに数学の実質を割り振り、抽象には数学ん実質を定式化して解決するための方法を割り当てるというのは一つの考え方で、そのように理解する人も多かったのではないかと思います。クラシックの全盛時代に数学を学び、抽象に向けて大きく変化していく姿を目の当りにしたとき、クラシックと抽象に折り合いをつけようとするのはそれはそれで自然な成り行きです。高木先生は「過渡期の数学」ということを指摘して盛んに発言していましたが、抽象を嫌う人たちは確かにいました。
 これに対し、SSSの世代の人たちにとっては数学はすでに抽象になっていたのですから、クラシックと抽象という二つの数学に挟まれているという感覚はもう失われていたのではないかと思います。遠山啓先生ははじめ東大の数学科に学びましたが、坂井英太郎先生の微積分の講義に失望して中退しています。なんでも坂井先生は曲線の概形を描くことばかりをやっていたとのことで、いかにもクラシックの微積分という感じがします。遠山先生はさっぱり興味がもてず、自主的に退学してしまうのですが、その遠山先生が昭和27年(1952年)に刊行したのが『無限と連続』という著作でした。副題は「現代数学の展望」。5月に刊行されて、翌6月23日にはSSSの創設メンバーたちが集まってこの本の合評会が行われました。
 クラシックな数学に失望した遠山先生が抽象数学を語る著作を出し、それに感激した人たちがSSSを作りました。それならクラシックは捨てられて顧みられないのかというとそうでもなく、たとえば倉田先生はヒルベルトの現代的意義ということを語りました。谷山さんもまたクラシックと抽象にをめぐって考えています。
杉浦先生への手紙で、谷山さんは「数学的実体」ということを語りました。以下、摘記します。

・数学的実体と云うものが存在し得るとすれば、それは公理系により定義される抽象的な概念でもなく、又具体的に存在する、数、空間、物理現象、乃至それ等の関係、運動法則と云うものでもない。常識的な様ですが、具体的な多くの異ったものが、一つの抽象的な概念の下に統一され、又多くの抽象的な概念が一つの具体的なものの中で関連する。此の二重の関係が、その本質を究明する鍵ではないでしょうか。

 一個の抽象概念には無数の具象的個物が詰め込まれていて、一個の具象的個物には無償の抽象概念が内在しているというほどの考え方のように思われます。

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