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新数学人集団(SSS)の時代 ノート50 邪悪な兄弟たち

数学の問題はどこからやってくるのか、数学という一個の有機体はどのようにして拡大しつつ発展するのだろうか。Lさんはこのような根源的な問いを立てたのですが、どちらの問いに対しても明確な回答はなく、そのために統一という一面だけが強調されるのだというのです。古い文献を見直して、そこに新しいアイデアを持ち込むことができたなら、古文献は目覚めて数学的生命を得るであろうというのがヴェイユの所見です。それもまた困難な営為ですし、そのようなことができるのはごくわずかな人たちのみです。それらの人びとがつまり少数精鋭であり、彼らが「人間精神の名誉のために」(これはヤコビの言葉です)やってくれるのに期待するしかなく、他の人びとは共鳴箱であるほかはありません。
 Lさんはヴェイユの所見をこのように要約しました。ヴェイユの考え方によると、数学という学問は直接人類によって利己的に利用されることもなく、人類をほろぼすために使われるおそれもないが、役に立たない科学である。だから数学者ほど知的な活動において完全な自由をもっているものはまったくない、ということになります。なるほどこれなら自由であろう、とLさん。何も知的な活動とは限らない。研究、指導、教育の責任からも自由である。数学者にとっては紙と鉛筆があればよいのであるから、正当な研究条件を要求する権利からも自由であり、社会的責任からも自由である。これほど完全な自由をもっているものはほかにありません。
 数学の発展には膨大な数学者たちがそれぞれの役割を果して寄与しているにちがいありませんが、少数精鋭主義の立場から見ると、各々の時代における真に著しい結果の発見者だけに集約されてしまいます。そのように見るのはまちがっているというのがLさんの所見です。
 しかし、とLさんの言葉が続きます。

・この誤りは決して孤立して生じたのではない。数学が人類の生活や進歩とは「精神の名誉」以外に何の役割も果すものではなく、自然認識とも関連はなくなって、数学はその自律した研究分野に閉じこもって、今のところは「雲の如くある」問題を解きながら「新しいアイデア」によって遺産を食いつぶすよりほかはなくなっているという考え方。したがってまた数学者はすでに社会的には何の意味も失っており、研究または教育という労働を行う社会的な責任も権利もある一個の社会的存在ではないという考え方と固く結びついている。

 Lさんの見るところ、少数精鋭主義はこのように多くの誤った見方と固く結びついて、研究者の態度も、数学の発展の仕方や方向をもいっそうまちがったほうへねじまげようとする同じ源をもつ邪悪な兄弟のひとりなのだとのこと。数学の発展の仕方や方向をまちがった向きにねじまげようとする「邪悪な兄弟」がいて、少数精鋭主義はそのひとりだというのです。実に過激な文言が連なっていますが、この所見には一理があります。

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