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新数学人集団(SSS)の時代 ノート45 東京から日光へ

二日目の9月10日は初日より30分早く午前9時に始まりました。議長はブラウワー。最初の講演はシュヴァレーでした。黒板に字を書きながら話を進めていくのですが、黒板は二つあり、幅は5尺くらいとのこと。二つ並べてつなげてありました。10分休憩して、次の講演は「筆者」と記されているのですが、この「筆者」というのはだれなのでしょうか。久賀先生か郡司さんのどちらかと思うのですが、別の記事「整数論シンポジウムをめぐって」によると、9月10日の午前中の講演はまずブラウワー、次は山崎圭次郎先生ということでした。それで少々困惑したのですが、よく見ると「国際数学者会議に出席して」という記事は二つの部分に分れていて、前半は「第I部 東京会場」、後半は「第II部 日光会場」となっています。第I部の筆者は山崎先生でした。これで困惑は解消しました。
 ヴェイユの席の机の上にはBourbaki(ブルバキ)と書かれた名札が高々と掲げられていました。控室には丸善や紀伊国屋が出張して数学書を販売していました。
 山崎先生の次はゼリンスキーの講演でした。コホモロジーに関する講演でしたが、ヴェイユはcocycle(コサイクル)から逃げると伝言して控室に残りました。S氏も一緒で、T氏もまたこれにならったというのですが、あるいはS氏は志村五郎先生、T氏は谷山さんでしょうか。
 ゼリンスキーの次は中山正先生の番でしたが、河田敬義先生の代読でした。続いて稲葉栄次先生と池田正験先生のショートコミュニケーション。これでこの日の会議は終了しました。
 屋上で記念撮影があり、午後、二台の観光バスに分乗して浅草に向い、東武鉄道のロマンスカーで日光に向いました。4時30分、日光駅近くの上今市駅に到着。ここで一行は二手に分れ、二台のバスに分乗し、一台は中禅寺湖畔のレイクサイドホテルに向い、もう一台は駅からあまり遠くない田母沢会館と東大附属植物園に向いました。レイクサイドホテル組は外国人数学者たちや日本側の偉い先生たちで、田母沢会館と植物園組は若手のようでした。
 山崎先生は植物園に泊まることになりました。近所の散歩などして宿舎にもどり、ゆかたに着替えて夕ご飯を待っていたところに非常呼集の電話がかかってきました。レイクサイドホテルの偉い先生からのようで、なんでもブルバキの面々が「どうして若い人たちを下に置いてきたのか」とご立腹とのことで、これを受けて急遽呼び寄せることになったということでした。一同空腹を抱えたままケーブルに乗ってレイクサイドホテルに向ったのですが、全員が移動したわけではなく、残された人もいた模様です。レイクサイドホテルは宿泊代も高そうに見えましたが、山崎先生たち若手組は一泊しただけでした。
 夕食後はロビーで歓談しました。「ブルバキの詩」というのが披露されたのもこのときでした。夜も更けてそろそろ休もうというころになってもシュヴァレーはN氏と夢中で碁を打っていました。それを見たヴェイユがいきなり碁石をつかんで盤面にばらまくという一幕もありました。
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