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新数学人集団(SSS)の時代 ノート41 谷山さんの「ヴェイユの印象」より

アイデアを定義することはできませんが、アイデアはアイデアに値する人にのみ浮かぶとか、「才能だけではだめで、持ちこたえ、努力を続けていくことのできる性格の力も必要なのだ」とか、ヴェイユの言葉はいかにも力強く耳に響きます。
 SSSとヴェイユとの会話はまだ続きますが、だんだん四方山話のようになっていきました。レストランが閉まる時間になるまで話を続け、それからA、S、Tの3人がホテルまでヴェイユを送っていくことになりました。その途中でも話し続け、ホテルに着くと、今度はホテルのバーの一隅でまた話を続けて深夜12時ころに及びました。最後にお別れしてホテルを出ると、3人ともくたくたに疲れ切り、冷たい夜風が心地よかったということです。ヴェイユは10月25日の火曜日に、午後9時半の飛行機で羽田を発ちました。
 SSSは来日した外国人数学者と積極的に語り合おうとして、さかんに集会を重ねました。9月5日はまだ開会式も行われていないにもかかわらず、セールを囲んで座談会を開きました。東大学士会館で5時から7時まで。41名の出席がありました。9月15日にはラマナタンを囲んで座談会。場所は東京工業大学の一室。4時から5時まで。出席者は50名。9月22日にはドイリングを囲む座談会。場所は東京新橋の蔵前工業会館。5時から7時まで。出席者数の記録はありません。9月23日はブラウワーとネロンを囲む座談会というよりも交歓会。午後5時から東京第二丸ビル地下のレストラン「ポールスター(pole star)」でビアパーティを開き、そこに招待するという恰好でした。シュバレーも招待したのですが、シュバレーは病気になったようで、早々に帰国したため参加できませんでした。38名の出席者がありました。9月28日はアルティンを囲む座談会。アルティンを招いて遠足を計画したのですが、雨のため中止とオイラーなり、座談会に切り替えました。場所は東大教養学部の職員集会所。18名の出席者がありました。
 これらの座談会や交歓会の記録は『月報』に記載されていますが、ヴェイユ以外の人たちとの座談会は雑談の域を出ず、どうもおもしろみに欠けています。というよりもヴェイユだけがやはり特別の人物で、SSSに及ぼした衝撃ということを考えてもあまりにも巨大でした。
 日本数学会の機関誌『数学』の第7巻、第4号に谷山さんのエッセイ「A.Weilの印象」が掲載されています。書き出しの数行は次のとおりです。

≪冷い風と雨の吹き付ける夜の羽田からWeilの乗った日航機が飛立つたとき、これで遂にサヨナラだと思つた。実際、彼が日本にいると考えただけで、僕等は何となく落着けなくなるのだった。彼の与えた印象は、余りにも強過ぎたのである。≫

以下、摘記してみます。

・ヴェイユの数学上の活動は多方面にわたっているが、その方法も多様である。埋もれた多くのアイデアの発掘、新しい概念の構成による時の大問題への挑戦(もちろん常に成功とはいえないが)、多くの実験による新しい事実の発見ないしそれ自身の法則性をもつ関数の育成など。ひとくちに理論家といっても、その幅はきわめて広い。
・だが、ヴェイユの才とエネルギーをもってしても、数学全般に、あるいは芸術全般に精通することは不可能であろう。彼の理論がときとしてきわめて常識的、皮相的になるとしてもやむをえない。
・そもそも彼は豊富な常識の持ち主なのだ。≪この‘特異なる性格’、‘我儘で附合いにくい天才’が、人の及ばぬ高みに、深く澄んだ自由の空気を呼吸しながら掴つている氷河から離れて、忽ちにして常識円満な社会人となるのを、僕は何度か見た。≫

 ヴェイユの衝撃に耐えながらヴェイユを語り続ける谷山さんの言葉が続きます。

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