Entries

新数学人集団(SSS)の時代 ノート40 数学のアイデアとフォックス・テリア

ヴェイユは座談会の間にさかんにお菓子をつまみ、サンドイッチも食べたりしたのですが、まだ食べ足りないというので、座談会の終了後、みなで出かけました。座談会そのものは共同研究をめぐる論議で終了したのでしょう。意見はかみあわず、もっぱらヴェイユの大演説を拝聴する集まりになったという印象があります。
 本郷の喫茶店はどれもせますぎました。それでぞろぞろとお茶の水まで歩き、あるレストランに落ち着いて、ビールを飲みながら話を続けました。

SSS
あなたは物理学に興味をもっているか。
ヴェイユ
全然もっていない。私には物理学は理解できない。
SSS
フランスの応用数学が不振なのは?
ヴェイユ
それはフランスの教育制度の欠陥のためだ。昔はフーリエをはじめすぐれた応用数学者がいたが、現在の制度では応用数学が発展することは望めない。もし制度が変ればまた発展するだろう。
SSS
数学には芸術と似たところがあると思わないか。私は絵に興味をもっているのだが。
ヴェイユ
似たところがあるどころではない。数学もひとつの芸術なのだ。
SSS
絵画におけるアブストラクトと数学のアブストラクトは関係があると思う。
ヴェイユ
名前が同じという以外に共通なものは何もない。私は両方について話すことは好きだが、いっしょにはできない。
SSS
あなたはさかんにアイデアというが、アイデアとはいったい何だ。
ヴェイユ
アイデアを定義することはできない。ちょうどフォックス・テリアにねずみは何かと聞くようなもので、彼はねずみを定義することはできないが、においをかげばわかる。アイデアも、論文の中から嗅ぎ出すことができるものなのだ。人によって上手、下手はあるが。
SSS
他人の仕事をフォローした論文の中にもアイデアはあるのか。あなたは以前、小平(邦彦)はホッジの仕事をフォローしていたと言ったそうだが。
ヴェイユ
これはフォックス・テリアの問題で、場合により違う。たとえばガロアの研究の萌芽はラグランジュやその他の人の中に見られ、彼はそれをフォローしたとも言えるのだが、どんな貧弱なフォックス・テリアでも彼の論文の中に非常にすぐれたアイデアを嗅ぎ分けることができる。
 一方、小平の調和積分についての最初の大きな論文はホッジの研究をフォローしたものだが、そこにあるのは巧妙なテクニックだけで、自分はその中にどんなアイデアも嗅ぐことはできない。

 アイデアとは何かと問われて、ヴェイユは「フォックス・テリアにねずみは何かと聞くようなものだ」とおもしろいたとえを持ち出して応じました。答えているとは言えませんが、答えることのできない問いでもあり、数学は論理や言葉を超越した場所から生れてくると言いたいのでしょう。

SSS
アイデアはどんな人に浮かぶのか。
ヴェイユ
アイデアに値する人にだ。それに値する人とは、アイデアなしに長い間研究を続けることに耐える秘訣を心得た人だ。
 アイデアはインスピレーションのように浮かんでくるものではない。ボレルがよい例で、彼は若いころ天才だと思われていたので、アイデアがインスピレーションのように浮んでくるものと思ってあまり努力せずにそれを待っていたので、結局たいしたことはできなかった。
 だから才能だけではだめで、持ちこたえ、努力を続けていくことのできる性格の力も必要なのだ。また環境も重要だろう。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

[T1] -

管理人の承認後に表示されます
  • 2017-02-09 21:42
トラックバック URL
http://reuler.blog108.fc2.com/tb.php/2486-08b12e4f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Extra

プロフィール

オイラー研究所の所長です

Author:オイラー研究所の所長です
FC2ブログへようこそ!
オイラーを研究して40年。所員募集中。
オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

最近の記事

FC2カウンター

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる