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新数学人集団(SSS)の時代 ノート36 池の端の散歩

SSSがヴェイユに宛てた手紙の主旨は日本の数学界の現状を伝えることですが、全体になんだか愚痴をこぼしたような印象もあり、どのような効果をねらっていたのか、よくわかりません。
 10月22日はSSSとヴェイユの座談会が行われる日でした。この日、ヴェイユは東大の数学教室で午後3時半から1時間、個人的なディスカッションを行ったということです。どのようなディスカッションだったのか、詳しいことは不明ですが、SSSのメンバーのSさんとTさんもディスカッションに加わったようで、終了後、3人で上野の不忍池の端を散歩しました。座談会が始まる前のことで、この散歩は50分ほど続きました。おりしも夕闇のせまりつつあるころで、晩秋の池の端には一種の詩情がただよっていたそうですが、ヴェイユはそんなものには目もくれず、SさんとTさんを相手にして滔々とお説教を続けました。そのお説教は英語でした。二人とも英語を聴き取ろうとするだけで精一杯で、ほとんど口をはさむこともありませんでした。
 以下、ヴェイユのお説教を再現します。

ヴェイユ
今日出席する人の中にボロボロはどのくらいいるか。
SSS
少なくとも半分以上はいると思う。
ヴェイユ
今の教育がよくないという実例があるのか。
SSS
例えばある学生は正規のゼミナリーでは全然伸びなかったが、独立に別の部門をやるようになってからはじめて才能を伸ばすことができた。これはほんの一例だ。
ヴェイユ
それは制度の問題か。雰囲気の問題か。
SSS
これは雰囲気の問題だ。しかし制度のよくない例もある。
ヴェイユ
どんな制度にもよくないところはある。そしてある制度のために直接被害を受けた人はその制度を悪くいうもので、その気持ちは一般的に理解されうるものだ。しかし同じ程度に被害をこうむっても、その原因はさまざまであることがある。たとえばある人がナチの収容所に放り込まれて・・・(この例は日本人にはよく理解できないと考えたのか、まもなく別の例に変る。)
たとえばある人が何の罪もないのに裁判にかかり、判事の誤判のため2年間禁固されたとする。また、他の人は病気のためそれだけの期間安静を強いられるかもしれないし、また別の人は医者の誤診のためそうするかもしれない。
どの場合でも2年間動けなかったのいう事実は同じだが、その受け取り方はあ場合場合で異なり、しかもなぜ異なるかをわれわれは理解することができる。だれも細菌の悪口は言わないが、まちがえた判事や医師のことは非常に悪く考えるだろう。しかもその場合でも、医師と判事とでは、悪く感じ方が違う。それは、そもそも判事は誤判しないことを期待されて、またそうできると考えられているからだ。

 ヴェイユの長広舌がえんえんと続きます。

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