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新数学人集団(SSS)の時代 ノート33共鳴箱の理論

ヴェイユの書きものに「数学の将来」というのがあり、ヴェイユはそこで「共鳴箱の理論」を語りました。数学者を一流と二流以下に分けて、「二流の数学者は、彼自身の出すことのできない音色に共鳴する共鳴箱の役割を果すにすぎない」という主張を指しているのですが、SSSはかねがねこれに反対していました。そこでヴェイユ本人に向って「共鳴箱の理論」を攻撃したところ、ヴェイユは長広舌をもってこれに応じました。

ヴェイユ
私は共鳴箱はつまらんと言っているだけではない。それはまた必要でもあるのだが。共鳴箱がないと音叉はさびしいではないか。たとえばベルヌーイはライプニッツの弟子だが(記憶多少あいまい。註。ベルヌーイ兄弟のことと思います。兄のヤコブと弟のヨハン)、ライプニッツはベルヌーイが現れてからよけいよい仕事をするようになった。もちろんベルヌーイは単なる共鳴箱ではなく、彼自身すぐれた数学者だが、ここで私の言いたいのは、すぐれた数学者も共鳴箱がないと不幸で、あまりよい仕事ができないことが多いということだ。自分の話すことを理解してくれる共鳴箱が必要なのだ。音楽に作曲家と演奏家があるように、数学にも新しい理論を作る人と、それを多くの人びとに上手に講義する人の両方があってもよいと思う。
 いろいろな雑誌、たとえばクレルレの創刊当時のものでも開けてみたまえ。くだらない論文がいっぱい載っていることがわかるだろう。そんな論文は現在何の価値もないが、当時は必要だったのだ。なぜなら彼ら共鳴箱はすぐれた数学者に共鳴するだけでなく、自分でも何か論文を書いてみたかったに違いない。そのような論文のために紙面を広くあけておくことが必要なので、いつの世の中でも彼らが必要なのだ。

クレルレは19世紀のプロイセンの鉄道技官です。数学者というわけではありませんが、数学を愛し、ドイツで最初の数学誌「純粋数学と応用数学のためのジャーナル」を創刊しました。第1巻は1826年発行。通称は「クレルレの数学誌」。ヴェイユは「クレルレの数学誌」を指して単にクレルレと言っています。
 ヴェイユのいう共鳴箱の理論を翻案すると少数精鋭主義になりそうですし、少数精鋭主義に反対するSSSとしては当然のことのように共鳴箱の理論を攻撃したのでしょう。ヴェイユはひるむことなく言い返し、共鳴箱にもそれなりの役割はあるのだと不思議な弁明を繰り広げました。共鳴箱の理論には一理がありますし、これを打ち砕くのはむずかしそうですが、同じひとりの数学者があるときは音叉であり、またあるときは共鳴箱であることもありそうです。最初から最後まで一貫して音叉であり続けるというのも稀有なことのようにも思います相、当初は共鳴箱にすぎなかった人が何かのきっかけにより音叉に変貌するということもありそうです。共鳴箱の理論はそれ自体としては正しそうですが、純粋の音叉は存在せず、純粋の共鳴箱もまた存在しないのではないかとも思いますし、それなら共鳴箱の理論を唱えることの意味は失われてしまうのではないでしょうか。
 顧みればヴェイユもまた一個の巨大な共鳴箱のように見えないこともなく、19世紀の偉大な数学者たちがヴェイユにとって音叉の役割を果しています。

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