Entries

新数学人集団(SSS)の時代 ノート25 出席者たち

『月報』第3巻、第2号の特集の中に「整数論シンポジウムをめぐって」という記事があり、一読するとシンポジウムの全体像が浮かび上がってきますので、紹介してみます。シンポジウムの正式な名称はについては既述のとおりで、「代数的整数論についての国際シンポジウム」です。シンポジウムの主題は次の三点とのこと。
(1) 類体論とその拡張
(2) 代数系の理論と整数論の関係
(3) 代数幾何と整数論の関係

 出席が許されたのは招待された人と傍聴者だけでした。傍聴者というのは、申し込んで許可された人のことです。外国の数学者の中には招待されたにもかかわらず出席しなかった人もいて、来日したのは結局下記の10人になりました。
(1) アルティン(Artin, Emil)
1890年生れ。プリンストン大学教授。類体論で有名。
(2) ブラウアー(Brauer, Richard)
1901年生れ。ハーバード大学教授。はじめ多元数論。1926年ころから始めて、1932年のハッセ、ネーターと共著の論文で頂点に至った。その後、1927年ころから有限群のモジュラー表現を扱った。特に1945年、群論におけるシューアの予想(前期の1932年の論文である程度の結論が出たもの)を完全に解いた。
(3) ヴェイユ(weil, Andre)
1900年生れ。シカゴ大学教授。特別な説明は不要。
(4) ドイリング(Deuring, Max)
1907年生れ。ゲッチンゲン大学教授。はじめ多元環論。著書に”Algebren”(1936年)がある。次いで代数関数論の代数的取り扱いに移った。特に虚数乗法論への貢献は著しい。
(5) シュヴァレー(Chevallery, Claud)
1909年生れ。コロンビア大学教授。前年(1954年)にも来日。新数学人集団とはなじみが深い。類体論の算術化(1933年)、イデールの概念の導入(1940年)など。1933年、位相群におけるno-small subgroupを扱った。これはのちにヒルベルトの第5問題の解決の鍵になった。
(6) 岩澤健吉
1917年生れ。マサチューセッツ工業研究所教授。東大助教授を兼任。「日本に帰ってください」で新数学人集団にもなじみが深い。
(註。「マサチューセッツ工業研究所」というのはMassachusetts Institute of Technologyをそのまま訳出した呼称で、マサチューセッツ工科大学のことです。新数学人集団は岩澤先生の帰国を熱望していました。)
(7) ラマナタン(Ramanathan, K.G)
1921年生れ。インドのタタ研究所所員。1948-51年、在米。ジーゲルに学ぶ。二次形式論。
(8) ゼリンスキー(Zelinsky, Daniel)
ノース・ウェスタン大学助教授。
(9) ネロン(Neron, Andre)
1923年生れ。ポワチエ大学助教授。代数幾何。
(10) セール(Serre, Jean-Pierre)
1926年生れ。代数幾何。

 日本の出席者全員の名前が挙げられていて、所属大学別に配列されています。数えると53人になりますが、高木貞治先生の名前がみあたりません。そこで高木先生を加えると54人になります。谷山さんの名前はありますが、新数学人集団のメンバーと見られる人はごくわずかです。招待を受けた人と傍聴者の区別もつきません。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://reuler.blog108.fc2.com/tb.php/2470-1a4c5518
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Extra

プロフィール

オイラー研究所の所長です

Author:オイラー研究所の所長です
FC2ブログへようこそ!
オイラーを研究して40年。所員募集中。
オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

最近の記事

FC2カウンター

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる