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新数学人集団(SSS)の時代 ノート16 投書より

 「月報」第2巻、第1号には発行日が記入されていません。第2巻、第2号は1954年10月15日発行。末尾に一通の投書が掲載されています。著者名はただ「T」とのみ記入されましたが、谷山さんと見てさしつかえないと思います。投書のタイトルは「手帖より」。「数学研究は何のためか」という問いをめぐって次々と所見が披瀝され、しかもみな否定されてしまいます。以下、摘記します。

・(空々しい理由)
工業技術は人間の生活を支え、豊かにする。その基盤は自然科学。そのまた一部、もしくは科学そのものの基礎として数学がある。数学を進歩発展させるのが有意義である理由はそこにある。数学は統一ある有機体である。それゆえ、純粋数学の研究も人類の幸福に役立つのである。
 これは立派な見解だが、なぜか空々しく響く。

・(無邪気な理由)
日本では科学と工業が乖離していることを説く人もいる。化学は空に蒸散し、技術は輸入に頼る。科学は尊重されず、科学者は国家の支持を感じない。戦時中はともあれ、今や科学は無用の長物と化した感がある。ましてあまりにも迂遠な数学など、やりたい人がやればいいさというわけである。現在はすべてが植民地化されてしまった。だからこそ、科学の殿堂だけでも毅然として独立を維持し、民族駅誇りのひとつの拠り所をそこに築くのはすばらしいことだ。日本国民の名誉のために。古橋と橋爪の水泳の世界記録樹立、湯川秀樹のノーベル賞、小平邦彦のフィールズ賞。これらは劣等感に打ち挫かれた国民精神を感奮喚起させる。
 自国の高い文化を誇り、受賞してさらに高める努力をするのは自然でもある美しくもある。ただし、そんなふうに言えるのは、その文化が真に国民の中に根をおろしている場合のことである。普段は見向きもせず考えもしないくせに、輸入した問題と取り組んで外国で業績を挙げた人びとを、何かの賞をもらったというだけでかつぎまわり、誇りとするのはどうか。なるほど十二歳の少年(マッカーサーが日本人を評した言葉)に相応しい無邪気さかもしれない。

・(合理的精神の涵養)
日本人のもつ非合理性、日本社会における資本主義と前近代性との奇妙な混淆、その上に重なる植民地政策。このジャングルを切り抜けるには科学的合理的精神の涵養以外に道はない。その目的にもっともよくかなうのはきちんとした理科、数学教育である。数学をちゃんとやっている研究室があり、その雰囲気の中で育った教師が教育に当る。これが理想である。
 もし求められているならば、これはそのとおり。だが、教育も馬に水を飲ませることはできない。かつて合理主義の担い手であった資本主義は、日本では合理主義の徹底を恐れ、時には植民地主義に順応することによりみずからを守ろうとしている。勤労大衆もまた合理主義に救いを求めようとはしていない。合理主義は表立って求められていない。それをたたき込むには人は啓蒙家にならなければならない。だが、フェルマの問題を研究しながら啓蒙家になることはできない。純粋数学が啓蒙の光となりえた時代ははるか昔のことなのだ。

・(趣味としての数学)
趣味として数学をやるという人がいる。たいへんけっこうな趣味だが、人は単なる趣味に一生を捧げるようなことはしない。この言葉にはさまざまなニュアンスが伴っている。数学のもつ純粋さ。曖昧を許容しない明確さ。一種の精神的な高み。そのようなものに精神の拠り所を求めようとする人。学問に対する漠然とした尊敬。何かに徹する生活の魅力から、学の中の学たる数学に没頭っしようとする人もあるだろう。人間精神の名誉のために透明で希薄な空気を呼吸しつつ、高い氷河につかまるのもよい。数学者は詩人であり、その論文は芸術作品であるとも考えられる。だれかが言ったように、詩を理解しない者は真の数学者ではない(註。ヒルベルトの言葉です)。
 あるいはまたアカデミズムへのあこがれから象牙の塔に立て籠もり、暇つぶしのためでも、収集癖のためでも、骨董趣味のためでも、とにかく何でもよい。暇と余裕のある人はどんな生活を選ぼうと自由ではないか。

 どれもみな「何のための数学か」という問いに対する解答ではありえないといいたそうです。趣味としての数学というのはよさそうな感じもしないでもありませんが、全体に皮肉めいた口調で語られています。こういうのではだめなのでしょう。
 Tさんの投書はまだ続きます。

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