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新数学人集団(SSS)の時代 ノート15 「学習についての二三の提案」より(その3)

新数学人集団有志が提案した協同研究の内容として、第3番目に挙げられたのは数学史の研究です。

(3)グループの中で、もとの具体的な形の問題と現代の「理論」の橋渡しをしてくれるようなものを次第につくり上げていく。グループ内で意見がまとまれば、各々のグループの間で互いに発表し合う。

これを大雑把に「20世紀数学史」と呼ぶことにすると書き添えられました。

(4)外国、特にソビエトと東欧諸国を知るために文献の翻訳を進める。また、「月報」に外国通信の欄を設けて文献などを紹介する。

 これは穏当な提案です。次の第5番目の項目では、「グループ編成の究極の目的」が語られました。それは、

(5)協同で指導原理を生み出し、それに従ってひとつまたはそれ以上のテーマに対して協同研究を行う。

というのですが、どことなく漠然とした感じがあります。
 真に数学を理解するには、ヒルベルトがそうしたように「一番はじめの問題」「本来の簡単な形の問題」に立ち返らなければならないという指摘の意味するところは実に重く、この論点を明示したのは新数学人集団に集う人たちの数学に向う姿勢をよく表しています。なすべきことは明らかではあるけれども、「理論」の壁にはばまれているためにそれを実行するのはむずかしいという現状認識もまた正確です。困難の所在ははっきりしているけれども、いかにしてそれを乗り越えるかというところに思案のしどころがあり、新数学人集団有志の提案は協同研究の提案をもってこれに応じました。いくぶん大雑把な感じがするのは否めませんが、新数学人集団の歩みは全体としてこの方針に沿って運ばれていったように見えますから、協同研究の提案は受け入れられたと見てよいのではないかと思います。
 この提案に先立って数論グループはすでに存在し、そこには谷山さんという指導者もいました。こののち、いろいろなグループが誕生して、新数学人集団の構造が次第に明確になっていきます。
「月報」を第1巻第1号、第1巻第2号・・・と表記してきましたが、実際には「第1巻」という言葉はなく、単にNo.1、No.2・・・と番号が割り当てられているだけです。1953年12月8日第3号が出て、それから年が明けてから1954年2月15日に第4号、1954年5月20日に第5号が発行されました。第1号の発行から1年が経過しています。そこでこれをひとつの区切りと見たためであろうと思いますが、次の号は「Vol.2. No.1(第2巻、第1号)」となりました。第2巻の発行が始まりましたので、それまでの5冊はまとめて第1巻と呼ばれることになりました。

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