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新数学人集団(SSS)の時代 ノート13 「学習についての二三の提案」より

「月報」第2号にもおもしろい記事が続きます。谷山さんはここでもまた「T」という署名で「類体の構成について」というエッセイを書いていますが、これを見ると数学者としての谷山さんは「クロネッカーの青春の夢」の延長線上において、「ヒルベルトの第12問題」に深い関心を寄せていたことがわかります。早い時期に高木先生の『近世数学史談』に親しみ、数学科の学生のときはヴェイユを読み、ヴェイユを乗り越えようとする気構えをもっていた谷山さんですが、「クロネッカーの青春の夢」に期待を寄せていた様子がうかがわれます。
 「月報」第3号は1953年12月8日発行。大幅に頁数が増えて22頁になりました。定価は記されていませんが、次の第4号が18頁で20円ですから、第3号も20円前後だったのではないかと思います。注目に値するのは、

≪東大新数学人集団、都立大民科、東京工大有志、京大有志、岡山大有志、九大民科 連合機関誌≫

と明記され、新数学人集団の単独の機関誌というわけではないという位置づけが表明されたところです。実際の編集は新数学人集団が担当し、原稿の投稿先も清水先生になっていますが、どうもおのおのの大学ごとに新数学人集団を設立して全国に展開する組織をつくろうとしていたような気配が感じられます。
 「新数学人集団数論グループの発足にあたって」という記事は、数論グループの創設宣言です。著者として「K.Y.」という署名が記入されていますが、山崎圭次郎先生のことであろうと思います。
 「新数学人集団有志」の書名で書かれた記事
「学習についての二三の提案―数学の見透しのために―」
には、数学に対する新数学人集団の考え方の一面が書かれていますので、要点を書きぬいて紹介したいと思います。

・数学を勉強していて非常に困るのは、「いったい何をやろうとしているのか」全然わからないことが非常に多いことだ。
・現代数学の性格についての考え。私たちが直面する困難は、ひとつには現代数学の全体的な性格から発していると思われる。20世紀の数学と19世紀の数学を比較して次のように言うことは、おそらく独断ではないと思う。すなわち、「19世紀には個々の具体的な問題が数学のすべてだったが、今ではどちらかと言えば膨大な体系が支配している」と。
・ヒルベルトの方法の特色を解説するワイルの言葉。「ヒルベルトは本来の簡単な形の問題にさかのぼる。」この方法によってのみ、ヒルベルトは数学をひとつの全体として把握することができたのだ。
・今ではどうか。問題と私たちの間には抽象的な「理論」があるのが普通である。そのためもとの問題は全く見えないか、少なくともアレンジされている。一方、「理論」が扱い得ない問題は忘れ去られているようである。この「アレンジされて提出される問題」は、多くの場合、もとの具体的な問題を知っての上ならば、もとの問題から本質的でない部分を取り除いたいっそう見透しのよい形と感じるが、もとの問題を知らないと非常に晦渋に思われる。しばしば「何をやっているのかわからない」と嘆く声が聞かれるのも、原因はそこにあるのではないか。

 「何をやっているのかわからない」という、60年後の今も数学を学ぼうとする人を悩ませる難問に新数学人集団は直面し、何かしら対策を提案しようとしています。

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