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新数学人集団(SSS)の時代 ノート12 谷山さんの言葉の続き

アンドレ・ヴェイユを語る谷山さんの言葉を続けます。

・ヴェイユの思想は明晰判明だが、ヴェイユの論文は、表現は簡潔、援用手段は豊富、方法は強引、はなはだ読みづらい。
・(ヴェイユの秘密 その1)もっとも興味のあるものを二、三取り出してみる。不定方程式の理論(学位論文)、代数関数に関する三部作、類体論とL-関数の理論。これらには共通する著しい特徴がある。ヴェイユは古典の中からその本質的なもの、キーストーン(要石)を鋭く洞察する。何が、如何に抽象され、一般化されるべきか。これが第一の問題である。
・(ヴェイユの秘密 その2)この計画を実行に移そうとすると重大な障碍が山積みになる。たいていの数学者はそこで挫折するか、あるいは迂回路を取ろうとするが、ヴェイユは当初の計画を変えない。障碍をひとつひとつ、強引にねじ伏せる。この腕力の強さと域の長さがヴェイユの第二の才能である。単なる抽象を越えたヴェイユの業績の深遠さはここに由来する。
・(ヴェイユの限界)才人は才に走る。あまりにも多くのことに手をつけるため、ひとつの問題を十分に深く追求しないうらみがある。そのためにヴェイユの重要な諸結果は繊細を欠いてしまう。
・(現代数学に対する疑問)確実な基礎が得られて、見通しのよい一般化が成し遂げられたが、ただそれだけのことではないか。19世紀の脛をいつまでかじっていればよいのか。まったく新しい分野、予期されない展開、いくつかの部門の形式的類似性を越えた深い関連。これらはもう存在しないのだろうか。ヴェイユの方法ではこの新天地を開拓するのは不可能である。われわれは第二、第三のヴェイユを必要とするのではないか。

 谷山さんの所論は以上のとおりです。現代数学というのはヴェイユの数学のことと考えられているような気配がありますが、正確な認識と思います。その現代数学は19世紀の数学のすねかじりの産物とのこと。この指摘も正確です。そうすると真に深遠なのは19世紀の数学であり、その脛をかじっているからこそ、ヴェイユの数学もまた深遠になるのだということになります。ヴェイユは抽象化の手法を19世紀の数学に適用していろいろな結果を導いているのですが、まさしくそこに深遠さと同時に限界が現れていて、ヴェイユの方法では19世紀を越えた新天地を開くことはできないと谷山さんは所見を述べました。本当に言いたかったのはこのことであろうと思います。深くヴェイユに学びつつ、ヴェイユを越えた場所に出たいという夢が語られているのですが、このようなところに谷山さんの魅力の秘密があるのではないかと思います。
 他の記事についても語りたいことはたくさんありますが、全容の概観をめざすという当面の方針に沿って先に進みたいと思います。「月報」の第2号は第1号から三箇月後の1953年10月15日に発行されました。定価は15円。第1号は10円でしたから5円の値上がりですが、頁数も増えて12頁になっています。連絡先は「東大数学教室内 新数学人集団」と明記されました。

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