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「虹の章」の執筆を終えて4 駒込千駄木町の一夜(2)

 國文研の源流のひとつひとつの来歴をめぐって、発足当初の消息についてはなるべく詳しく紹介するようにつとめましたが、その後の様子には触れることができませんでした。原理日本社は機関紙「原理日本」を舞台として多くの学者、思想家を糾弾する論陣を張ったことで知られています。中心になったのは蓑田胸喜です。試みに顧みると、東京帝大法学部の末弘厳太郎(民法、法社会学)、 美濃部達吉(憲法学、天皇機関説事件)、横田喜三郎(国際法学)、田中耕太郎(商法学、法哲学)、宮沢俊義(憲法学)、矢部貞治(政治学)、 南原繁(政治學)、経済学部の大内兵衛(財政学・マルクス経済学)、河合栄治郎(社会政策)、矢内原忠雄(植民政策)、京都帝大法学部の瀧川幸辰(刑法学、滝川事件)などの名が次々と念頭に浮かびます。哲学の西田幾多郎、田辺元、三木清、歴史学の津田左右吉なども批判の対象になりました。
 これらの人たちとはだいぶ毛色が違いますが、権藤成卿(農本主義の思想家)、安岡正篤(陽明學者、東洋思想家)、大川周明(日本主義の思想家)、それにヒットラーとナチズムも蓑田の批判を受けました。個人ではありませんが、昭和研究會(近衞文麿の政策研究團體)も批判されました。蓑田は蓑田に固有の視点に立って批判を繰り返したのですが、ひとことで言うと「和の立場から洋に向けられた批判」と見てよいのではないかと思います。
 保田與重郎は蓑田に会ったことがあるようで、保田の著作『日本浪曼派の時代』(昭和四十四年、至文堂)に多少の言及が見られます。「日本浪曼派広告」を「コギト」に出したころのことというのですから、昭和九年のことになりますが、保田はこんなふうに回想しています。

「そのころ私の見たところの判断では、学閥というものは、世間にあるというより、大学の内部に激しかった。一つの学部の中に、いくつかの閥をつくっていたように見えた。それは教授の地位を私するためである。大学の自治とか自由という善言は、わが国の大学では大体そういう実をいうものだった。その実例は、そのころ東京帝国大学の経済学部で、二派にわかれた争いがあった。各々の主任教授を中心としたその対立では、平素はマルクス主義と反マルクス主義で対抗している中堅級の助教授が、その主義も理論も棚上げにして、各自の主任教授の徒党へ集る。社会主義とは氷炭相入れない国家主義の老教授のもとへ、マルクス主義を以て平素処世上の態度としてきた若い連中が結集するのである。こういう事情とともに、そういう人々の心理が、私には全くわからなかった。強いていえば処世上の功利主義という外はない。」

 保田はこう言って、それから「こういうことは世間では忘れて了ったことだろうが、当人は忘れることはあるまいと思う」と言い添えて、そのうえで蓑田胸喜の名を挙げました。「経済学を学ばなくてよかったね」と保田に語りかけたというのです。

「有名な慶大教授の蓑田胸喜氏は、東大で哲学を専攻した学者だが、ある時私に、我々は経済学を学ばなかってよかったねといった。経済学をやるような人間は、みな人がらがいやしいと極言して嘆息された。そのころの東京帝国大学の経済学部の教授たちをながめて、この批評が当っていると、私は思った。そののちの戦中戦後のその人々の世渡りぶりを見て、私の心は滅入った。蓑田氏については私はよく知らないが、戦後にこの人を非難罵倒することによって、自己弁護をしたような多数の進歩主義者の便乗家とはちがって、私の印象では清潔な人物だった。極めて頑迷固陋といわれたが、筋が通っていた。勿論日本浪曼派とは無関係な人である。」

「ずいぶん困らされたという人がいるときいたが、世間栄達に無関心なものなら、何も困る必要はない。世渡りの妥協を自他に顧ない人で、世間の世渡りの思惑を無視する人があるものだ。困らされる人が、本当の学者なら、困るといってはならぬ。文士とか政治家とは、みなそういう超世間的のものだ。しかし世間なみの公務員や会社員の職をおびやかすようなことには、よほどの思慮がなくてはならぬが、文士同志学者同志では、そういう世俗の思慮は無用でよい。教授の職より学を愛することの出来る人なら、蓑田氏を怖れる必要がなかった筈だ。権力地位より正論に謹んだ人で蓑田氏を怖れた例を私は知らない。」

 昭和十六年、蓑田は国士館専門学校を退職しました。昭和十九年六月、郷里の八代に疎開。終戦の翌年の昭和二十一年一月三十日、縊死(いし)しました。墓は郷里の熊本県八代郡氷川町野津南山王の阿弥陀寺の境内にあります。
 蓑田胸喜の死を新聞で知った三井甲之が詠んだ歌一首。

   かくのごときこともありうる心地する
      すぐなる君がさがをおもへば
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