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高木貞治 西欧近代の数学と日本 181. 年譜(8)

 高木先生の年譜の紹介も今回で終りです。記述がだんだんとまばらになり、亡くなる前の10年ほどは空白が目立ちます。晩年の高木先生の消息はよくわかりません。門下生は非常に多く、没後編まれた追想録には非常に多くの人が思い出などを寄せていますが、たいていは学生時代に聴いた講義風景などで、晩年の様子を伝えてくれるエッセイはありません。このあたりのことは今後の課題にしたいです。


(昭和20年以後)

昭和20年(1945年) 満70歳
4月13日,この日の深夜に行われた空襲により,東京都本郷区駒込曙町24番地(現在,東京都文京区本駒込)の家が焼失した.山梨県南都留郡谷村町(やむらまち)(現在,都留市)に疎開.終戦後の9月27日,郷里の生家に移動した.
 この夜の空襲は午後11時ころに始まり,約4時間に及んだ.B29,約170機(米軍側資料では330機).
9月下旬
長野県諏訪の鉱泉旅館「神の湯」に逗留.東大物理学教室の学生の疎開先であった.学生たちを相手に講話「整数とは何か」を行った.
9月27日
岐阜県本巣郡一色村数屋の生家に移動した.

昭和21年(1946年)
10月1日,疎開先から東京にもどり,東京都淀橋区諏訪町182番地(現在,東京都新宿区高田馬場一丁目)に住所を定めた.

昭和22年(1947年)
12月
狭心症のため吉江琢兒没.

「故会員掛谷宗一君略歴」(帝国学士院記事,第5巻,第2・3号,1947年11月,191-192頁)

昭和23年(1948年)
2月25日
『代数的整数論』(岩波書店)刊行.
8月14日
「考へ方研究社」主催の第3次大学数学講座で特別講義「数学の自由性」を行う.5時10分から.開始直前に土砂降りになり,全身びしょぬれになって「考へ方研究社」(東京都千代田区神田一つ橋2の3)に到着した.社員一同,飛び出して出迎えたところ,高木貞治は「ひどい雨ですね」と微笑したという.
 第3次大学数学講座は8月2日,開講.毎日,午後5時から7時まで.A組とB組に分れた.A組は8月2日から8月12日まで.B組は8月16日から8月26日まで.

「考へ方のいろいろ」(「考へ方」第31巻,第1号,1948年4月1日発行.「考へ方研究社」の数学誌「考へ方」は昭和18年10月から誌名が変り,「数学錬成」となった.昭和20年1月号をもって発刊打ち切り.この時期,藤森良蔵の自宅は東京市豊島区西巣鴨2丁目2272番地にあったが,昭和20年4月13日の夜半の空襲を受けて炎上したため,埼玉県北足立郡大和町の仮住居に転居した.終戦を経て,昭和20年12月1日,ガリ版刷り4頁で復刊した.対象は直接購買者のみ.第31巻,第1号から活版刷りになって再出発.)
「数学の自由性」(「考へ方」第31巻,第7号,1948年10月1日発行)
「故会員吉江琢兒君略歴」(日本学士院紀要,第6巻,第2・3号,1948年11月,204-205頁)

昭和24年(1949年)
6月1日
『数学の自由性』(考へ方研究社)刊行.「高数研究」と「考へ方」に掲載したエッセイを集めた.

 序 
 1 数学の自由性 (日付なし)
 2 考え方のいろいろ 昭和23年(1948年)3月
 3 わたしの好きな数学史 1936.7.31
 4 彼理憤慨 1936.7.31
 5 微積の体系といったようなこと (日付なし)
 6 Newton.Euclid.幾何読本 1938.11.30
 7 日本語で数学を書く,等々 (日付なし)
 8 応用と実用 1940.8.31
 9 或る試験問題の話 1941.9.5
 10 昔と今(円周率をめぐって) 1942.8.30
 11 数学の辻説法 1943.3.23
 12 数学の実用性 1943.6.26
 13 虫干し 1944.9
 藤森良夫 高木貞治先生への感激 昭和24年(1949年)4月29日

8月20日
『数の概念』(岩波書店)刊行.

昭和25年(1950年)
「我が道を行く」(『私の哲学 ひとびとの哲学叢書』 中央公論社) 談話筆録.末尾に「昭和二十四年八月五日 高田馬場の自宅にて談.文責 市井三郎」と記されている.
「現代数学の抽象的性格について」(「科学」第20巻,第12号、538頁、岩波書店。昭和25年12月)

昭和26年(1951年) 満76歳(数え年77歳.喜寿)
2月,間歇性跛行症と診断され,医師の勧告にしたがい喫煙をやめた.
「 “科学”の成年式に寄せて」(「科学」第21巻、第4号、176頁、岩波書店。昭和21年4月)

昭和27年(1952年) 満77歳
「中学時代のこと」(「学図」第1巻,第3号.学校図書)

昭和28年(1953年) 満78歳

昭和29年(1954年) 満79歳

昭和30年(1955年) 満80歳
9月8-13日
「代数的整数論国際シンポジウム」(東京―日光)の名誉議長をつとめた.

「一数学者の回想」(「文藝春秋」11月号)
「明治の先生がた」(『東京大学80年 赤門教授らくがき帳』 鱒書房)

昭和31年(1956年) 満81歳

昭和32年(1957年) 満82歳
「謎」(「心」第10巻,2月号,146-147頁)

昭和33年(1958年) 満83歳

昭和34年(1959年) 満84歳

昭和35年(1960年)
2月28日 東京大学附属病院において没.満84歳.
3月3日 青山葬儀場において葬儀.

昭和36年(1961年)

昭和48年(1973年)
欧文論文集”The Collected Papers of Teiji Takagi”(岩波書店)が刊行された。編纂者は黒田成勝。序文は彌永昌吉。収録された論文は計26篇。

平成20年(2008年)
5月10日
『新式算術講義』(筑摩書房,ちくま学芸文庫M&S)再刊.

平成22年(2010年)
3月10日
『数学の自由性』(筑摩書房,ちくま学芸文庫M&S)再刊.
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コメント

[C35190] 高木貞冶を読み感銘しました。

以前は『岡潔伝』そして『高木貞冶伝』を熟読しました。大変に勉強になりました。ありがとうございました。

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