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数学史研究の回想65 再び変換理論と等分理論について

楕円関数論の話をもう少し続けたいと思います。同じような話の繰り返しになりがちですが、それは楕円関数論をめぐる諸状勢が複雑なためですから仕方がありません。「楕円関数論とは何か」という問いを絶えず念頭に置いて何度も語り続けているうちに、次第に簡明な形の諒解にたどりつけることを期待したいところです。
 楕円関数論がオイラーに始まることは既述のとおりです。オイラーが変数分離型の微分方程式の代数的積分を求めようとして行き詰まっていたところにファニャノの論文集が届いたのですが、そこには懸案の微分方程式のひとつの特殊解が記されていました。ファニャノは別に微分方程式を解こうとしていたわけではなく、レムニスケート型微分式を同型の微分式に移す変数変換をたまたま見つけたというだけのことなのですが、ひとり微分方程式論の構築に向って歩を進めようとしていたオイラーの目には、ファニャノが書き留めた変数変換式は微分方程式の特殊解と映じたのでした。
 オイラーは楕円積分の加法定理も発見しましたが、そこから即座に倍角の公式が導かれます。それならアーベルがそうしたように等分方程式の解法を論じるという方向に進みそうにも思えるのですが、そのようにはならなかったのはなぜなのでしょうか。そのあたりもまた謎めいていて、考えなければならない論点です。
 オイラーに続いてラグランジュが現れて、それから楕円関数論はルジャンドルの手にわたりました。ルジャンドルは変換理論というものを考案し、ほんの少しではありますが、低次数の変換を見つけました。変換というのはつまり変数分離型微分方程式の有理関数の形に書き表された解のことで、ルジャンドルに続いてヤコビとアーベルは完全に一般的な変換式を書き下したのですが、その際に活躍したのが第1種逆関数でした。変換を与える有理式の係数を規定するところに変換理論の核心が認められますが、アーベルとヤコビはその係数を第1種逆関数の特殊値を用いて記述したのでした。これを実現するには第1種逆関数の諸性質を明らかにしておかなければなりませんから、楕円関数論の重点は第1種逆関数それ自体に移行したかのような光景が現れました。それでも主問題はあくまでも変換理論であり、微分方程式論の一環です。
 変換理論と並ぶ楕円関数論のもうひとつの主問題は等分理論ですが、この理論では第1種逆関数が主役を演じます。等分理論の出発点を回想すると、今度は立ち返る場所はオイラーではなくファニャノです。ファニャノはレムニスケート曲線の任意の弧の2等分点や四分の一部分(第1象限内に描かれた部分)の3等分点と5等分点をコンパスと定規のみを使って作図する方法を発見し、それをレムニスケート曲線に備わっている興味深い性質と見て、「私の曲線の新しくて特異な性質」という言葉を書き留めました。これがファニャノによるレムニスケート曲線の等分理論で、オイラーはもとより承知したいましたが、ファニャノを越えて楕円関数の等分理論の方向に進もうとする気配は見られません。その理由は何かというと、オイラーの関心はあくまでも微分方程式論にあったことと、等分理論は微分方程式とは関係がないことが挙げられると思います。
 レムニスケート曲線の等分理論はガウスを待って再び数学史に出現しました。ガウスがファニャノのレムニスケート曲線論を知らないとは思えないのですが、ファニャノの名にまったく言及しないのはいくぶん不可解な事態です。ガウスなら一般の楕円関数に対する等分理論をも視圏にとらえていたと考えても不思議ではありませんが、ガウスの全集を概観してもその間の消息を物語る具体的な文書などは見あたりません。それにもかかわらずアーベルは一般の楕円関数の等分理論の構築へと向かいました。アーベルが参照したのはガウスの著作『アリトメチカ研究』の第7章の円周等分方程式論と、その第7章の冒頭にぽつんと書き留められた一個のレムニスケート積分のみでした。
 レムニスケート曲線の等分はレムニスケート曲線の弧長積分、すなわちレムニスケート積分の等分と同じことで、逆関数に移るとレムニスケート関数の等分方程式を解くことに帰着されます。一般の第1種楕円積分の等分を考えるところに歩を進めると、もうレムニスケート曲線のような幾何学的なイメージは伴いません。等分点の作図問題という観点は失われ、第1種逆関数の等分方程式の解法の問題になっていきます。第1種逆関数をあらためて楕円関数と呼ぶことにすると、等分理論の主役を演じるのは楕円積分ではなく楕円関数です。楕円積分が背景に退いて、楕円関数が表舞台に出る契機がここにあります。

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数学史研究の回想64 数学の本質は歴史に宿っている

アーベルは第1種楕円積分の逆関数を考えて、それを第1種逆関数と呼びました。ただし、この呼称はこの関数が導入された論文「楕円関数研究」には見られなかったことに、ここでもう一度注意を喚起しておきたいと思います。アーベルは第1種逆関数の諸性質を次々と書き出していきました。この関数の変数の変域は出発点の時点では実数域ですが、加法定理が成立するという著しい性質が備わっています。それはアーベル以前にオイラーが発見した事実ですが、アーベルはこの性質を梃子にして逆関数の変数の変域を複素数域に拡大し、複素変数の関数として考察するという道を開きました。ここまで歩を進めるのはオイラーを越えている出来事で、アーベルの創意の所産です。もっともアーベルに先立ってガウスはすでに同じ道筋を実際に歩んでいました。アーベルはガウスが何をしていたのか、具体的なことは知る由もなかったのですが、ガウスの著作『アリトメチカ研究』を見てあるともないとも言えないようなほんのわずかな兆候に触発されて、何事かを感知したのでしょう。
 第1種逆関数の変数の変域を複素数域に拡大すると2重周期性の認識が可能になります。アーベルはそこまで進みました。これに関数の解析性という概念が加われば複素変数関数論が成立し、第1種逆関数は「複素数域全体で定義された2重周期をもつ有理型関数」であることが明らかになります。そこで視点を逆転し、この文言をもって楕円関数の定義とするということが考えられます。今日の楕円関数の概念がこうして獲得されました。
 楕円関数の定義はこれでよいとして、定義の文言を見ても、なぜこのような関数を考えることにしたのかというもっとも根源的な問いに答えることはできません。アーベルに始まる「楕円関数の定義の由来の歴史」をたどらなければ決してわからないことで、数学の本質は歴史に宿っているということの際立った事例のひとつです。
 さらに根本に立ち返って、そもそもアーベルが第1種逆関数を考えることにしたのはなぜだろうかと問うと、その答えは変数分離型の微分方程式論にあります。この種の微分方程式論はオイラーにはじまり、オイラーは代数的積分を求めようとしたのですが、それが楕円関数論の泉であることはアーベルが「楕円関数研究」の冒頭で真っ先に指摘していたとおりです。微分方程式論の一環に変換理論があり、第1種逆関数は変換理論を確立するための有効な補助手段をもたらしました。アーベルが着目したのはそこのところです。
 変数分離型の微分方程式論から生れた楕円関数論において、変換理論と並ぶもうひとつの柱は等分理論ですが、ここでは第1種逆関数の等分方程式の代数的可解性の探究が主問題になりました。
 今日の楕円関数はアーベルに固有の創意から生れました。アーベルに加えてガウスの名を挙げてもよいのですが、アーベルとガウスを離れてどこかしら観念の世界に楕円関数の概念が抽象的普遍的に存在しているわけではなく、アーベルとガウスという特定の個人の思索から生れました。数学は人が創る学問であることを、幾度も繰り返して強調したいと思います。

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