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数学史研究の回想61 変数分離型の微分方程式と楕円関数論

 オイラーは楕円関数論において「楕円積分の加法定理」を発見したのですが、それに先立って対数関数と円関数の加法定理のことも知っていました。それならオイラーはそれらの加法定理に何かしら特別の意義を認めて、その一般化をめざしたのかというと、そういうわけでもありません。このあたりの消息を正確に見分けるのは実にむずかしく、込み入った思索を強いられます。
楕円積分の加法定理を発見した一番はじめの人はオイラーでまちがいありませんが、オイラー自身の心情に沿って考えると、オイラーがめざしていたのは加法定理そのものではなく、微分方程式の積分を求めることでした。「楕円関数研究」に書き留められたアーベルの言葉に立ち返ると、アーベルはこう言っています。

《このような関数の最初のアイデアは、分離方程式
dx/√(α+βx+γx^2+δx^3+εx^4)+ dy/√(α+βy+γy^2+δy^3+εy^4)=0
が代数的に積分可能であることを証明する際に、不滅のオイラーによって与えられた。》

 「このような関数」というのは楕円関数のことで、その実体は楕円積分ですが、楕円積分というものを考えようとした一番はじめの人はオイラーであること、しかもその契機になったのは上記の変数分離型の微分方程式の代数的積分の探索であることを、アーベルは明記しています。昔、「楕円関数研究」をはじめて読もうとしたときのことですが、序文を読み始めてすぐにこの言葉に遭遇し、あまりにも意外なことに驚愕し、しばらく先に進むことができなくなってしまうほどでした。楕円関数論の契機が微分方程式であるとは、いったいどのようなことなのでしょうか。
 分離型の微分方程式というのは、変数xのみが見られる微分式dx/√(α+βx+γx^2+δx^3+εx^4)と変数yのみが関わる微分式dy/√(α+βy+γy^2+δy^3+εy^4)が切り離されていることを指しているのですが、二つの微分dxとdyが単独で現れているところが非常に気に掛りました。これではまるで微分dx、dyそのものに何かしら意味があるかのようですし、どのように理解したものか困惑させられたのでした。この疑問を解消するには、デカルトあたりまでさかのぼって微積分の形成史をたどらなければならず、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟を経てオイラーにいたり、オイラーがなぜ微分方程式をあのような形に書いたのか、ようやく合点がいきました。
 微分方程式の代数的積分という言葉には二重の困難がひそんでいます。まず微分方程式の積分とは何でしょうか。次に、その積分が代数的であるとはどのような意味なのでしょうか。
 今日の数学で微分方程式といえば、未知の関数の導関数を内包する何らかの等式のことで、その未知関数を微分方程式の解というのですが、解という意味で積分という言葉が用いられることもときおりあります。これに対し、オイラーが提示した(とアーベルは紹介しました)微分方程式には二つの変数x、yが対等の立場で現れているのみで、関数の姿はどこにも見られません。それで大いに困惑したのですが、この疑問もまた微積分の形成史の概観とともに消失しました。微分方程式の解を積分と呼ぶ理由、解が代数的であるということの意味も同時に諒解されるようになったのですが、なにしろ読むべき著作があまりにも大量のため、非常に長い時間を要しました。


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数学史研究の回想60 超越関数の世界

積分の理論の視点から観察すると、対数関数は対数積分として目に映じ、逆正弦関数は円積分として把握されるようになります。積分の形に表示するとき、対数関数に対しても逆正弦関数に対しても等しく加法定理の成立が認められることも注目に値します。対数積分や円積分をこえて、一般に代数関数の積分を作ると大量の超越関数が生成されますが、一見してあまりにも無秩序な世界ですし、わずかに対数関数と指数関数、それに円関数に対してのみ、加法定理という名の法則が認められるにすぎません。そこでアーベルは、「長い間、幾何学者たちの注意をひいた超越関数は、対数関数、指数関数、それに円関数のみであった」と明言したのでした。
 アーベルはさらに、「そのほかの二、三の超越関数の考察が始まったのはごく最近のことにすぎない」と言葉を続け、そのうえで
「それらの超越関数の間で、もろもろの美しい解析的性質のために、また数学のさまざまな分野における応用のために、楕円関数と名づけられる関数を区別しなければならない。」
と言い添えました。「楕円関数」の一語がこうして登場したのですが、アーベルのいう楕円関数というのは今日の語法でいう楕円関数ではなく、楕円積分そのものを指していることは注意を要します。超越関数への着目ということが、そもそも代数関数の積分に端を発していることに留意したいところです。
 楕円積分を第1種、第2種、第3種と三種類に区分けしたのはルジャンドルですが、ルジャンドルは楕円積分のことを当初は「楕円的超越物」と呼んでいました。あるとき「楕円関数」という呼称を提案したところ、ヤコビは同意しませんでした。第1種楕円積分の逆関数こそ、その名に相応しいというのがヤコビの考えで、実際に『楕円関数論の新しい基礎』(1829年)という著作において「楕円関数」という呼称を採用しています。第1種楕円積分の逆関数に着目したのはアーベルがはじめで、ヤコビもまた追随しましたが、アーベルはこの逆関数に特別の名前を与えることはせず、ときおり「第1種逆関数」と呼ぶことがあるのみでした。
 楕円関数と楕円積分という呼称については、実際にはもう少し精密な言い方を工夫しなければならないのですが、ここではアーベルの論文「楕円関数研究」の題目に見られるる「楕円関数」は楕円積分そのものを指していることに留意しておきたいと思います。ついでに言い添えると、後年のリーマンの論文「アーベル関数の理論」における「アーベル関数」というのはアーベル積分、すなわち代数関数の積分を指しています。
 代数関数の積分を作るとたちまち超越関数の世界が現れて、しかもそこは暗黒の世界でした。対数関数と円関数に対して成立する加法定理は、まるで真っ暗闇に射し込むかすかなあかりであるかのようでした。


数学史研究の回想59 対数関数と円関数の加法定理

 今日の数学の語法では代数関数の積分のことをアーベル積分というのですが、ではそもそも代数関数という特殊な関数に着目して、しかもその積分を考えるのはなぜなのだろうという素朴な疑問が生じます。今日の目にはいかにも不思議に映じますが、代数関数に限定することについては、なにしろ超越関数については具体的な事例がほとんど知られていないのですから考える手立てがないような気がします。
それなら積分を考えるのはなぜかというと、弧長や面積の計算にあたって、逆接線法という、微分計算とは逆向きの方向に進む計算法が発見されたためでした。代数関数f(x)の積分
    y = ∫f(x)dx
を作ると、yはxの関数になりますが、対数積分や円積分の場合に見たように、このようにして作られる関数はごく普通に超越関数になります。そうすると、こんなふうにして多種多様な超越関数が眼前にあふれてしまい、なんだか収拾のつかないありさまになりますが、対数関数y=∫dx/xと円関数y=∫dx/√(1-x^2)の場合でしたらいろいろな性質が判明しています。対数関数y=log xについては、その性質は等式
      log(xy) = log x+log y
により表されますが、この等式には加法定理という呼称がよく似合います。実際、0からxまでの積分∫dx/xをα、0からyまでの積分をβ、0からzまでの積分をγで表すとき、三つの変数x、y、zの間に
     z = xy
という関係式が成立するなら、等式
     α+β = γ
が成立します。これが対数積分の加法定理です。
円関数y=∫dx/√(1-x^2)についてはどうかというと、加法定理が成立します。0からxまでの積分∫dx/√(1-x^2)をα、0からyまでの積分をβ、0からzまでの積分をγで表すとき、三つの変数x、y、zがある一定の代数的関係で結ばれているとき、等式
   α+β=γ
が成立するというのが加法定理の中味です。その代数的関係はどうしたらみいだされるかというと、
   x=sinα、y=sinβ、z=sinγ
ですから、周知の三角関数の加法定理により
   z=sin(α+β)=sinαcosβ+cosαsinβ=x √(1-y^2)+√(1-x^2)・y
という関係式が得られます。
 三角関数の加法定理といえば微積分の成立以前の三角法の時代からよくしられていました。それを積分の形のまま書き下せば、それが円積分の加法定理です。
 アーベルの言葉にもどると、アーベルのいう円関数には円積分もまた包摂されていることに、くれぐれも注意を喚起しておきたいと思います。

数学史研究の回想58 円関数

円関数というと、sin xやcos x、tan xなどの三角関数が即座に念頭に浮かびますが、対数関数を1/xの積分として理解するという立場に立つと、1/√(1-x^2)の積分
    y =∫dx/√(1-x^2) (積分は0からxまで)
を考えるという着想におのずと誘われそうです。この積分には円積分という呼称が相応しいと思いますが、単位円の中心角yの円弧の長さを表していますが、一般に曲線の弧長を計算するという理論が確立されなければ、このような表示は考えられません。その理論というのはライプニッツとベルヌーイ兄弟の手で構築された積分の理論のことなのですが、この理論に立脚すれば対数積分、すなわち対数関数を与える積分は方程式y=1/xで表される双曲線とx-軸で囲まれる領域の面積(もう少し正確に言わなければならないところですが)を表しているように目に映じます。
 対数そのものは積分の理論とは無関係に発見されたのですが、「曲線で囲まれる領域の面積」を求めようとする計算法の追求と融合して「双曲線の面積」として諒解されるようになりました。
 そうすると1/xを一般化して1√(1-x^2)に移行したというのではなく、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟、それにオイラーのような数学者たちの眼前にあったのは双曲線と円という曲線であり、それらに由来する領域の面積や弧長を積分の理論により表示しようとする試みを通じて、対数積分や円積分が出現したという順序になります。対数積分の逆関数は指数関数、円積分の逆関数は正弦関数sin xで、円積分そのものは逆正弦関数です。正弦関数が認識されれば、余弦関数や正接関数など、正弦関数の仲間である一系の関数が次々と集まってきます。逆余弦関数や逆正接関数なども仲間に加え、それらを総称してアーベルは「円関数」と呼んだのであろうと思います。
 円積分arcsin xもその逆関数sin xも超越関数ですが、微積分ができたり関数概念が提案されたりする前から三角法がありましたし、後者の正弦関数については古くからよく知られていました。ただし三角関数が関数になったのは関数概念が導入されてからのことで、このあたりの消息は対数関数の場合とよく似ています。
 オイラーが現れてはじめて対数は対数関数になり、正弦は正弦関数になりましたが、その際にオイラーが着目したのは「簡単な形の関数の積分はごくあたりまえに超越関数になる」という事実でした。この場合、「簡単な形の関数」というのは何かというと、まず1/xのような有理関数、次に1/√(1-x^2)のような代数関数です。ライプニッツとベルヌーイ兄弟の手で微積分の理論ができたことを受けて、有理関数の積分を作ると対数関数に遭遇し、代数関数の積分を作るとたちまち逆三角関数に出会い、さてその次に正体のよくわからない超越関数が大量に出現します。オイラーが直面したのはこのような状況でした。

数学史研究の回想57 対数関数と指数関数

アーベルの「楕円関数研究」は楕円関数論の歴史的回想から説き起こされています。次に引くのは「楕円関数研究」の書き出しの言葉です。

《長い間、幾何学者たちの注意をひいた超越関数は、対数関数、指数関数、それに円関数のみであった。そのほかの二、三の超越関数の考察が始まったのはごく最近のことにすぎない。それらの超越関数の間で、もろもろの美しい解析的性質のために、また数学のさまざまな分野における応用のために、楕円関数と名づけられる関数を区別しなければならない。》

 特に留意するべきことがあるようには見えず、さり気なく読みすごしてしまいそうですが、言葉のひとつひとつを見ていくと全体にどことなく謎めいた印象があります。それに、なんといっても「楕円関数と名づけられる関数」が今しも語られていこうとする一番はじめの場面ですから、ことのほか注目に値します。
 まず超越関数とは何かというと「代数関数以外の関数」のことですが、数学に関数を導入したのはオイラーで、関数を代数関数と超越関数に二分したのもまたオイラーでした。オイラーが関数を導入したのはなぜかというと曲線を理解するためで、曲線の「解析的源泉」を求めて関数概念を提案したのでした。代数関数は代数曲線の、超越関数は超越関数の、それぞれ解析的源泉です。
このあたりは微積分の形成史の復習ですが、関数でも曲線でも「超越的なるもの」というのは「代数的ではないもの」の総称ですから、あまり積極的な概念規定ではありません。
 微積分の形成史をもう少し続けると、オイラー以前に「曲線の理論」が存在し、オイラーはその「曲線の理論」の中から関数の概念を取り出したのでした。曲線の理論のはじまりはデカルトの『幾何学』ですが、デカルトは古典ギリシアの数学における幾何の作図問題を見て、「こうすればかんたんに解ける」という新しい方法を提示しました。それは代数学の力を借りる方法で、作図問題を代数方程式の解法に帰着させるところに鍵がひそんでいます。デカルトに先立って、16世紀の半ばにイタリアの代数学が大きく進展し、3次と4次の代数方程式が(代数的に)解けるようになっていたことも、デカルトの着想を支えた事実として忘れられません。
 デカルトは学問の明晰判明な基礎を探索したことで知られていますが、デカルトにとって幾何学の明晰判明な基礎とは代数学のことにほかなりません。このアイデアは曲線の理論でも生きています。デカルトは「幾何学において受け入れられる曲線とは何か」とみずからに問うて、ある種の曲線の作る範疇を指定してこの問いに答えました。それが代数曲線なのですが、そのように命名したのはライプニッツで、デカルト自身は特別の名前をつけることはありませんでした。超越曲線という呼称もライプニッツに由来します。デカルトは思索を重ねた末に超越曲線を除外したのですが、ライプニッツにはライプニッツに固有の理由があって、代数的ではない曲線も考察することになりました。
 このような歴史を背景にしてようやく、アーベルのいう「超越関数」の一語の意味が明らかになりました。アーベルは対数関数、指数関数、それに円関数という3種類の超越関数を挙げました。対数関数と指数関数は通常、互いに他方の逆関数として認識されていますが、ガウスのように
   y=∫dx/x (積分は1からxまで)
と置くとyはxの対数関数で、y=log xと表記されます。1/xという簡単な関数の積分が対数関数を与え、その逆関数が指数関数として認識されるという状況が、ここに現れています。

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オイラー研究所の所長です

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