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数学史研究の回想43 2次形式の変形をめぐって

何かある大きなものの断片が目に留まることはありえても、小さな断片をたくさん集めて大きなものを組み立てることは、できそうでいて、実際には不可能です。平方剰余相互法則が見つかっても、それなら3次や4次の相互法則も見つかるのではないかと想像するのは、いかにもありそうでいてありえません。ガウスは平方剰余相互法則を発見して証明にも成功した後に、3次と4次の相互法則を追い求め、ようやく4次剰余相互法則の発見にたどりついたのですが、このような探索が可能だったのは当初から高次冪剰余相互法則の存在を確信していたからで、その確信が揺らぐことがなかったからこそ、いつまでも探し続けることができたのでした。このような消息を顧みると、数学という学問の本質にじかに触れるような感触があります。
 『アリトメチカ研究』にもどると、第4章「2次合同式」では平方剰余相互法則が非常に複雑な数学的帰納法の手順を尽くして証明されます。数学的帰納法よる証明というのは「正しいことがわかる」というだけで、いわば「なしくずし的に証明する」のですが、これだけでは平方剰余相互法則を支える根本原理のようなものはわかりません。この点はガウスも先刻承知で、第5章「2次形式と2次不定方程式」では「2次形式の種の理論」に基づく証明が遂行されています。この章は実に長大で、ここだけで『アリトメチカ研究』の大半を占めるほどなのですが、ごく初歩的な話から説き起されて悠然と書き進められていき、おもしろいことはおもしろいのですが、はたしてどこに連れて行かれることになるのか判然としない状況がえんえんと続きます。
 同一の判別式をもつ2次形式の全体が類別され、類が目(もく)に分けられ、目が主に分けられていき、長い道をたどった末に種を対象にしてひとつの定理に到達します、するとその定理から平方剰余相互法則がすらすらと導かれ、ここにいたって突然、霧が晴れて明るい世界に出たような気持ちになります。ガウスの2次形式論のうわさは『アリトメチカ研究』を読む前から見聞していましたが、ガウスの意図が平方剰余相互法則の証明にあるとは『アリトメチカ研究』を読むまでは知りませんでした。原典を読まなければ決してわからないけれども、原典を読めばすらすらとわかることというのは本当にあり、ここでもまた原典未読の醍醐味を感じました。
 平方剰余相互法則を離れて2次形式論ということであれば、ガウスの前にラグランジュがいて、2次形式の変形ということを論じています。2次形式の変形ならガウスもやっていることですから、ラグランジュからガウスへと続く道が存在するかのように見えるのですが、このあたりに迷いの発生する余地があります。ラグランジュはたしかに2次形式の変形を論じましたが、そのねらいは2次の不定方程式を解くことで、平方剰余相互法則とは関係がありません。2次形式の変形を工夫したところはラグランジュとガウスは共通していますし、ガウスもラグランジュを見て何かしら影響を受けたということはありうると思いますが、なぜ変形するのかという根本に立ち返ると無関係です。
 ラグランジュが一般の2次不定方程式の解法をめざしたこと、そのために2次形式の変形を試みたことはラグランジュの論文を読んで知りました。ラグランジュの論文を読むまではわからなかったことで、数学はやはり「一番はじめの人」の声に直接耳を傾けないと真相はつかめません。


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数学史研究の回想42 存在の予感に寄せる実在感について

今日の数論の本を参照すると平方剰余相互法則には必ずお目にかかりますが、3次剰余相互法則とか4次剰余相互法則などに出会うことはめったにありません。ときたま言葉だけ目にすることがある程度のことですし、一般の高次冪剰余の理論が取り上げられている本も見たことがありません。ところが数論の古典に親しみ始めてみると、目に入る光景はまったく異なっていました。ガウスの『アリトメチカ研究』には何が書かれているのだろうと興味津津で読み始めたのですが、この大冊の内容は「相互法則」のひとことで尽くされています。実際に読まなければ決してわからないことで、これにはまったく驚きました。
ガウスは第1章で数の合同の概念を導入し、第2章で1次合同式の解法を示しました。第3章で語られるのは冪剰余の概念の基礎理論ですが、冪剰余の冪の次数は「2」に限定されているわけではなく、一般の冪次数が登場します。これを言い換えると、まずはじめに次数2を考察し、それからおもむろに、3次、4次、と一般化をはかるというのではなく、そもそものはじめから「冪剰余の世界」の全容を大きく視圏のおさめ、ここに平方剰余の世界があり、そこに3次剰余の世界があり、あそこに4次剰余の世界があるというふうに観察の精度を高めていくという構えになっているということです。世界の全体を俯瞰して、それから細部の観察に興味を寄せていくという道筋をたどるのですが、このあたりの消息はいかにも不思議です。
 ガウスの体験に沿って、ガウスがたどった道筋を歩いてみると、一番はじめに起ったのはアリトメチカの一真理の発見という出来事でした。その真理というのは今日の数論でいう平方剰余相互法則の第一補充法則のことで、ガウスはこれを1795年の年初に発見しました。この発見に伴って、ガウスの目にはその背後に何かしら巨大な真理の作る山脈が見えたというのですが、不思議なのはここのところです。実際に見えたというよりも、存在を予感したというほうが正確と思いますが、単に何かがあるようだと思ったというのではなく、予感に対して強固な実在感を抱いたのではないかと思います。
 ガウスは小さな一真理の背後にあるものを感知して、実在感を抱き、実際に長い歳月にわたって探索を続けました。このようなところに、何というか、恐るべきものを感じます。
 高次冪剰余相互法則を発見するためには有理整数域にとどまっているのではだめで、「虚の整数」の世界に移行する必要があります。この認識もガウスの発見で、今日の代数的整数論の端緒がここから開かれていきます。n次の冪剰余相互法則であれば1のn乗根が要請され、何らかの意味合いにおいて1のn乗根の作る「整数」の概念を確定しなければならないのですが、ガウスはこれを4次剰余の理論の場合に遂行し、4次の冪剰余相互法則を本当に発見しました。二つの補充法則も伴っています。ここにいたるまでの思索の全体を報告したのが、「4次剰余の理論」という表題をもつ2篇の論文です。
 ガウスの探索は優に30年を越える歳月にわたって継続したのですが、頼みの綱は存在するにちがいないという確信のみですし、どうしてそんなことができたのでしょうか。数学という学問に不思議さを感じてしまうのはこのようなことがあるからですが、ガウス自身の書いたものを読まなければわからないことでもあり、そこがまた不思議です。ガウスの数論はガウスの歩みに沿って歩めば実によくわかりますが、その場合の「わかる」ということの実体は「ガウスに寄せる共鳴」ということであろうと思います。
論理的に組み立て直して見通しをよくしようとすると、それはそれですらすらとよくわかりますが、この場合の「わかる」というのは論理の連鎖をまちがわずに追うことができたということです。足どりは軽やかに進みますが、「わかった」という感動はありません。何ものにも共鳴するということがないために心が動かないのですが、そうすると「わかる」という現象は孤立して起こるのではないということになりそうです。


数学史研究の回想41 高次冪剰余の理論

ルジャンドルのいう「相互法則」とガウスのいう「基本定理」は論理的に見ると同じことで、一方を前提とすれば、簡単な論証により他方が導かれます。双方を連繋する架け橋が存在するのですが、今日の数論では、その橋には「オイラーの基準」という名がついています。オイラーもルジャンドルもガウスもみな承知していた事実です。そこで、今日の平方剰余相互法則の発見の経緯はどうかということであれば、
  第一発見者はオイラー
  証明を試みた一番はじめの人はルジャンドル
  証明に成功した最初の人物はガウス
ということになります。これがクロネッカーの論証の結論です。
 数学的自然世界にある現象が存在し、その同じひとつの実体をこちらから見れば「二つの異なる奇素数間の相互法則」に見え、あちらから見れば「平方剰余の理論における基本定理」に見えるというふうに考えると、オイラーとルジャンドルとガウスは同じものを発見したことになります。今日の数学ではおおむねそんなふうに諒解されているのではないかと思いますが、別の考え方もありえます。なぜなら、この「同じ法則」を発見した3人の人物の数学的意図が異なるからです。
 ルジャンドルの眼前にあったのは素数の形状理論でした。素数の全体を4n+1型と4n+3型に大きく二分するとき、後者の素数についてはラグランジュが一般理論を組み立てましたが、前者の素数についてはラグランジュも個別に対応しただけで一般理論を作ることができませんでした。ルジャンドルがめざしたのはこの壁を乗り越えることで、4n+3型の素数の世界と4n+1型の素数の世界を結ぶ橋を探索して相互法則を見つけました。ガウスはどうかというと、素数の形状理論とはまったく無関係に独自に「平方剰余の理論」を構築し、その理論の全体を制御する基本定理を発見しました。
平方剰余の理論は合同式の世界において繰り広げられるのですが、ガウスが真に発見したのは「冪剰余の理論」それ自身と見るほうが正確で、この新世界において平方剰余の理論は小さな一区域を占めています。平方剰余相互法則の第一補充法則という小さな真理を発見したガウスの目には一般の高次冪剰余の理論が見えていたということになりそうですが、実際、『アリトメチカ研究』の第4章「2次合同式」を見ると、そこではすでに4次剰余の概念が現れていて、「-1は8n+1型の素数の4次剰余である」という命題が語られています。
 ガウスは高次冪剰余の理論の場でも基本定理の存在を予感したと見てまちがいありませんが、具体的に現れたのは4次剰余の理論の基本定理で、50代になってようやく「4次剰余の理論」という表題をもつ2篇の論文を書きました。第一論文が学術誌に掲載されたのは1828年のことですが、3年前の1825年の4月に第一論文の概要が公表されました。反響は確かにあり、若い日のヤコビとディリクレが即座に反応し、ガウスの2篇の論文のすべてが世に出る前に、それぞれ独自に4次剰余の理論の探究に取り掛かるというほどでした。
 3次剰余の理論は4次剰余の理論よりむずかしく、論文の形で公表されるにはいたりませんでしたが、ガウスの遺稿のあちこちに思索の断片が散りばめられています。
 高次冪剰余の理論については後ほどあらためて語りたいと思いますが、ここで強調しておきたいのは、ルジャンドルの相互法則には高次冪剰余の理論に向かう契機は見られないという一事です。素数の形状理論から切り離された「相互法則」と、冪剰余の理論から単独に取り出された「平方剰余の理論の基本定理」を比較するのであれば、この二つの命題は確かに同等ですが、この比較は無意味なのではないかと思います。背後にはそれぞれ素数の形状理論と冪剰余の理論が広がっていて、この二つの異質の理論がたまたま平方剰余相互法則において接触していると考えるほうがよさそうです。
 オイラーはルジャンドルよりもガウスに近く、高次冪剰余の考察にも及んでいるほどなのですが、合同式の世界のような共通の基盤の認識にいたっている様子は見られません。オイラーとガウスはこの点において一線を画しています。


数学史研究の回想40 相互法則と基本定理

古典を読む楽しみは「一番はじめの人」の肉声が直接聞こえてくるところにあります。西欧近代の数学において、数論の領域には一番はじめの人は二人いて、ひとりはフェルマ、もうひとりがガウスですが、ガウスは数論に向かうようになった動機を率直に語っています。それは平方剰余相互法則の第一補充法則を発見したことなのですが、それ自体は小さな事実です。ところがガウスはさらに言葉を続け、「その真理自体にもこの上もない美しさを感じたが、そればかりではなく、それはなおいっそうすばらしい他の数々の真理とも関連があるように思われた」というのです。小さな真理の背後に大きな真理の存在を予感して、しかも単にそんなふうに思ったというのではなく、「全力を傾けて、その真理が依拠している諸原理を洞察し、厳密な証明を獲得するべく考察を重ねた」ということですから、ガウスは予感に確信を抱いたことになります。
 ガウスの言葉は、「私はついに望みどおりの成功を収めたが、そのころにはこのような研究の魅力にすっかり取り付かれてしまい、もう立ち去ることはできなかった」と続きます。ガウスは平方剰余相互法則の本体と第二補充法則を発見し、しかも証明にも成功しました。そのことを指して、「望みどおりの成功を収めた」とひとまず言っているのであろうと思われますが、ガウスの数論はそれで終わったわけではありません。「このような研究の魅力」にすっかり心を奪われて、「もう立ち去ることはできなかった」というくらいですから、平方剰余相互法則を越えた世界の存在を予感していたような気がします。ガウスは自分の心に起ったあれこれを淡々と描き留めているだけなのですが、素朴な言葉がたいへんな迫力をもって読む者の心に迫ってきます。
 平方剰余相互法則について注意を喚起しておきたいことがいくつかあります。まず「平方剰余相互法則」という言葉そのものに関することですが、この言葉は歴史的用語ではありません。クロネッカーが詳しく考証したことによると、この法則は数学史上に3度にわたって出現しました。これを言い換えると、発見した人が3人いて、しかもそれらの発見には相互関係が認められないということにほかなりません。
一番はじめに発見したのはオイラーですが、オイラーが書き並べたいろいろな命題の中に平方剰余相互法則と同等の命題が存在し、それを指摘したのがクロネッカーです。識別するのはむずかしく、よほどよく見ないとわかりませんが、クロネッカーの炯眼は正しくこれを見きわめました。二つの補充法則も確かに存在します。ただし、平方剰余相互法則という名に値する命題が単独で取り出されたわけではなく、二つの補充法則もまた平方剰余相互法則の本体に附随する命題として認識されたわけでもありません。それと、オイラーには証明が添えられていません。
次に発見したのはルジャンドルですが、ルジャンドルはこれを「二つの異なる奇素数の間の相互法則」と呼びました。「相互法則」の一語が読み取れますが、「平方剰余」という言葉はここには見られません。ルジャンドルの相互法則はフェルマの小定理に基礎を置く命題であり、少なくとも観念的に考える限り、平方剰余の世界とは無関係です。それと、対象はあくまでも「二つの異なる奇素数」ですから、二つの補充法則は伴っていません。
 ガウスはオイラー、ルジャンドルに続く三番目の発見者です。合同式の世界を舞台にして平方剰余の理論の構築をめざし、「平方剰余の理論における基本定理」(ガウスの言葉)を発見したのですが、ここには「相互法則」という言葉は見られません。ルジャンドルのいう「相互法則」とガウスのいう「平方剰余」を合わせると、「平方剰余相互法則」という今日の用語ができあがります。ルジャンドルが発見した相互法則とガウスが発見した基本定理は論理的に見ると同等ですが、発見の意図とか、発見の意味という方面を観察するとルジャンドルとガウスの間には何の関係もありません。
 名は体を表すと言いますが、「平方剰余相互法則」という言葉は異なる二つの実体が組み合わさって作られています。実に意外なことで、気づいたときは本当に驚きました。ガウスの『アリトメチカ研究』とルジャンドルの『数の理論のエッセイ』を読んではじめて判明したのですが、これもまた古典解読の果実です。


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