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数学史研究の回想31 『数の理論のエッセイ』の序文より

数学史研究の回想31 『数の理論のエッセイ』の序文より
『アリトメチカ研究』の序文をここまで読んできて、ルジャンドルの著作『数の理論のエッセイ』の序文が急に気に掛かり始めました。ラグランジュの「附記」も気になりますが、ルジャンドルのことは高木先生の『近世数学史談』でも相当に詳しく語られていましたので、気掛かりの度合いもまたひとしおでした。高木先生はガウスの『アリトメチカ研究』とルジャンドルの『数の理論のエッセイ』を比較していたのですが、ガウス自身がこうしてルジャンドルを引き合いに出していることでもありますし、この際、『数の理論のエッセイ』の序文を読んでみようと思い立ちました。
 手もとにあるのは『数の理論のエッセイ』の第3版で、第3版になると書名から「エッセイ」の一語が削除されて、単に『数の理論』となっています。本文も大きく変わっているのですが、幸いなことに第1版の序文が収録されていました。ルジャンドルはこんなふうに書き始めています。

〈われわれの手もとに残されているさまざまな断片――それらの断片の若干はユークリッドの著作『原論』に収録されている-―から判断すると、古い時代の哲学者たちは数の諸性質をめぐって相当に広範囲にわたる研究を行っていたように思われる。〉

 数論の黎明を古代ギリシアに見ている点はガウスと同じですが、ルジャンドルは「しかし」と言葉を続けて、彼らには「この学問を研究するのに必要な二つの手立て」が欠けていると言い添えました。ひとつは記数法、もうひとつは代数学です。記数法は数の表示を簡易化するのに有効に用いられ、代数学はいろいろな結果を一般化する働きを示すというのですが、一理のある史的です。ただし、記数法と代数学のおかげで数論が進歩したというのではなく、逆に、数論が前に進もうとする強固な意志が、これらの二つの手立ての形成をうながしたと見るべきであろうと思います。
 ルジャンドルは「代数学の最古の創始者」としてディオファントスの名を挙げました。続いてヴィエトとバシェに言及し、それからフェルマを語り、オイラー、ラグランジュへと及びます。読んでいくと実におもしろく、西欧近代の小さな数論史になっています。ルジャンドルの著作や論文の特徴です。
 西欧近代の数論はフェルマに始まります。フェルマは数に関する多くの命題を発見しましたが、たいていの場合、証明を語りませんでした。ごくまれに証明のあらすじを書き留めたことがあり、後に無限降下法と呼ばれるようになりましたが、その程度のことがかえって目立つほどです。証明を附与しなかったのはなぜかというと、お互いに問題を出しあうという時代精神が背景にあったというのがルジャンドルの所見です。肝心かなめのことを隠蔽したのはフェルマばかりではなく、そのころはだれでもそうしたのだというのですが、自分のためでもあり、国家のためでもありました。もう少し具体的に言うと、フランスとイギリスの数学者の間で学問上の競争が行われていたという事情があります。実際、フェルマはイギリスの数学者に向けて、「ペルの問題」と呼ばれることになる問題を提示して挑戦したことがあり、イギリスの側でもこれを受けて解答を試みたものでした。


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数学史研究の回想30 古代ギリシアの数論と西欧近代の数論

ガウスのいうアリトメチカとは高等的なアリトメチカであることが明らかになりましたが、その高等的アリトメチカの淵源は何かという論点に触れて、ガウスはユークリッドの『原論』の第7巻以下を挙げました。『原論』は全13巻で編成されていて、今日のいわゆる初等幾何学が大半を占めていますが、第7巻から第9巻までの3巻のテーマはアリトメチカです。概観すると、素数に関する諸理論と特殊な個性を備えた自然数の探究という二つのテーマに大きく区分けされます。前者の事例としては「素数は無限に存在する」という命題があり、後者の事例としては完全数に寄せる関心が目立ちます。ユークリッドは「遠い時代の人びとに通例の高貴な美しさと厳密さをもって語り伝えている」というのが、『原論』に対するガウスの所見です。ガウスのいう高等的アリトメチカに属するのはまちがいなく、だからこそガウスは真っ先に言及したのですが、それでもなおそれらはこの学問、すなわち高等的アリトメチカの「初歩的段階に限定されている」と、ガウスはきっぱりと言い添えました。
 素数も完全数も不定解析とは無関係がないところに留意したいところです。
 ユークリッドに続いて、ガウスはディオファントスの著作を挙げました。ディオファントスは期限3世紀の人と伝えられるギリシア人で、その名も『アリトメチカ』という書物の著者として知られています。内容は不定解析と見るのが今日の通説ですが、ガウスもそのように見ていたようで、このディオファントスの著作は「不定解析に一筋に捧げられている」と指摘しています。ディオファントスに対しては相応の敬意も払っていて、その著作には多くの研究テーマが含まれていることに加えて、それらの難解なことといい、技巧が繊細なことといい、著者の生来の才能と明敏な知性に対して尊敬の気持ちが呼び起されるというのです。ディオファントスが自在に使用することのできた補助手段はごくわずかであったことも思い合わされて、敬意はますます高まるばかりというのですが、手放しでほめるばかりかというと、そうでもありません。
 ガウスの見るところ、ディオファントスが不定問題を解く際に深い原理が要請されるわけではなく、「ある種の器用さと巧妙な取り扱い」であり、しかもそれらはあまりにも特殊すぎて、よりいっそう高いレベルの一般性を備えた果実へと通じる道筋を案内してくれるわけでもありません。新しい発見で高等的アリトメチカの中味が豊穣になったということもないというのですから、高等的ではあってもレベルは低く、ガウスはそこに数学史的な意味合いしか認めていない模様です。実際、特色のあるさまざまな技巧は現れていますし、代数学の最初の痕跡もまた認められます。
 これに対し、フェルマ、オイラー、ラグランジュ、ルジャンドルのような人びとが開拓した数論ははるかにレベルが高く、これらの少数の人びとのおかげで、高等的アリトメチカには「計り知れないほどに豊潤な財宝が満ちあふれている」ことが明らかになったというのが、ガウスの所見です。端緒は古代ギリシアですでに開かれていたとはいえ、それはあくまでもきっかけにすぎないとガウスは言いたそうです。出自はともあれ、西欧近代の数論の優位性を感じていたのでしょう。
 歴史的な観点から見ると、フェルマからルジャンドルにいたる4人の手で作られたガウス以前の数論の姿形はどのようなものだったのかということに心を惹かれますが、ガウスはこれを語ろうとはせず、代わりに二つの文献を挙げました。ひとつは、オイラーの著作『代数学への完璧な入門』(1770年)のフランス語訳(1774年)のために書かれたラグランジュの「附記」、もうひとつはルジャンドルの著作『数の理論のエッセイ』の序文です。


数学史研究の回想29 初等的アリトメチカと高等的アリトメチカ

数の理論の書物の諸言を書き始めようとして、ガウスはまず不定解析を語りましたが、これはこの時期の数論の趨勢を観察する言葉です。もう少し具体的に言うと、『アリトメチカ研究』の3年前に刊行されたルジャンドルの著作『数の理論のエッセイ』が念頭にあったのではないかと思います。実際、ルジャンドルの著作の初版の序文を見ると、「数の理論というのは不定解析のことである」という主旨の言葉が目に留まります。ガウスはこのような見方を拒絶したかったのでしょう。
 この重要な論点については後に詳しく検討するとして、『アリトメチカ研究』の諸言の続きを見ると、ガウスは「不定解析は数学における上記の特定の領域そのものというわけではない」と指摘し、「むしろその非常に特殊な一部分である」ときっぱりと言い切りました。「上記の特定の領域」というのはアリトメチカ、すなわち数論のことですが、数論の世界の全体の中では不定解析は特殊な一部分にすぎないというのですから、ガウスの目には不定解析以外の数の理論が映じていたのでしょう。
 ガウスはここで代数学に言及します。代数学というのは「方程式の還元を行なってこれを解く技術」というのがガウスの認識で、その代数学が全解析学に対するのとほとんど同様の振舞いを、不定解析は数論に対して示すというのです。これだけではよくわかりませんが、解析学というのは何かというと、「およそ量の一般的性質をめぐって企図しうる限りのあらゆる研究」とのこと。なんだか茫漠とした印象がありますが、ともあれ量の研究が解析学で、解析学の対象となる量の範疇に課されている制限は何もありません。これに対し、アリトメチカの固有の対象は整数と、整数を通じて定められる分数です。そのアリトメチカの世界において、不定解析は、解析学全体における代数学と同じように振る舞うというのがガウスの所見です。
 ガウスのいう数論の実体はまだ明らかになっていないのですが、どこかに実在する玲瓏たるガウスの数論の世界では、不定解析は少なくとも主役ではないような印象があります。
 ガウスの省察はアリトメチカという言葉そのものにも及びます。普通、アリトメチカというと、数の理論というよりも、記数法と計算の技術のことを意味しているとガウスは指摘しました。記数法というのは数を十進法のような適当な表記法で書き表すことで、計算の技術というのは「アリトメチカに関連するさまざまな演算を遂行すること」というのですが、これは自然数や分数の足し算、引き算、掛け算、割り算などのことを指しているのであろうと思います。今日でも英語でアリスメチックといえば小学校で教えられる「算数」のことで、数の理論というわけではありません。対数の計算も計算の技術のひとつで、これもアリトメチカの名のもとに教えられていた模様ですが、対数の計算技術は数の理論とは何も関係がありません。演算の中にはあらゆる量に対して開かれているものもあり、そのような演算は整数に固有というわけではありません。
 そこでガウスはアリトメチカを初等的アリトメチカと高等的アリトメチカの二種類に区分けして、上記のような通常のアリトメチカのことは初等的と呼ぶことにしようという提案を持ち出しました。ガウスが『アリトメチカ研究』において繰り広げようとするアリトメチカは「整数の固有の緒性質に関する一般的研究」で、これは高等的アリトメチカです。これで『アリトメチカ研究』という書名の意味合いの一端が明らかになりました。


数学史研究の回想28 『アリトメチカ研究』の諸言より

ガウスの『アリトメチカ研究』の原書のテキストは、ガウス全集の第1巻を参照して見ることができました。英訳書は市販されていますので購入可能。ドイツ語訳とフランス語訳は入手がむずかしかったのですが、探索を重ねているうちにやはり市販されていることがわかりました。そこで、ひとまず英訳書を読むことにして、ドイツ語訳とフランス語訳は適宜参照するという構えになりました。ラテン語の勉強にも熱心に取り組み始めましたので、なるべく早くラテン語の原書が読めるようになりたいと期待したものでした。
 まずはじめに英訳書の諸言を読んだのですが、これが実におもしろく、それまでに読んだどの本にも書かれていないことが記されていて、まるでガウスの肉声がそのまま聞こえてくるような思いがしました。このような感慨は岡先生の論文集を読んだときと同じで、数学を創った一番はじめの人の作品にはその人でなければ書けないこと、言えないことが充満しています。後年のことになりますが、フェルマ、オイラー、ラグランジュ、アーベル、ヤコビ、ディリクレ、クンマー、クロネッカー、ヴァイエルシュトラス、リーマン、ヒルベルト等々、みんなそうでした。古典読解の喜びと楽しみはこのようなところにあります。
 『アリトメチカ研究』の諸言には強く心を惹かれる言葉が敷き詰められています。いくつか紹介してみたいと思いますが、その前に目次を概観すると、庇護者のブラウンシュヴァイク公フェルディナントに寄せる献詞と諸言に続いて、次のような7個の章で編成されています。

 第1章 数の合同に関する一般的な事柄
 第2章 1次合同式
 第3章 冪剰余
 第4章 2次合同式
 第5章 2次形式と2次不定方程式
 第6章 これまでの研究のさまざまな応用
 第7章 円の分割を定める方程式

 諸言の書き出しの一文を見ると、この書物で取り扱われる数学の領域が語られています。その領域では「無理数はつねに排除され、分数もまた一般に除外されている」というのですから、研究対象はもっぱら整数で、ときおり分数が顔を出すこともあるという感じでしょうか。ガウスはこの領域をアリトメチカと呼び、書名に採用しているのですが、この言葉は「数の理論」というほどの意味をもち、古代のギリシア以来の伝統を担っています。古代ギリシアで「数」といえば自然数のことですが、ガウスは「負の自然数」も数の仲間に数えていたと思います。
 続く一文ではディオファントス解析が語られます。ディオファントス解析とは何かというと、「不定問題を満たす無限に多くの解の中から、整数解、あるいは少なくとも有理数解を選び出す方法を教える学問」とのこと。ディオファントス解析は不定解析と同じで、不定問題といえば不定方程式の解を求める問題のことですが、解として関心が寄せられているのは主として整数で、ときおり有理数のこともあります。また、たいていの場合は正の解であることを、ガウスは忘れずに書き添えています。
 ディオファントス解析もしくは不定解析は、オイラーとラグランジュがフェルマの泉を継承して造型したアリトメチカ(数の理論)です。

数学史研究の回想27 テキストの入手をめぐって

多変数関数論と数論の共通の泉はどうやらガウスの『アリトメチカ研究』と見てまちがいないという確信が次第に固まってきましたので、ともかくこのガウスの著作を読むという方針が定まりました。そのガウスの著作は同時に多変数関数論の泉でもあったのですが、実際には複素変数関数論が歩むべき道筋が潜在しているということであり、1変数でも多変数でも複素変数関数論がそこで具体的に語られているわけではありません。その秘められた道筋を洞察したのはアーベルで、アーベルは「楕円関数研究」という論文でガウスが明示しなかったことの相当の部分を明るみに出しました。そこで、『アリトメチカ研究』と並行してアーベルの「楕円関数研究」を読むという、もうひとつの方針が定まりました。
 ガウスの『アリトメチカ研究』は必読書の筆頭で、この本を読まなければ数学はついにわからないだろうというほどの覚悟を固めていたのですが、ラテン語で書かれていますのでいきなり読みにかかるというわけにはいきませんでした。ラテン語を勉強して、それからガウスを読むという手順を踏むのも迂遠ですし、ともかく英訳書を入手して読み始め、ラテン語のほうは文法書と羅和辞典を手もとに置いて勉強するという構えになりました。
数論の方面ではもうひとつ、ルジャンドルの著作『数の理論のエッセイ』も気に掛かりました。この本はどうしても読まなければならないというほどの心情にはならなかったのですが、高木貞治先生の『近世数学史談』を読んでいましたので書名を承知していました。平方剰余相互法則に対するルジャンドルの証明をガウスが批判したということでしたので、具体的な消息を知りたいと思いました。1798年に出版された本で、その後、第2版、第3版と続きました。ルジャンドルには全集がありませんので、一般にルジャンドルの著作や論文のテキストを入手するのはむずかしいのですが、第3版は復刻版が売っていましたので購入しました。ガウスとアーベルはどちらも全集がありますので、テキストの入手に困難はありません。
 テキストの入手にまつわる話をもう少し。ルジャンドルの『数の理論のエッセイ』は第3版を購入することができましたのでひとまず解決したのですが、『数の理論のエッセイ』というのは初版と第2版の書名で、第3版になると「エッセイ」の一語が削除されて単に『数の理論』となりました。初版と第2版はだいぶ様子が異なるような印象がありましたので、すべての版を揃えたいと思ったのですが、初版は見つかりませんでした。国内には初版をもっている図書館はないのではないかと思います。第2版は大学の図書館にありました。刊行された当時の実物があったのでびっくりしたのですが、第2版には刊行後二度にわたって「補記」が出ています。「補記」という名の著作ですが、これは見あたりませんでした。
 ガウスの『アリトメチカ研究』はガウス全集の第1巻に収録されていますが、初版の実物も見たいと思いました。それで探索したところ、金沢工業大学の附属図書館(ライブラリーセンターと呼ばれています)に「工学の曙文庫」という特殊な文庫があり、西欧近代科学の古典的作品の著作が集められているのですが、そこにあることがわかりました。マイクロフィルムの作成を依頼してコピーを入手したのですが、相当の費用がかかりました。
 「工学の曙文庫」にはオイラーの『無限解析序説』(全2巻)の第1巻もありますし、実にすばらしい文庫です。実際に利用しようとするとなかなかむずかしいのですが、オイラーの『無限解析序説』の翻訳書を出すことになったとき、依頼してマイクロフィルムを入手しました。
 文献の入手にはいろいろな困難が伴いましたが、近年、インターネットのおかげでこの状況は大幅に改善され、ガウスの『アリトメチカ研究』もオイラーの『無限解析序説』もルジャンドルの『数の理論のエッッセイ』の各版もみな閲覧可能になりました。アーベルの「楕円関数研究」は「クレルレの数学誌」に掲載されたのですが、「クレルレの数学誌」の実物は国内の大学図書館にも揃っているところがあります。コピーは可能ですが、ふと気がつくとゲッチンゲン大学が運営するウェブサイトGDZ(Digitalisierungzentrum)が見つかりました。「クレルレの数学誌」の全巻がここにあり、しかもひとつひとつの論文ごとにpdfファイルが手に入ります。これにはまったく驚きました。

数学史研究の回想26 ガウスを読む決意まで

数学史研究の契機は岡潔先生の論文集とともにもたらされました。ここまでのところでその経緯を話してきたのですが、岡先生の論文集の前にさかのぼると、関数論の方面から見てリーマンとヴァイエルシュトラスを経由してアーベルに行き当たりました。先に進もうとすると多変数の代数関数論という、いかにも神秘的な理論に出会います。出会うといっても、実際には多変数の代数関数論は存在しないのですから、幻影のようなものにすぎないのですが、その存在を確信して探索を続ける岡先生の姿を垣間見て、強く心を惹かれたのでした。
 リーマンの論文「アーベル関数の理論」のテーマは1変数の代数関数論ですが、ごくまれに多変数関数が語られることがあります。どうしてこんなところに多変数関数が現れるのだろうと、かえって不可解なほどですが、ヒルベルトも多変数関解析関数を口にしていたことですし、多変数関数論はリーマンやヒルベルトのような人びとにとってまぼろしの理論のように見られていたのではないかという印象を受けたものでした。
 アンドレ・ヴェイユもまだ十代のときに多変数関数論に関心を抱き、コーシーの定理の多変数版を考えたりしていました。友人のアンリ・カルタンに多変数関数論のおもしろさを語って触発したのもヴェイユです。ジーゲルは多変数のモジュラー関数を考えていましたし、ヒルベルトはヒルベルトで独自に多変数のモジュラー関数を考えてノートを書いてて、それをブルメンタールにわたしたという話が伝えられています。ブルメンタールはそのノートを元にして論文を書いています。これで多変数関数論変数のモジュラー関数は二つになりました。
 ヴァイエルシュトラスは、なにしろまちがったことを論文に書いてレビの研究に動機を与えたくらいですから、多変数関数論に関心を寄せていたことは明白で、ヴァイエルシュトラスの名を冠した「ヴァイエルシュトラスの予備定理」などもあります。ポアンカレもまた多変数関数論に関心を示し、有理型関数を正則関数の商の形で表示する問題を考察して「ポアンカレの問題」を残しました。ポアンカレに学んだ人にクザンがいて、はじめカンのギムナジウムの教師になり、後にボルドー大学の教授になりましたが、クザンはクザンの名を冠する二つの問題、すなわち「クザンの第一問題」と「クザンの第二問題」に名が刻まれています。
 こうしてみると多変数関数論はいろいろな人に関心をもたれていた様子がうかがわれますが、リーマンが学位論文で遂行したような一般理論を作るということになるとなかなかむずかしく、断片的な事柄のあれこれがぽつぽつと見つかるという状況が長く続いたように思います。一般理論の建設に向かっていった岡先生の研究の意義があらためてわかります。
 こんなふうに考えながら多変数関数論の源泉を探索していくと、リーマンとヴァイエルシュトラスの1変数の代数関数論にたどりつきますが、その際の主問題は「ヤコビの逆問題」です。ヤコビの逆問題はその名の通りヤコビが提出したのですが、そのヤコビはアーベルの超楕円積分論に深い影響を受けています。超楕円積分論は楕円積分の先に現れる積分で、最初に手掛けたのはアーベルですが、アーベル自身はその延長線上に現れる一般のアーベル積分の考察にもすでに手を染めていて、1826年の秋から冬にかけてパリに滞在したおりに「パリの論文」と呼ばれる長篇を書きました。
 これでアーベルの陰影が大きく浮上してくることになりましたが、ではアーベルはどのようして数学に向かったのかというと、ガウスの影響が際立っています。ガウスの著作『アリトメチカ研究』の第7章は円周等分方程式論ですが、その章の書き出しのあたりを見るとレムニスケート積分がぽつねんと現れて、この積分に依拠する超越関数に対しても円周等分方程式論と同じような理論が成立すると記されています。アーベルはこの謎めいたひとことに誘われて、「楕円関数研究」という論文を書きました。これがアーベルの楕円関数論のはじまりです。
 そうするとリーマン、ヴァイエルシュトラスの前にアーベル、ヤコビがいて、さらにその前にガウスがいることになりますが、そのガウスの著作『アリトメチカ研究』のテーマはあくまでも数論です。数論の問題を語りながら多変数解析関数に言及したヒルベルトの不思議な言葉が、ここにおいてあらためて思い合わされます。何はともあれまずガウスを読もうという方針が、こうして定まりました。

数学史研究の回想25 ヒルベルトの第12問題

 岡先生が模索した多変数関数論変数代数関数論の姿形は明らかではないのですが、大量の遺稿の山を目の当たりにすると、見えないものの影をどこまでも追い求めて思索を続ける晩年の岡先生の姿が彷彿としてしみじみと心を打たれます。内分岐領域の理論ができない以上、代数関数論が成立する可能性はとぼしいのですが、それでも岡先生は探索を試みずにはいられなかったのでしょう。
 見えないものを探索するというのは、ちょっと考えると奇妙な印象がありますが、西欧近代の数学史にはガウスの数論という恰好の事例が存在します。それは高次冪剰余相互法則のことなのですが、ガウスはまだ17歳のときに「存在すること」を確信し、50歳を越えてようやく4次の冪剰余相互法則を発見しました。存在することに寄せる確信を確信してひとり歩み続けたのですが、実際に見つかったのですから驚くほかはありません。真に偉大な数学者のみに許される足どりです。
 このような経緯がありましたので、岡先生の論文集の先にあるもの、もっと正確に言うと、岡先生が心に描いていた多変数の代数関数論というのはいったいどのようなものなのだろうということが、絶えず気に掛かるようになりました。それとともに、それなら一変数の代数関数論はどのようなものだったのかという疑問もあらためてわき起こり、関心のおもむくところはまたしてもリーマンやヴァイエルシュトラスの世界でした。
 代数関数は関数の一種ですが、それならそもそも関数とは何かという問題に直面するのも自然な成り行きです。これを考えていくとオイラーに行き着きますし、オイラー以前の微積分の世界が気に掛かってくるのですが、当初はガウス以前までさかのぼるという考えはありませんでした。
 ガウスの解読から始めようという考えに傾いた理由として、もうひとつ、数論への関心に誘われたということがあります。多変数関数論の進んでいく先に開かれる世界ということを考えていたころのことですが、あるときヒルベルトの伝記を読み、「ヒルベルトの問題」を知りました。全部で23個の問題が並んでいて、そのうち第12番目に挙げられているのは「解析関数の特殊値による類体の構成問題」ですが、ヒルベルトは、この問題を追い求めていけば「多変数解析関数論は本質的な利益を受けるであろう」という所見を表明して居ました。
 ヒルベルトは単に解析関数とだけ言うのではなく、わざわざ「多変数の関数解析」であることを強調しているのですが、こんなところにどうして多変数関数論が出てくるのだろうといぶかしく思い、同時に不思議な感動の襲われたものでした。ともあれこれで、心の中で多変数関数論と数論が連繋することになりました。

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プロフィール

オイラー研究所の所長です

Author:オイラー研究所の所長です
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オイラーを研究して40年。所員募集中。
オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

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