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数学史研究の回想2 岡潔先生のエッセイに親しみはじめたころ

実際に数学を学び始めると、次々と困難な場面が現れて、そのつど行く手をさえぎられました。数学の本はどれもむずかしく、一行また一行と論理の鎖を追っていくのにたいへんな苦痛を強いられて、一冊の本を読むということがなかなかできませんでした。技術的な面で困難が多く、「それゆえにこのようになる」という文言の「それゆえに」のところがしばしば判然とせず、そのために先に進んでいくことができなくなってしまうのでした。
 この悩みはいわば技術的なことで、がまんして勉強を続けていくとだんだん慣れてきたのですが、それとは別の種類のいっそう大きな困難がありました。それは何かというと、数学書は「ねらい」をつかみにくいのです。
数学書のねらいがわからないという事例は非常に多く、むしろほとんどすべての数学書に当てはまるのではないかとさえ思われるほどです。数学のどの理論にもそれぞれに固有のねらいがあり、何かを明らかにすることをめざしているのであろうと思うのですが、その「何か」がわからないことが苦痛でした。数学とは何かという当初の疑問とも相俟って、この悩みはいつまでも消えませんでした。
 そんなわけで、どれほど勉強を重ねてもさっぱり数学に魅力を感じることができなくて困惑するばかりだったのですが、他方では、こんなはずではなかった、こんなはずはない、という思いもありました。数学に関心を抱くようになった一番はじめの時点に立ち返ると、数学が得意だったとか、好きだったとかいうのではなく、数学は何を研究する学問なのかわからないという印象を受けたためで、勉強に取り組む前からすでに数学という学問に強い神秘感を感じていました。
 「数学は何を研究する学問なのか」という疑問はいつも心に掛かっていたのですが、あるとき岡潔先生のエッセイ『春の草』(日本経済新聞社)を読んでおもしろく思い、それから岡先生のエッセイのあれこれに親しむようになったのですが、岡先生は「数学というのは情緒を表現する学問である」ということを語っていました。『春宵十話』の「はしがき」にもそのようなことがはっきりと書かれているのですが、「数学とは何か」というぼくの疑問に正面から答える言葉ですので、はじめて目にしたときは本当に驚きました。
 驚愕し、感動したのですが、意味はよくわかりませんでした。岡先生のいう「情緒」というのは「こころ」と同じ意味のようですが、心を表現すると数学が生まれるというのはどのような意味なのでしょうか。考えてもわかりませんし、不可解なのですが、同時に、心を惹きつけられてやまない魅力がありました。これが岡先生を知るようになったはじめです。


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数学史研究の回想1 数学という不思議な学問

西欧近代の数学史の研究を始めてから30年をこえる歳月が流れましたが、最近になってときおり往時を回顧するようになりました。数学史研究に向かうようになったのはどうしてだったのか、具体的な手掛かりをどのあたりに求めて勉強を始めたのか、ここまでたどってきて、歴史研究を経て数学という学問に寄せる考え方が変ったのかどうか、変ったとすればどのように変わったのか等々、あらためて検証してみたいことはいろいろあります。
 ひとつひとつ思い出してみたいのですが、歴史研究に向かう前に、そもそもどうして数学に心が向かうようになったのかというあたりのことを考えてみると、根本にあるのは「数学という学問の不思議さ」です。数学は実に変な学問で、いったい何を研究する学問なのか、明快に言い切ることができません。物理や化学などでしたら自然現象の観察に基礎を求めているのであろうと思われますし、生物や医学でも研究対象は明確で、総じて理系の学問の場合にはこの種の迷いはありえません。
 人文系の学問になると、この状況はいくぶん微妙になります。文学とは何か、歴史とは何か、哲学とは何かなどと問うていくと、「数学とは何か」という問いとなんだか似通ってきます。
 この問題は数学の勉強を始める前から気に掛かっていたのですが、他方、数学という学問が存在することはまちがいなく、しかも歴史が伴っています。数学者と呼ばれる人は昔も今も存在するのですから、何かが研究されていることもまた疑いを挟む余地はありません。そこで、その「何か」の正体は何なのだろうかという問いが立てられますが、答はなかなか見つからず、ずいぶん長い間、苦しめられました。


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プロフィール

Author:オイラー研究所の所長です
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オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

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