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フェルマの数論50 ルジャンドルの証明の続き

前回の続き。等式x^2=y^2+z^2においてyとzの一方は奇数、他方は偶数と仮定するところまで話が進みました。この等式を不定方程式と見ると、一般解はもうわかっていて、
   x=a^2+b^2
   y=a^2-b^2
   z=2ab
という形になりますので、この形を出発点にすることにします。まず、aとbは互いに素としておいてさしつかえません。なぜなら、aとbは互いに素ではないとすると、最大公約数をθとするとき、三辺a^2+b^2、a^2-b^2、2abはすべてθ^2で割り切れます。面積はab(a^2-b^2)ですが、これはθ^2で割り切れます。しかもa=a’θ、b=b’θと置くと、a’とb’は互いに素です。ab(a^2-b^2)=a’b’(a’^2-b’^2)θ^4となりますが、この面積は平方数なのですからa’b’(a’^2-b’^2)もまた平方数です。そこでa、b、cの代りにa’、b’、c’を用いることにすればよいことになります。
 このようなわけですので、はじめから
   A=ab(a^2-b^2)は平方数
    aとbは互いに素
としておくことにします。このとき、aとa^2-b^2は互いに素で、bとa^2-b^2もまた互いに素ですから、三つの数a、b、a^2-b^2はどれも必然的に平方数であるほかはないことがわかります。そこで、
     a=m^2
     b=n^2
と置くと、a^2-b^2=m^4-n^4は平方数です。因数分解を遂行すると、
   m^4-n^4=(m^2+n^2)(m^2-n^2)
となりますが、aとbが互いに素である以上、mとnもまた互いに素ですから、mとnの一方は偶数、他方は奇数になります。なぜなら、もし両方とも奇数ならa^2+b^2、a^2-b^2、2abはみな偶数になってしまい、矛盾が生じるからです。
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フェルマの数論49 ルジャンドルの証明

ルジャンドルはフェルマが書き留めた証明のスケッチに追随して、精密な証明にしようとしていますので、しばらくルジャンドルの言葉を追いたいと思います。
 ルジャンドルにならって直角三角形の三辺をx、y、zとし、斜辺をxとします。ピタゴラスの定理によりx^2=y^2+z^2となります。また、面積は平方数とされていますから、それをe^2で表します。すなわち、等式
      yz/2=e^2
が成立します。
 まず「x、y、zはすべて偶数」ではないものとしてさしつかえないことを示します。すべて偶数と仮定して、三つの数に含まれる2の冪を括り出してx=(2^t)x’、y=(2^t)y’、z=(2^t)z’と置き、「x’、y’、z’はすべて偶数」ではないというふうにします。このとき、x’^2=y’^2+z’^2となることはすぐにわかりますが、y’とz’に着目すると、一方は奇数であり、他方は偶数です。なぜなら、もし両方とも偶数ならx’もまた偶数になってしまい、矛盾が生じます。もし両方とも奇数なら、y’^2+z’^2は4n+2という形になりますが、このような形の数は平方数ではありえませんから、やはり矛盾に逢着します。
 x’、y’、z’の間にはピタゴラスの定理が成立していますから、これらの数は直角三角形の三辺になります。斜辺はx’です。面積はどうかというと、
   y’z’/2=(1/2^t)^2×(yz/2)=(e/2^t)^2
となりますが、y’とz’のどちらかは偶数なのですから、この面積は自然数で、しかも平方数になっています。そこではじめから、x^2=y^2+z^2において、yとzの一方は奇数、他方は偶数と仮定しておいてさしつかえありません。

フェルマの数論48 ルジャンドルの言葉

フェルマは「面積が平方数になる直角三角形は存在しない」と言明し、そのうえ証明のスケッチさえ、書き残しました。途中までフェルマの言葉に追随し、後半はフェルマの言葉をそのまま紹介するだけに留まりましたが、細部を詰めていくのはそれほど容易ではなさそうです。それでも表明された事実そのものは興味深いですし、無限降下法という、フェルマに独自の証明法が語られているところにも心を惹かれます。ルジャンドルもそう思ったようで、1798年の著作『数論のエッセイ』で取り上げて、フェルマの証明の再現を試みています。
 ルジャンドルの『数論のエッセイ』の第四部のタイトルは「さまざまな方法と研究」というのですが、第1節は「数の冪に関する諸定理」というもので、そこで真っ先に取り上げられているのが「整数で作られている直角三角形の面積ッは平方数ではありえない」という命題です。次に引くのは第1節の冒頭で語られているルジャンドルの言葉です。

〈われわれはこれからある方法のさまざまな応用を与えるが、その方法は、数の冪に関するいくつかの否定的命題の証明を可能にしてくれる方法としては、これまでのところ唯一のものである。それゆえ、この方法は特別の注意を払うだけの値打ちがある。〉

ルジャンドルが語っている「ある方法」というのは無限降下法のことにほかなりません。。

〈この方法のねらいは次のようなことを示すことにある。すなわち、その存在を否定したいと思う性質が、もしある大きな数に対して認められるとするなら、より小さい数に対してもやはりその性質が認められるということである。この第一の論点が確立されたなら、そのとき命題は証明されたことになる。なぜなら、命題の主張と反対の事態が起こるためには、減少していく整数(註.想定されているのは正の整数、すなわち自然数である)の系列がどこまでも限りなく続いていくということがありえなければならないことになるが、そのような事態には矛盾が内包されているからである。〉

ここには無限降下法のエッセンスが語られています。

〈フェルマは、ディオファントスに対する種々の註釈のひとつにおいて、この方法をはじめて指し示した。その註釈において、フェルマは、整数で作られている直角三角形の面積は平方数ではありえないことを証明している。その後、オイラーはその方法のさまざまな応用を繰り広げ、それらを『代数学』第2巻の中にきわめて明晰に書き記した。〉

オイラーの『代数学』は全2巻で編成されていて、前半は定解析、後半は不定解析にあてられています。

フェルマの数論47 余白が狭すぎる

フェルマの「欄外ノート」の第45番目の記事を続けます。だんだん意味を汲みにくくなるのですが、ひとまず最後まで読んでみます。

〈これより、その平方根はある直角三角形の直角をはさむ二辺の和であること、およびその平方根を作るのに使われる二つの平方数のうち、一方は底辺をなし、もう一方の平方数の二倍は垂直辺に等しいという事実が帰結する。
 したがってこの直角三角形は、和と差が平方数である二つの平方数を用いて作られることになる。しかしそれらの二つの平方数自体は、和も差もともに平方数を作るとされたはじめの二つの平方数よりも小さいことが確かめられるであろう。それゆえ、もし和と差が平方数を作る二つの平方数が与えられたなら、同じ性質を備えた二つの平方数の和であって、しかも[与えられた二つの平方数の和よりも]小さいものが与えられることになる。
 同じ推論により、先ほど得られた和よりも小さい吾が与えられる。それは、先ほどの和を元にして見つかる和である。そうしてつねに、同じ特徴を顕わにしながら次々と小さくなっていく無限に多くの数がみいだされるであろう。このようなことはありえない。なぜなら、何かある数が与えられたとき、それよりも小さい無限に多くの数を与えるのは不可能だからである。〉

 ここに引用したのはラテン語からの直訳ではなく、フランス語訳からの重訳ですが、そのフランス語訳はルジャンドルの著作『数の理論のエッセイ』に掲載されているものです。ルジャンドルはラテン語の原文を見て自分でフランス語に直したのでしょう。フェルマ全集にもフランス語訳が掲載されていますが、ルジャンドルのものと大きな違いはありません。無限降下法と呼ばれる独自の証明法がはっきりと語られています。
上記の引用に続けて、フェルマは「余白が狭すぎて、完全な証明を書けない」という、得意の文言を書き添えました。

フェルマの数論46 無限降下法

フェルマの言葉を続けます。

〈これより、和と差がともに平方数であるような二つの平方数が与えられる、という事実が帰結する。それゆえ、ある平方数と、もうひとつの平方数の二倍とを用いて[それらを加えることにより]作られる平方数が与えられる。その際、その平方数を作るのに使われる二つの平方数には、[それらを加えると]平方数が作られるという条件が附随する。〉

 前回の論証の続きですが、二つの4乗数X=c^4、Y=(2n)^4を考えると、その差はX-Y=(a^2-b^2)^2で、平方数になります。これによって、「和と差がともに平方数であるような二つの平方数が与えられる」ことがわかるというのですが、ここで言われている二つの平方数というのはc^2と(2n)^2のことであろうと思います。実際、
   c^2+(2n)^2=(a+b)^2
   c^2-(2n)^2=(a-b)^2
となります。そこで平方数W^2=(a-b)^2を取り、この平方数と、もうひとつの平方数Y^2=(2n)^2の二倍、すなわち2Y^2=8n^2を加えると、
   W^2+2Y^2=(a-b)^2+8n^2=(a-b)^2+4ab=(a+b)^2
となり、平方数が与えられます。しかも、この平方数を作るのに使われる二つの平方数、すなわちW^2とY^2を加えると、
     W^2+Y^2=(a-b)^2+4n^2=c^2
となり、これもまた平方数です。ここまではすべてフェルマの言葉の通りです。
 これに続くフェルマの言葉には大きな問題が宿っています。

〈ところが、もしある平方数があるひとつの平方数と、もうひとつの平方数の二倍とを用いて[それらを加えることにより]作られるとするなら、たやすく証明されるように、その平方数の平方根もまた、あるひとつの平方数と、もうひとつの平方数の二倍を用いて[それらを加えることにより]作られる。〉

 フェルマは「たやすく証明される」と言っていますが、実際にはやさしいとは言えません。後年のオイラーの論文
[E256] 純粋数学における観察の有益さの模範例(1761年)
を参照すると、
「aとbは互いに素とするとき、2a^2+b^2という形の数の約数はどれもみな同じ形に表される。」
という命題が目に留まります。特に2a^2+b^2という形の数が平方数であれば、その平方根は当然のことながら約数なのですから、同じ形に表されることになります。同じ形というのは「ある平方数と、もう一つの平方数の2倍との和」ということです。
 オイラーは「直角三角形の基本定理」を証明する際、「aとbは互いに素とするとき、a^2+b^2という形の数の約数は同じ形に表示される」という命題を確立し、それを梃子にして「直角三角形の基本定理」を証明しましたが、なお一歩を進めて2a^2+b^2という形の数についても同様の現象を観察したことになります。しかも、その契機はすでにフェルマ自身の言葉に現れていたこともわかります。
 上記の命題に対するオイラーの証明は無限降下法で行われていますが、この点も注目に値します。なぜなら、無限降下法はフェルマが編み出した証明法だからです。

フェルマの数論45 45番目の「欄外ノート」の証明のスケッチ

 フェルマの言葉に追随して45番目の「欄外ノート」の証明のスケッチを追ってみたいと思います。書き出しの一文は、
〈もしある[直角]三角形の面積が平方数であるとするなら、その差が平方数であるような二つの4乗数が与えられることになる。〉
というのですが、これを確認するために指定された諸状勢を明記していくと、まず直角三角形の直角をはさむ2辺をa、bとすると、この直角三角形の面積はab/2となります。これが平方数であるというのですから、これをn^2で表すと、等式
       ab/2=n^2
が得られます。また、直角三角形の斜辺をcで表すと、ピタゴラスの定理により、等式
      a^2+c^2=c^2
が成立します。これだけを手にしたうえで式変形を行うと、等式
   (a^2+b^2)^2-4a^2×b^2=c^4-(2n)^4
が得られます。しかも、この等式の左辺は(a^2-b^2)^2となり、平方数です。そこで二つの4乗数X=c^4、Y=(2n)^4を考えると、その差は
     X-Y=(a^2-b^2)^2
と平方数になり、「その差が平方数になる二つの4乗数」が確かに見つかりました。フェルマの言葉の通りです。
 簡単な式変形にすぎないのですが、何らかの見通しがなければできないことでもあり、その見通しを立てるのは容易とは言えません。

フェルマの数論44 直角三角形の面積は平方数ではありえない

フェルマ数の話がきっかけになって「大きな素数」へと話題が転じましたが、このあたりでフェルマの言葉に立ち返りたいと思います。ディオファントスの数論は直角三角形に関係のあるものが多いのですが、ディオファントスの触発されたためか、フェルマもまた直角三角形から多くのテーマを採取しています。「欄外ノート」の第45番目もそのひとつで、フェルマは、
〈直角三角形の面積は平方数ではありえない。〉
と言明しています。直角三角形の三つの辺は「数」、すなわち自然数を指しているのはこれまでの通りです。この言明はディオファントスに対してというよりも、バシェが提示した問題に対するもので、バシェの問題というのは、
〈その面積が与えられた数になる直角三角形を求めよ。〉
というものです。したがってフェルマは、「与えられた数が平方数の場合には、バシェの問題は解けない」ということを主張したことになります。
 珍しいことにフェルマは証明のあらすじも語っていますが、たいへんな苦心を払ったようで、「困難で苦労の多い思索なしに見つけたのではない」などとわざわざ書き記しています。そのうえ「この種の証明は数の理論においてすばらしい進歩をもたらしてくれるであろう」とも言い添えているのですから、興味はますます深まります。
 「数の理論」の原語はarithmetica(アリトメチカ)ですが、フランス語訳を見るとla science des nombres(数の科学)という訳語があてられています。
 次に挙げる3通の書簡にも同じ主張が見られます。
 1654年9月25日付のパスカル宛書簡
 1658年4月7日付のディグビィ宛書簡
 1659年8月のカルカヴィ宛書簡

フェルマの数論43 大きな素数への関心のはじまり

次の論文もオイラーの没後に公表されました。
[E725] 適合数もしくは合同数の系列に関するあるパラドックスの解明(1806年)
オイラーは1848よりも大きい適合数を求めて10000を越える地点にまで進みましたが、新しい適合数は見つかりませんでした。既知の適合数はわずかに65個で、しかもこれだけしか存在しないかのような感じです。オイラーはこの事態に驚嘆し、それをパラドックスと呼んだのでした。
 大きな素数に関連して、もうひとつのオイラーの言葉を紹介しておきたいと思います。
[E461] オイラー氏のベルヌーイ氏宛書簡の抜粋(1772年)
オイラーはここで、
     2^(31)-1=2147483647
という数は素数であることを示しています。これはオイラーの時代に知られていた最大の素数です。ただし、この事実をはじめて主張したのはフェルマであるとオイラーは言うのですが、フェルマの全集などを眺めてもそのような記述は見あたりません。前に紹介したように、フェルマは
〈冪指数nが素数なら、対応する数2^n-1の素因子は、冪指数の2倍もしくは冪指数の2倍の倍数に1を加えた数、すなわち2nx+1という形の数以外ではありえない。〉
という言明を残していますが、これが正しいとすれば、2^(31)-1の素因子は62x+1という形であることになります。そこでそのような数を書き並べていって、2^(31)-1はそれらの数のどれでも割り切れないことを確認すれば、2^(31)-1は素数であることがわかったことになります。オイラーはフェルマの言葉の一部分をそのように理解して、証明に成功したのでしょう。
 オイラーの論文[E26]は数論の領域におけるオイラーの最初の論文ですが、ここで取り上げられたのがフェルマ数だったというのは興味深い事実です。フェルマ数は6番目あたりから急速に大きくなっていきますので、オイラーも触発されて「大きな素数」に関心を寄せるようになったのであろうと思います。大きな素数への関心もまたフェルマに始まることに、あらためて注意を喚起しておきたいと思います。

フェルマの数論42 適合数

オイラーは「直角三角形の基本定理」の延長線上で「適合数」というものを考えました。次に挙げるのはオイラーの手紙の抜粋です。
[E498] 1778年5月のオイラー氏のベゲリン氏宛書簡の抜粋(1776年)
ある数nが与えられたとして、二次式nx^2+y^2は次のような性質を備えているとします。

(*) 式nx^2+y^2によってただひと通りの仕方で表される奇数は必ず素数である。

オイラーはこのような性質をもつ数nを「適合数」と名づけました。n=1のときは式x^2+y^2が得られますが、直角三角形の基本定理によると、この式x^2+y^2で表される奇数は「4で割ると1が余る数」に限定され、しかもそれが素数であれば表示の仕方はただひと通りです。したがって数1は適合数です。
 オイラーは65個の適合数を挙げていますが、それらのうち最大の適合数は1848です。そこで式1848x^2+y^2でただひと通りの仕方で表される奇数を採集していくと、下記のような非常に大きな素数が見つかります。
    1016401, 1103257, 1288057, 1487641
    1702009, 2995609, 4658809, 9094009
    11866009, 18518809
次に挙げる4篇の論文では適合数をめぐっていろいいろな論点が取り上げられています。オイラーの没後に公表された論文ばかりです。
[E708] 吟味されるべき素数に適合するmxx+nyyという形の式およびそれらの式の驚くべき諸性質について(1801年)
[E715] 非常に大きな数が素数か否かを調べるためのさまざまな方法について(1802年)
[E718] きわめて多くの非常に大きい素数を見つけるための最も容易な方法(1805年)
[E719] 十分に大きな任意の数が素数か否かを吟味するためのいっそう一般的な方法
[E718]では適合数232が取り上げられて、式232a^2+1はいつ素数を表すかという問題が論じられています。
[E719]では三つの適合数30、57、1848が取り上げられて、三つの数
   100003=10×(100)^2+3×1^2
   1000003=3×(577)^2+19×8^2
   18518809=1848×(100)^2+(197)^2
は素数であることが示されています。
 オイラーはこんなふうにして「大きな素数」を次々と見つけていきました。出発点は「直角三角形の基本定理」であったことが、深い感慨を誘います。

フェルマの数論41 大きな素数

フェルマ数はすべて素数であるとフェルマは言明しましたが、この予想に最初に関心を寄せたのはオイラーでした。前にオイラーの論文
[E26] フェルマの定理とそのほかの注目すべき諸定理に関するさまざまな観察(1738年)
を挙げて、オイラーはここで「フェルマの小定理」とその一般化に言及したことを紹介しましたが、この論文で真っ先に語られているのは、実は「すべてのフェルマ数は素数である」というフェルマの言葉を否定することでした。実際、前回書き留めておいたように、等式
  2^(32)+1=4294967297=641×6,700,417
が成立すること、従って6番目のフェルマ数は素数ではないことがわかりますが、641という因子を見つけたのがオイラーです。これだけ大きな数になると、素数か否かの判定は容易ではありませんが、オイラーは「非常に大きな数が素数か否かを判定すること」に関心を寄せて、何篇かの論文を書いています。この判定は一般に非常に困難で、上記の2^(32)+1の因子641にしてもたまたま見つかったというのはありえず、何らかのアイデアが不可欠です。関連する論文をいくつか挙げると、
 [E283] 非常に大きな素数について(1764年)
では、a^2+1という形の数を取り上げて、素数か否かの判定法を論じています。a^2+1という形の数は「二つの平方数の和」ですから、オイラー自身が[E228]で示したように、その奇約数はつねに二つの平方数の和の形に表されます。この事実を土台にして考察を重ねていくのですが、論文の末尾に1から1500までのあらゆるaに対して、a^2+1の素因子分解の一覧表が掲載されています。それによれば、たとえば
    (1493)^2+1=2232037
は素数であることが判明します。
 次の論文でも「大きな素数」が探索されています。
[E369] 非常に大きな数が素数か否かということは、どんなふうにして探知しなければならないのであろうか。(1769年)
 「直角三角形の基本定理」によると、「4で割ると1が余る素数」はただひと通りの仕方で二つの平方数の和に分けられます。このような分解は素数でなくてもありえますが、その場合には分解の仕方の一意性が破綻します。そこで、もし「4で割ると1が余る数」が二通りの仕方で二つの平方数の和にわけられたなら、その数は素数ではないことになります。これを素数の判定法に利用して、
      3861317, 10091401
は素数であることがわかります。
 「4で割ると1が余る数」について、それを二つの平方数の和に分ける仕方が少なくとも二通り見つかったなら、その数は素数ではありません。この判定法を基礎にすると、
      1000009
は素数ではないことがわかります。なぜなら、この数は
      1000009=(1000)^2+3^3
           =(972)^2+(235)^2
というふうに二通りの仕方で分解されるからです。
これは、論文
[E699] 数1000009が素数か否かが吟味される。(1797年)
で示されていますが、どうしてわざわざ「素数ではない数」が吟味の対象になったのかというと、オイラーは1000009を素数と思ったことがあるからです。論文
[E467] 100万まで、およぼ100万を超えて続いていく素数表。あらゆる非素数の最小の約数を併記する。(1775年)
を参照すると、素数表の中に1000009も記入されています。
 [E467]は1775年に学術誌に掲載されたのですが、オイラーは1783年9月18日に亡くなっていますので、この時点ではまだ健在です。オイラーはまちがっていたのですが、自分でも気づいたとみえて訂正したのが1797年の論文です。オイラーの没後になって発見されたのであろうと思われますが、詳しい事情は不明です。論文のタイトルも、発見した人が仮につけたのでしょう。

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プロフィール

オイラー研究所の所長です

Author:オイラー研究所の所長です
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オイラーを研究して40年。所員募集中。
オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

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