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フェルマの数論27 65を二つの平方数の和に分ける

ディオファントスは5と13のどちらも二つの平方数の和に分けられることを知っていましたが、これは少し試してみればすぐにわかります。実際、
     5=1+4
     13=4+9
と表されますが、しかもこのような表し方はほかにもあるわけではなく、ただひと通りです。ここでくれぐれも留意しておかなければならないのは、平方数を二つの数に分けようとするディオファントスの心です。この心情が根底にあるからこそ、数の理論があれこれと繰り広げられていくのであり、適当な思いつきを試みているわけではないということは、幾度繰り返して強調してもしすぎることはありません。
 二つの平方数の和の形に表される数が二つあるとして、それらの積を作ると、その積はやはり二つの平方数の和に分けられます。ディオファントスがこの事実を知っていたのはまちがいなく、だからこそ、5と13の積であることに依拠して、65を二つの数の和に分けることができると明記したのでした。
 二つの「二つの平方数の和」の積がやはり「二つの平方数の和」であることは、等式
  (a^2+b^2)(c^2+d^2)=(ac±bd)^2+(ad∓bc)^2
により簡明に示されることで、今では知らない人はいないと思いますが、ディオファントスもまたすでに知っていたことがわかります。そこでこの等式を5=1+4、13=4+9に適用してみると、a=1、b=2、c=2、d=3として、(ac±bd)^2+(ad∓bc)^2=(2±6)^2+(3∓4)^2となります。この数値は
   8^2+1^2
または
   4^2+7^2
です。これで65は二通りの仕方で「二つの平方数の和」の形に表されました。ディオファントスの言葉の通りです。
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フェルマの数論26 「二つの平方数の和に分けられる平方数」に関心を寄せる

フェルマの「欄外ノート」の第7番目の記事はディオファントス自身の言葉に対するものではなく、ディオファントスの『アリトメチカ』巻3の第22問題に対してなされたバシェの註釈が対象です。『アリトメチカ』巻3の問題22は長文ですが、それを見ると、ディオファントスは「4n+1という形の素数は二つの平方数に分解される」という事実を認識していた様子がはっきりと伝わってきます。
 問題22自身の紹介は省略しますが、ディオファントスが挙げている例を拾うと、直角三角形の三辺となる数の三つ組として(3,4,5)と(5,12,13)があります。これは等式
   5^2=3^2+4^2
   (13)^2=5^2+(12)^2
が示している通りの簡明な事実で、それぞれ5と13が斜辺の長さを表しています。この二つの等式の前者の両辺に(13)^2を乗じ、後者の両辺に5^2を乗じると、等式
   (65)^2=(39)^2+(52)^2
   (65)^2=(25)^2+(60)^2
が得られます。これは、数の三つ組(39,52,65)と(25,60,65)がいずれも直角三角形の三辺であることを示しています。しかも斜辺の長さはどちらも65で、同じです。言い換えると、斜辺の長さを65と指定したとき、そのような直角三角形が二つ見つかったことになります。
 この計算は「5と13を乗じると65になる」という事実に依拠しています。それと、(3,4,5)と(5,12,13)がいずれも直角三角形の三辺になるという事実にも基づいています。
 視点を転換して、等式65=5×13から出発したらどうなるでしょうか。ディオファントスは「65は自然に二つの平方数の和に分けられる」ことを明記して、しかもその根拠を、65が二つの素因子5と13の積であることと、5も13も二つの平方数の和に分けられることに求めています。5も13も「4で割ると1が余る素数」ですから、直角三角形の基本定理により二つの平方数の和に分けられますが、ディオファントスはすでにこの事実に着目していたことがわかります。もっともフェルマがそうしたように完全に一般的な形で直角三角形の基本定理を表明したとまでは言えないかもしれませんが、「二つの平方数の和に分けられる平方数」というものに深い関心を寄せていたのは間違いありません。その関心の根底にあるのはピタゴラスの定理であることを、ここであらためて強調しておきたいと思います。数学の問題は歴史的に生成されることがよくわかります。

フェルマの数論25 直角三角形の斜辺になる素数

フェルマの「欄外ノート」の第7項目によると、「4で割ると1が余る素数」、すなわちp≡1(mod.4)となる素数pに対し、p^nはn通りの仕方で直角三角形の斜辺になりうるということです。ここでは、三辺の長さが自然数で表される直角三角形が考えられています。これを不定方程式の言葉で言い換えると、不定方程式
     x^2+y^2=p^(2n)
はn組の解(x,y)をもつということになります。ここで、解(x,y)というとき、xとyは自然数を表します。ということはつまりxとyの符号は無視して解の個数を数えるということで、そのようにするとき、n組の解が存在するということです。一例としてp=5を取ると、p^2=25は2通りの仕方で直角三角形の斜辺になることになりますが、実際に計算してみると、p^2の平方、すなわちp^4=625は、
     625=7^2+(24)^2=(15)^2+(20)^2
というふうに、確かに二通りの仕方で二つの平方数の和の形に表されます。これは、数の三つ組(25,7,24)と(25,15,20)はいずれも直角三角形の三辺になっていることを示しています。
 フェルマはこの状勢を限りなく押し進め、4で割ると1が余る任意の素数と任意の自然数nに対し、p^nはn通りの仕方で直角三角形の斜辺でありうるという命題を表明したのですが、どうしてそんなことが予測できたのでしょうか。何かしら明確な根拠がなければとうていなしえない言明です。
 フェルマはさらに言葉を続けて、
〈同じ素数およびその平方はただひと通りの仕方で二つの平方数の和になる。その素数の三乗と四乗は二通りの仕方で、五乗と六乗は三通りの仕方で二つの平方数の和になる。こんなふうにどこまでも続いていく。〉
と述べていますが、これは前記の言葉を言い換えたもので、内容は同じです。

フェルマの数論24 数学の問題は歴史から生まれる

「直角三角形の基本定理」についてもう少し語りたいと思います。フェルマはこの定理を1640年12月25日付のメルセンヌ宛書簡において語り、その後もパスカルやディグビィやカルカヴィに宛てて何度か繰り返して報告しましたが、フェルマがこの定理を認識したのはずっと早く、「欄外ノート」の第7番目に出ています。その記事は、
〈4n+1という形の素数はただひと通りの仕方で直角三角形の斜辺になる。〉
と書き出されています。続いて、
〈その平方は二通り、3乗は三通り、4乗は四通りの仕方で直角三角形の斜辺になる。以下も同様。〉
と言い添えられています。
記号について注意を喚起しておきたいことがひとつ。「4n+1という形の素数」というのはフランス語訳をそのまま訳出したのですが、フェルマの「欄外ノート」はもともとすべてラテン語で書かれていますが、フェルマの全集には「欄外ノート」の原文とともにフランス語訳も収録されていますので、親切なことは親切です。ところが「4n+1という形の素数」という言葉のラテン語の原文は「4の倍数よりも1だけ大きい素数」となっていて、「4n+1」という記号は使われていません。フランス語に翻訳した人が後年の記号を使ったのですが、他方、フェルマは1640年12月25日付のメルセンヌ宛書簡をフランス語で書いていて、そこに見られるのは「4の倍数よりも1だけ大きい素数」という言い回しです。これを要するに、フェルマ自身は4n+1という記号を用いていないということです。
 「直角三角形の基本定理」の中味をもう少し検討したいのですが、ピタゴラスの定理の影響が見られるのは明白で、この点では「平方数を二つの平方数の和に分ける」という、前に取り上げたディオファントスの問題と同じです。数の性質を調べるといっても単なる思いつきで問題や命題が提示されているわけではなく、ピタゴラスの定理に寄せる関心が持続していて、問題や命題はそこから生まれています。これを言い換えると、数学は歴史的に生成されるということにほかならず、数学史が成立する理由もまたそこにあります。
 単位正方形、すなわち一片の長さが1の正方形の対角線の長さが√2となることからわかるように、一般に直角三角形の斜辺は自然数ではありえませんが、この簡明な事実を踏まえたうえで、直角三角形の斜辺でありうるのはどのような数であろうかと問うたのが、ディオファントスの『アリトメチカ』巻2の問題8でした。ディオファントスはこれを「平方数を二つの平方数に分けること」という形で提示したのですが、辺の長さを有理分数の範囲で定めることにすると、「どんな数も、ある直角三角形の斜辺になりうる」というのが、ディオファントスが明示した答でした。今の目には簡単なことのように見えるかもしれませんが、実に興味深い事実です。それと、これは前に言及したことがありますが、この命題を三乗数、四乗数・・・へと及ぼしたフェルマの印象もまた際立っています。ディオファントスが述べたことを平方数の性質と見たからこそ、なしえたことで、不定方程式z~2=x^2+y^2を解くという視点に立って冪指数を高め、z^3=x^3+y^3、z^4=x^4+y^4・・・というタイプの不定方程式の解法を試みるという方向に進むのは無理ではないかと思います。

フェルマの数論23 数論のいろいろ

不定方程式x^2+y^2=pの可解性を論じることがなぜ数論でありうるのかというと、二つの平方数の和に分けることのできる素数の形を問う問題と同等だからです。ディオファントスやフェルマが提示した数論の諸問題は不定方程式の言葉で言い換えることのできるものが非常に多いのですが、逆に一般的な形の不定方程式を書き下すと、数の理論との連繋は失われてしまいます。不定方程式論がどうして数論でありうるのか、しばしば不可解な印象に襲われたものですが、その理由は、数の理論を不定方程式論の視点に立って観察したという、その一事に宿っていると見てよいと思います。
 それなら、「数論とは不定方程式論のことだ」と積極的に宣言した一番はじめの人はだれなのだろう、という疑問が起りますが、それはルジャンドルであることを、後に説明したいと思います。
 不定方程式論を数論と見ることにすると、数論のイメージがまったく伴わない不定方程式ばかりになりますのでなんだか面妖な思いがしますが、その代わり世界が格段に広がって、数学そのものが豊かになるという可能性はありそうです。ただし、実は数学という学問の性格を考えていくうえでこのあたりがむずかしいところなのですが、世界が広くなったというのは錯覚かもしれません。
曲線の理論でいうと、古代ギリシア以来の既知のいろいろな代数曲線を代数方程式で表すというだけでしたら、視点が移動しただけですから、何事でもありません。ですが、代数方程式それ自体を代数曲線と見ることにすると、曲線の世界は格段に広がって、たとえば接線法などが手に入ります。このアイデアをさらに押し広げて超越曲線も覆われるところまでいけば、ライプニッツの無限解析になりそうですし、実際にそうなりました。このような視点の変換は「一般化」と呼ばれますが、抽象化といっても同じことです。数学が行き詰まりそうになると、ときどきこのようなことが起ります。ライプニッツの無限解析のように成功する場合もありますが、失敗して何も実らないという事態もありえます。
 不定方程式と数論との関係についてはこれからも考えていくことにして、もうひとつ、ガウスが創造した合同式の世界はなぜ数論でありうるのか、という問題があります。ガウスの数論の出発点は平方剰余相互法則の第一補充則で、それは「直角三角形の基本定理」と同等です。そこに根拠を求めて、合同式の世界は数論であると主張するのは正統性がありそうに見えるのですが、ここでは「そうではない」とのみ、明記しておきたいと思います。ガウスの数論はあまりにも独自です。

フェルマの数論22 平方剰余相互法則の第一補充法則

〈p≡1(mod.4)となる素数pに対し、合同式x^2≡-1 (mod.p)は解をもつ〉という命題は実はガウスが発見したもので、しかもガウスの全数論の出発点でもありました。どうしてそんなことがわかるのかというと、ガウス自身がそのように語っているからで、ガウスの著作『アリトメチカ研究』の序文に書かれています。1775年の年初のことですが、ガウスはたまたま上記の命題を発見し、鮮明な印象を受けた模様です。この命題を「あるすばらしいアリトメチカの真理」と呼んでいるのですが、それ自身をすばらしいと思ったばかりではなく、その背景にはいっそうすばらしいアリトメチカの世界が広がっていると思い、全容を明るみに出したいと願うようになりました。ガウスは自分でそう書いているのですが、はじめて目にしたとき、ぼくもまたあざやかな印象を受けたものでした。このガウスの言葉を紹介した書物は見たことがなかったのですが、これほど重要な言葉に、どうしてだれも言及しないのだろうと、いぶかしく思ったものでした。
 そもそも合同式というものを考案したのもガウスですし、ガウスは「合同式の世界」という新世界を創造したような感じがしたのですが、ガウスにとってはそれもまたアリトメチカ、すなわち数の理論です。合同式というのは単なる簡略記号ではないのです。
 今日の言葉では、ガウスが発見したアリトメチカの真理は「平方剰余相互法則の第一補充法則」と呼ばれています。平方剰余相互法則の本体も存在し、補充定理としてはもうひとつ、第二補充法則と呼ばれるものがあります。ガウスはこれらをみな発見し、しかも証明にも成功しました。
 ガウスはこの第一補充法則を独自に発見したのですが、論理的に見ると「直角三角形の基本定理」と同等ですし、それなら第一補充法則の発見者はフェルマと見るべきではないかという所見も成立しそうです。同じ命題がはじめフェルマにより発見され、後年、ガウスが再発見したということになります。素数を二つの平方数の和に分けることも、二次不定方程式x^2+y^2=pの可解性を論じることも、平方剰余相互法則の第一補充法則も、どれもみな同等であることになりますが、この状況を見て「本質は同じ」であるとか、「同一の真理がいろいろな形で現れた」と評するのは違和感があります。なぜなら、「知りたいと思うこと」の姿がまったく異なっているからです。

フェルマの数論21 合同式の言葉で言い換えると

直角三角形の基本定理はフェルマにとって「数の理論」だったのですが、どうしてそうなのかというと、この定理は素数の性質のひとつを表しているからです。素数の全体を二つに分けて、一方には「4で割ると1が余る素数」を所属させ、もう一方には「4で割ると3が余る素数」を所属させることにします。このとき、前者の素数には「二つの平方数の和の形に表される」という性質が備わっているというのがつまり直角三角形の基本定理です。後者の素数にはこの性質は備わっていません。なぜなら、a^2+b^2という形の数を4で割ると、余りが3になることはありえないからです(a^2+b^2が素数である以上、aとbがともに偶数であることはなく、ともに奇数であることもありえませんから、一方は偶数、他方は奇数になります。偶数の平方は4で割り切れます。奇数の平方を4で割ると1が余ります。したがって、この場合、a^2+b^2を4で割ると、余りは1になります)。
 このあたりの論点をもう一度繰り返しておきたいのですが、フェルマが関心を寄せたのはあくまでも素数の性質であり、だからこそ直角三角形の基本定理はアリトメチカすなわち数の理論に所属すると見るのが至当です。しかも単なる思い付きというのではなく、背景にはピタゴラスの定理が控えていて、遠いギリシアの声が響いているかのような思いに誘われます。ではありますが、視点を変えて、こんなふうに問題を提出するとどうでしょうか。

〈pは素数として、不定方程式x^2+y^2=pが解をもつのは、pがどのような素数の場合であろうか。〉

 このように問えば不定方程式の問題になりますが、答はすでに「直角三角形の基本定理」によってわかっています。すなわち、「pが4で割ると1余る素数であること」というのが、この問いに対する答です。知的もしくは論理的な視点から見れば、二つの問いは同等で、一方の問いは数の理論、もう一方の問いは不定方程式です。このような状況を眺めていると、不定方程式論を数論とみなしたい気持ちへと、またしても誘われます。
 4で割ると余りが1になったり3になったりするという状況を言い表すのに、今では合同の概念を基礎にして、合同式を書き下すのが普通です。「素数pを4で割ると余りが1になる」という数学的状況は、
     p≡1 (mod.4)
という合同式で表されます。
 そこで今、不定方程式x^2+y^2=pが解x=a、y=bをもつとすると、合同式
     a^2≡-b^2 (mod.p)
が成り立ちます。aもbもpで割り切れることはありませんが、bのほうに注目して一次合同式
        bz≡1 (mod.p)
を立てると、これは必ず解けて、解z=cが見つかります。そこでこの数cを用いると、次々と合同式
      bc≡1 (mod.p)
      (bc)^2≡1 (mod.p)
      -(bc)^2≡-1 (mod.p)
が成立し、その結果、合同式
      (ac)^2≡-1 (mod.p)
が成立することがわかります。これを言い換えると、二次合同式
      x^2≡-1 (mod.p)
が解をもつということにほかなりません。
 このようなことは単なる言い換えにすぎませんが、「直角三角形の基本定理」にさかのぼって話を組み立てると、
〈p≡1(mod.4)となる素数pに対し、合同式x^2≡-1 (mod.p)は解をもつ。〉
という命題が得られたことになります。実はこの逆もまた正しいことがわかりますので、この合同式に関する命題は「直角三角形の基本定理」と同等です。

フェルマの数論20 直角三角形の基本定理

話は少々さかのぼりますが、ヴィエトの次にバシェの話をして、それからいよいよフェルマに向おうと考えていたのですが、バシェが考案した数学パズルのひとつを紹介したところ、たちまち不定方程式の話になり、フェルマの大定理の動機になったディオファントスの問題を紹介するようなことになってしまいました。それでこのままフェルマの数論の中味を具体的に紹介していくことにしたいのですが、その前にフェルマの生誕地について少々のことを書き留めておくと、フェルマはボーモン=ド=ロマーニュという、タルヌ=エ=ガロンヌ県のコミューンで生れました。地域圏はミディ=ピレネーです。ボーモン=ド=ロマーニュの近くにトゥールーズという大きなコミューンがありますが、トゥールーズはオート-ガロンヌ県の県都で、オート-ガロンヌ県もまたタルヌ=エ=ガロンヌ県と同じミディ=ピレネー地域圏に属しています。ミディ=ピレネーの首府でもあります。
 以上を前置きにして、フェルマの数論のことですが、フェルマの大定理の話をしましたので、今度は「直角三角形の基本定理」の話をしてみたいと思います。
 「平方数を二つの平方数に分ける」というディオファントスの問題は即座にピタゴラスの定理を連想させますが、それはその通りで、ディオファントスの問題の泉は直角三角形です。直角三角形というもののもっとも際立った属性がピタゴラスの定理という形で表明されました。ディオファントスはそこから数に関する命題を引き出したのですが、その姿勢がそのままフェルマに継承されました。数学における不易と流行のうち、不易に該当する現象です。
フェルマはあちこちで「直角三角形の基本定理」を語りましたが、「直角三角形の基本定理」という言葉そのものが使われたのは1641年6月15日付で書かれたフェルマの手紙です。宛先はフレニクルという人ですが、この手紙の冒頭に次のような言葉が書かれています。

〈直角三角形の基本定理というのは、4の倍数よりも1だけ大きい素数はどれも二つの平方数で作られる、というものです。〉(フェルマ全集、巻2、221頁)

 フェルマはこの定理がことのほかお気に入りだったようで、いろいろな人に手紙で報告しています。上記のフレニクル宛書簡以外の手紙を列挙すると下記の通りです。

●1640年12月25日付、メルセンヌ宛書簡(フランス語。フェルマ全集、巻2、213頁)
●1654年9月25日付、パスカル宛書簡(フランス語。フェルマ全集、巻2、313頁。この手紙はパスカルの全集にも収録されています。)
●1658年6(?)月、ディグビィ宛書簡(この手紙はラテン語で書かれています。フェルマ全集、巻2、403頁。フェルマ全集の脚註によると、この手紙がディグビィがウォレスに送付したとのことで、その送付の日付は1658年6月19日です。それでたぶんフェルマの手紙の日付も6月なのではないかと推定されるのですが、確証はありません。)
●1659年8月、カルカヴィ宛書簡(フェルマ全集、巻2、432頁)

 パスカルは「人間は考える葦である」のあの有名なパスカルです。メルセンヌも知名度の高い人物ですが、フレニクル、ディグビィ、カルカヴィなどは知名度が高いとは言えず、ぼくも長い間、フェルマの文通相手くらいにしか思っていませんでした。どのような人達だったのか、おいおい報告していきたいと思います。
 「直角三角形の基本定理」の適用例をいくつか挙げておくと、次のようになります。
   5=1+4
   13=4+9
   17=1+16
   29=4+25
   37=1+36
   41=16+25
これらの例では、左辺の数はみな素数で、しかも4で割るときの余りは1です。右辺は、どの例についても、二つの平方数の和の形になっていますから、「直角三角形の基本定理」の主張の通りです。

フェルマの数論19 数論の本来の関心事

どのような平方数も二つの平方数の和の形に表されるというディオファントスの命題に対し、フェルマは、三乗数や四乗数、一般にnは2よりも大きな数として、n乗数についてはそんなふうにはならないという言葉を書き留めました。n乗数を二つのn乗数の和の形に表すことはできないというのですが、ディオファントスの命題を踏まえている以上、フェルマのいうn乗数というのは一般に正の有理分数、すなわち二つの自然数の比として認識される分数のn乗数を意味します。2より大きい自然数nに対し、どのようなn乗数も二つのn乗分数の和の形に表すことはできないというのが、フェルマの主張ですから、これはn乗数というもののひとつの性質を述べていることになり、伝統的なアリトメチカの観念によく合致します。
 というわけで、フェルマの主張はそれ自体としては不定方程式とは関係がないのですが、ディオファントスの命題が不定方程式z^2=x^2+y^2の解法に帰着されたのと同様に、フェルマの主張は不定方程式
    z^n=x^n+y^n (n>2)
の解法に帰着され、フェルマの主張が正しいということはつまりこの不定方程式が(自明な解は除外することにして)解をもたないということと同等です。後年、この不定方程式は「フェルマ方程式」と呼ばれるようになりました。
 バシェは数に関するパズルを考案しましたが、それらの中には一次不定方程式の解法に帰着されるものがありました。前に挙げたディオファントスの問題と、それに対するフェルマの主張は平方数、三乗数・・・の性質を語っていましたが、二次、三次・・・の不定方程式が解をもつか否かという状勢に帰着されました。バシェやディオファントスやフェルマが不定方程式の解法を試みたと言われるのは、このようなことがあるからです。不定方程式論が数論と呼ばれる理由もまた同じです。ではありますが、バシェもディオファントスもフェルマも、本来の関心事はどこまでも「数の性質」にあったことは忘れられません。

フェルマの数論18 「数の理論」と不定方程式

平方数が二つの平方数の和の形に分解するというのは平方数の性質ですが、ディオファントスはこれを正しく認識して、証明の仕方も書き留めました。ただし、ここっもまた重要なところですが、与えられた平方数は、たとえば16にように、自然数の平方数ですが、それを二つの平方数に分けるときに現れるのは、256/25や144/25のような分数の平方数です。分数というのは自然数と自然数の商の形の分数ですから、今日の言葉でいうと有理分数です。もちろんディオファントス自身は自然数とか有理分数などと言う言葉を使うことはなく、「提示された平方数を二つの平方数に分ける」というばかりです。ということは、ディオファントスにとって単に「数」といえば自然数もしくは有理分数のことだったのであろうと思われます。
 自然数というのは、今日の言葉では正の整数のことで、単に整数といえば有理整数のことです。二つの自然数の比として認識される数が有理整数で、そのような数の諸性質を考察するというのが、ディオファントスのいうアリトメチカだったのでしょう。この点ではユークリッドの『原論』に見られるアリトメチカと同じですし、「数の理論」という言葉の語感ともぴったりで、齟齬がありません。
 ところで、平方数を二つの平方数の和に分けるというディオファントスの手法を顧みると、ディオファントスの議論の根底にあってこれを支えているのは、
   (a^2+1)^2=4a^2+(a^2-1)^2 (aは任意の自然数)
という等式でした。これを不定方程式の立場から眺めると、
    z^2=x^2+y^2
という不定方程式の解
   z=a^2+1、x=2a、y=a^2-1
が求められたという光景が目に映じます。この不定方程式を解くことと、平方数を二つの平方数の和にわけることとは論理的に見ると同等です。ディオファントスの『アリトメチカ』のテーマを不定方程式論とする所見の根拠はこのあたりにあります。ではありますが、ディオファントスが追い求めたのはあくまでも「数の理論」なのであって、不定方程式を解きたかったわけではないことを、ここであらためて強調しておきたいと思います。

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プロフィール

Author:オイラー研究所の所長です
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オイラーを研究して40年。所員募集中。
オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

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