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河合十太郎先生 その2

河合十太郎先生
東京大学予備門
卒業証書
年次の記入がありませんが、明治19年と思われます。
現在の卒業証書とは少々考え方が異なるような印象があります。
文字通り「学問の修行を卒えたことを先生のひとりひとりが認証する」という感じです。現在の大学の単位取得のシステムと同じといえば同じですが、もっと個人的というか、「人が人を承認する」という感じがあります。

             河合十太郎7




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河合十太郎先生 その1

河合十太郎先生
帝国大学理科大学数学科
卒業証書
明治22年7月10日


           河合十太郎1

数学を語る103 ガウス平面(続)

今日の数学でガウス平面というと、直交する二本の無限直線が引かれた平面が念頭に浮かびます。その二本の直線を基準にして、平面上の点の位置が二つの実数の組の形で(x,y)というふうに特定されますが、その組のことを点の座標と呼び、基準となる二本の直線のことは座標系と呼んでいます。デカルトの名をつけてデカルト座標系と呼ばれることもあります。観念的に考えると、座標系が指定された平面は複素数と関係があるわけではないのですが、複素数x+iyと座標系つきの平面上の点(x,y)がぴったり対応しますので、複素数をまるで平面上の点のようにみなすことができます。これwガウスのアイデアと見て、座標つきの平面のことをガウス平面と呼んだりするのですが、それだけのことならすでにデカルトのアイデアで実現されているようにも思いますし、どうしてわざわざガウスの名前がつけてガウス平面と呼ぶのでしょうか。
 これは素朴な疑問で、昔から謎だったのですが、これはこういうことなのではないかと、だんだん合点がいくようになりました。平面上の点の位置を指定するには一本の直線だけで十分で、現にデカルトはそうしていましたし、オイラーもそうでした。一本の直線は必ずいりますが、二本目はあってもいいですがなくてもさしつかえません。同じ理由で、複素数と平面上の点を対応させるだけなら直線は一本あれば十分で、二本目はいりません。それならどうして直線が二本になったのかというと、それはやはり複素数x+iyに寄せる実在感と関係がありそうです。実際、複素数には二つの単位があります。ひとつは「1」で、これは実単位です。もうひとつは「i」で、これは虚単位です。ガウスはこの二つの単位に対等の実在感を感知しましたから、その結果、虚単位が正負の二方向に示す変位を表示する役割を担う二本目の直線が要請されることになるのではないかと思います。
 ガウスは二本目の直線をはっきりと言葉に出して要請しているわけでないのですが、「虚の単位」というアイデアが具体的な形を取ればおのずともう一本の挑戦が出現しそうです。それで、平面上に二本の直交する直線を引いて、これをガウス平面という名で呼ぶのは妥当です。ただし、正真正銘、本当に二本の直線を引いた一番はじめの人物はだれなのか、そこはまだわかりません。
 それはともかく、ガウス平面のアイデアにより複素数を直観的に把握する道が開かれました。ガウスはこう言っています。

〈このようにして、虚という名で呼ばれる量の形而上的性格に向けて、際立って明るい光があてられるようになる。〉

〈虚量の理論を取り囲んでいると信じられているさまざまな困難の大部分は、あまり適切とは言えない呼び名に由来する(しかも、ありえない数などという、不快な響きをもつ名前を用いた人もいた)。2次元の多重形成体(空間を直観してきわめて純粋に感知されるような)が提供してくれる観念から出発し、正の量を順量、負の量を逆量、虚の量を側量と名づければ、煩雑さに代って単純さが得られ、曖昧さの代りに明晰さが得られる。〉

こうして複素数の神秘的な印象はだいぶ薄まりました。

数学を語る102 ガウス平面

ガウスは数論における数域を大きく拡大して複素数域に身を移し、4次剰余の理論をそこで展開する決意を固め、4次相互法則の発見をめざしました。ところが、いよいよ具体的に歩を進めていこうとする前に、一息入れるというか、複素数というものの理解を深めるための一案を提示しました。そのガウスの考案というのが複素平面です。論文「4次剰余の理論 第二論文」において、ガウスはこう言っています。

〈さて、複素法に関する数の合同へと歩を進めよう。だが、この究明を始めるにあたって、どのようにしたなら複素量というものの作る世界を見ることができるようになるのかということを、述べておくのがよいと思う。〉

複素量の作る世界を目に見えるようにするための工夫を提示する、とガウスは語っています。

〈実量はどれもみな、二方向に限りなく伸びる直線上に任意に取った始点から、単位として設定した線分を基準にして測定して切り取られた線分により表示される。したがって、その切り取られた部分のもうひとつの端点により表示される。その際、始点から見て一方の側は正量を表し、もう一方の側は負量を表す。まさしくそのように、各々の複素量は無限平面上の点により表示される。その無限平面上では、ある定直線が実量の表示に用いられる。すなわち、複素量x+iyは、その切除線がxに等しく、その向軸線が(切除線が切り取られる直線の一方の側を正に取り、もう一方の側を負に取ることにして、その線から見て)yに等しい点によって表示される。〉

複素量は平面上の点に対応すると言われていますが、複素数z=x+iyと平面上の点Mを対応させるに、平面上に一本の無限直線Lを引いておきます。L上の任意の位置に点Aを定め、それを始点と呼びます。たったこれだけで準備がととのいましたが、この状況は、オイラーが曲線を関数のグラフとして把握しようとしたときのアイデアと同じです。今度は曲線ではなく複素数ですが、複素数は二つの実数xとyを組み合わせて作られていますから、xを切除線、yを向軸線と見ることにすれば、複素数x+iyに対応して平面上の点M(x,y)の位置が定まります。
 これだけでもよさそうですが、ガウスはなお一歩を進め、「虚の単位」に着目してこう言っています。

〈こんなふうにして、正の単位は任意に定められた方向に向かう任意に定められた変位を表し、負の単位は反対の方向に向かう同じ大きさの変位を表し、最後に二つの虚の単位は垂直な二方向に向かう同じ大きさの変位を表すものとするとき、任意の複素量は、それが所属する点の位置と始点の位置との差異の大きさを測定していると言うことができるのである。〉

実量に「実の単位」があるように虚量には「虚の単位」があり、「虚の単位は垂直な二方向に向かう同じ大きさの変位を表す」というのですが、ここに登場する「垂直な二方向」という一語は何を示しているのでしょうか。実量を表示するのに一本の無限直線が使われましたが、その直線と垂直に交叉するもう一本の無限直線がここで考えられていると見てよいのでしょうか。
実量の場合にそうしたように、虚量についても、「虚量はどれもみな、二方向に限りなく伸びる直線上に任意に取った始点から、単位として設定した線分を基準にして測定して切り取られた線分により表示される」というふうにはっきりと書かれていれば状況は明白なのですが、そのようにはっきりと語られているわけではありません。「垂直な二方向」という一語が、もう一本の無限直線を示唆しているようにも思いますが、あらためて考えてみると、そのような無限直線を実際に引かなくてもいいのかもしれません。肝心なのは「垂直な二方向」に向かう「虚の単位」というアイデアで、このアイデアがあれば複素平面は定まります。今日の流儀のように、平面上に直交する二本の無限直線をあらかじめ引いておく必要はなさそうです。

数学を語る101 ガウスの言葉をもう少し

当初の計画では円周等分方程式の話から「クロネッカーの青春の夢」に及び、さらに高木先生の類体論を語るというふうにするつもりだったのですが、その前に、数論への虚数の導入を語るガウスの言葉をもう少し具体的に紹介しておくのがよいのではないかと思い当たりました。以下、ガウスの論文「4次剰余の理論 第二論文」(1832年)から引用します。

〈・・・一般理論の真実の泉の探索は、アリトメチカの領域を拡大して、その中で行わなければならないという確信に到達した。〉

この宣言とともに、今日の代数的整数論の端緒が開かれました。続いて「アリトメチカの領域の拡大」ということの中味が語られます。

〈詳しく言うと、これまでに究明されてきた諸問題では、高等的アリトメチカは実整数のみを取り扱ってきたが、4次剰余に関する諸定理はアリトメチカの領域を虚の量にまで広げて、制限なしに、a+biという形の数がアリトメチカの対象となるようにしてはじめて、際立った簡明さと真正の美しさをもって明るい光を放つのである。〉

こうして、4次剰余相互法則の究明の場でのガウスの数学的体験に誘われて、虚数の実在感に寄せる確信は飛躍的に高まりました。虚数を考えてもかまわないけれども考えなくともよいというような形式的な状況判断ではなく、数学に虚数を導入してはじめて「真実の泉」が発見されるような数学的現象に直面することにより、虚数の実在感ははじめて高まります。虚数だけを切り取って存在の有無を問うのではなく、ガウスにとって、虚数の存在は4次剰余相互法則の探索と切り離すことができません。ガウスは4次剰余相互法則を複素数域において探索し、実際に見つかりました。まさしくそのことが、虚数の実在感を佐々えています。
 虚数の存在の有無は客観的な議論の対象ではなく、ガウス個人の感受性に帰着する問題です。ガウスがはっきりと感知した実在感はガウス個人のものですから、ガウス以外の人にも共有されるかどうか、それはわかりません。わかりませんが、共有する一群の人たちもたしかに存在し、しかも相次いで現れました。それが数学史の成立ということであろうと思います。
虚数の実在感を支える現象は、ガウス以前にも虚数の対数が考えられた際に現れました。それを第一番目と見ると、数論の場でのガウスの体験は第二番目になります。

数学を語る100 数論と円周等分方程式

ガウスは4次剰余相互法則をどのように探索したのでしょうか。この道のりを語れば長くなりますが、以前、一冊の単行本を書いて概況を報告したことがあります。ここでは「数学における虚数」という観点からいろいろな事例を挙げたいと思い、ガウスの数論に一例を求めたのですが、ここから先はどのようになっていったのかというと、代数的整数論という理論ができました。主だった担い手の名前を挙げると、ガウス以降、ヤコビ、ディリクレ、クロネッカー、クンマー、ウェーバー、ヒルベルトと続き、その次に高木貞治先生が登場します。これはつまり類体論の建設にいたる道筋で、1801年のガウスの著作『アリトメチカ研究』から高木先生の2篇の主論文が出るまで、おおよそ120年ほどの歳月が流れています。この流れにおいて虚数は一貫して主役の位置を占めています。
 4次剰余の理論では虚数は不可欠で、まさしくそれがガウスの偉大な認識でした。新たな数学的認識が表明されたのですが、それもまた数学的発見の名に値するのではないかと思います。
 ところでガウスの数論には、4次剰余の理論のほかにも虚数が活躍する場面があります。それは円周等分の理論で、『アリトメチカ研究』の第7章に展開されています。この理論では円周等分方程式を解くのですが、円周等分方程式というのは
   X=(x^n-1)/(x-1)=0
という方程式のことで、その根はn-1個あり、複素平面上の単位円周、すなわち原点を中心にして描かれた半径1の円周上に均等に配置されています。すべて複素数です。
 数論の本にどうして円周等分方程式が登場するのかという疑問は当然起こりますが、これについてはガウス自身も誤解されるのではないかと危惧していたようで、序文でわざわざ弁明しています。一見すると数論とは無関係のように見えますが、さにあらず。実は非常に深いところで数論と連携するのだという主旨のことを語っているのですが、これはつまり円周等分方程式論の中に平方剰余相互法則の証明がひそんでいるということで、ガウスは「ガウスの和」を考察することによりこの証明を実現しました。
 「ガウスの和」にはもちろん虚数が出てきますから、このガウスの証明は十分に虚数の実在感の根拠になりえます。ただし、平方剰余相互法則の証明は虚数をつかわなくてもできるのですから、これだけではまだ少し根拠が弱そうでもあります。ですが、円周等分方程式と数論の関係は非常に深遠で、単に「それをつかえば平方剰余相互法則が証明できる」というだけにとどまりません。

数学を語る99 4次相互法則と虚数

ベルヌーイの等式とオイラーの公式のことはだいぶ前に詳しく紹介したことがありますので、詳述は避けますが、当面の課題として、西欧近代の数学にどのようにして虚数が出現したのかということを理解することをめざしたいと思います。古代ギリシアの数学と西欧近代の数学を比較すると、根柢において連繋しているのはまちがいないとして、ギリシアにはなくて西欧の近代においてはじめて出現したものもあります。もっとも際立っている現象が二つ。ひとつは無限解析の創造です。もうひとつは虚数の発見です。発見というか、形式的に目が留まったということでしたら2次方程式の解法の場で早い時期に遭遇していたとも言えますが、「虚数を考えなければ理解できない数学的現象」に直面したおりに、積極的に虚数の実在を感知する方向に歩を進めていくようになったのは、実にめざましい事態です。それで、単に発見というのではなく、「虚数の自覚的発見」と言いたいと思います。
「虚数の自覚的発見」の事例として、「虚数の対数」の次に挙げなければならないのはガウスの数論であろうと思います。「虚数の対数」と同様、これについてもこれまでに何度か繰り返して語ってきましたので、ここでは簡単に振り返るだけに留めますが、ガウスは「4次剰余の理論」において虚数と遭遇しました。ガウスは若いころ、4次の相互法則の存在を確信し、長い歳月をかけてその姿を発見しようと苦心を重ねていたのですが、当初は通常の整数、すなわち有理整数域において探索しました。それはそれでいろいろな形の法則が見つかったのですが、どうも完全な形の法則ではないような気がしたようで、さらに探索を続けました。そうこうするうちに次第に認識が深まっていったようで、ついに4次剰余相互法則の十全な姿を見つけるには複素数域に移らなければならないという認識に到達しました。もう少し具体的にいうと、ガウス整数、すなわち
       a+b√-1 (aとbは有理整数)
という形の複素数を対象にするとき、そのときはじめて満足のいく4次剰余相互法則が見つかるというのがガウスの認識で、実際に見つかりました。
 4次剰余相互法則は「虚数を導入してはじめて理解することのできる数学的現象」の恰好の事例で、虚数の実在感の強力な支えです。それに、ガウスは一般の複素数の世界の中にガウス整数を配置しようとして、複素数というものを一般的な視点から把握しようと試みました。今日の数学では複素数をガウス平面上の点に対応させて考える流儀が定着していますが、このアイデアを提案したのもガウスで、4次剰余相互法則を理解するための工夫です。

数学を語る98 ベルヌーイの等式とオイラーの公式

負数と虚数の対数は存在するか否かという問いが、ただこれだけを切り取って提出したとしたら、答はイエスかノーのどちらかしかありません。そのほかの答があるとすれば、「わからない」とか「関心がない」というようなことでしょうか。
 数学の世界で何かが存在するか否かを考えるとき、考える根拠はやはり数学の世界それ自体の中に宿っていると見るのが本当だろうと思います。数学の世界はもともと抽象的に作られていますが、抽象的に見えるのは数学を外側から見たときのことで、数学の内側に入り込めば抽象とは感じないこともありえます。積分の計算などは日常の目で見ればすでに抽象的ですが、数学の世界では具象性が感じられます。これに対し、ライプニッツが発見した微分計算の規則は、数学の世界の中でも抽象的ですが、それでも実在感が感知されます。それならその実在感は何に支えられているのかと考えてみると、無限解析の諸相という、数学の世界における具象的なあれこれを制御する役割を担っているからです。数学の世界に具象と抽象があり、具象を制御する抽象、言い換えると具象がいっぱいに詰まっている抽象は抽象的な感じがしません。
 数学に虚数が登場する場面というと、有名なところでは「オイラーの公式」という名で知られる等式
       e^(iθ)=cosθ+i sinθ (i=√-1)
がありますが、これは虚数の対数の実体を探索する中でオイラーが遭遇した等式です。複素指数冪と正弦、余弦との関係を与えている等式で、一見するとなんだか奇妙な感じがありますが、真に深い謎を秘めているのは虚数の対数のほうです。
 「ベルヌーイの美しい等式」というのもあります。それは、
        (log√-1)/√-1=π/2
という等式です。虚数√-1とその対数の比を作ると実の有限値π/2になるというのですが、たしかに変な等式で、神秘感があります。オイラーの公式に移ると
      e^(π√-1/2)= √-1
となりますが、このように表記すると何事でもありません。ベルヌーイの等式の初出はベルヌーイの1702年8月5日付の手紙です。半世紀の後、オイラーは「負数と虚数の対数に関するライプニッツとベルヌーイの論争」(1749/51年)という論文の中ででもこの等式に言及し、「ヨハン・ベルヌーイの美しい発見」と呼びました。
 ベルヌーイの等式は虚数の対数log√-1の正体がまだ把握されていない時期に書き下されましたので、完全に正確とは言えないのですが、複素対数というものの不思議さの一端に触れています。オイラーも驚嘆し、その根底にあるものを明るみに出したいと念願したことと思います。

数学を語る97 虚数の対数の存在を支えるもの

「自乗すると-1になる数」を考えることに拒否反応を示すということは、いかにもありそうに思えますが、実例を思い浮かべてみるとなかなか思い当たりません。これに対し、虚数の実在を当然のことのように受け入れている事例はいくつもあります。
虚数の対数ということであれば、その正体をめぐってライプニッツとヨハン・ベルヌーイの間で交わされた有名な論争があります。往復書簡の中でやりとりがあったのですが、虚数の対数だけではなく、負数の対数も議論の対象になりました。-1や√-1の対数とは何かということを語り合ったのですが、それぞれに言い分があり、この二人の間では決着がtきませんでした。だいぶあとになってオイラーがこの論争に着目し、「対数の無限多価性」を発見して解決しました。具体的にはどのような論争だったのか、前に詳しく紹介したことがありますので、ここでは論叢の再現は省きますが、ライプニッツもヨハン・ベルヌーイもオイラーも負数と虚数の対数は無意味なものではなく、何かしら意味のあるものであることは信じて疑いませんでした。何物かであることは確信し、そのうえでその正体の探索を続けていたことを、ここでくれぐれも強調しておきたいと思いますが、では、その確信はどこからくるのでしょうか。
負数や虚数の対数は存在すると思うかと問われたなら、思うという人もいれば、思わないという人もいるかもしれません。少なくともライプニッツとヨハン・ベルヌーイとオイラーは存在すると思っていましたし、存在を確信して議論を続けたところ、はたして本当に存在することが判明しました。それはどういう意味かというと、負数と虚数の対数を規定することができるようになったということで、たとえば-1や√-1の対数はこのようなものであるという言明が可能になりました。今日の複素関数論のテキストに書かれている通りです。
歴史的な経緯はこの通りですが、では数学的実在の存在は何が支えているのでしょうか。存在すると思ったり思わなかったりするというだけではなく、何かしら別の根拠もありそうに思えるところです。

数学を語る96 虚数をめぐるうわさ話

虚数を避けるという態度を堅持するのでしたら、実積分の計算はあくまでも実数域において行うことにするのも一案ですが、複素対数を受け入れる場合の計算の自然さもまた魅力があり、心を惹かれます。有理関数Xの伴う微分Xdxの積分は基本中の基本というか、積分計算の一番はじめに遭遇する積分ですから、ライプニッツもベルヌーイ兄弟もそもそものはじめからこの問題に遭遇したに違いありません。今日では微積分の講義で変数変換x=tanθを教わり、複素関数論の講義で複素対数を教わるという順序になると思いますが、ライプニッツとベルヌーイ兄弟は無限解析の草創と同時にこの問題に直面した。しかも、ここがもっとも驚くべきところなのですが、彼らは何の迷いもなく複素対数を選択しました。
 計算のアルゴリズムという視点からすると、有理関数を1/(x+a)という形の一次分数式の部分分数に展開しておいて、複素対数を用いて積分を遂行するというのがあるべき姿です。そのためには複素対数の正体を明らかにしなければなりませんので、選択の余地が発生するのですが、彼らは迷いませんでした。複素対数の存在を確信し、正体の解明に向かったのですが、どうしてそんなことができるのでしょうか。このあたりが西欧近代の数学の不思議なところで、神秘的でさえあります。
複素数や虚数の話になると、枕詞のように持ち出される決まり文句があります。それは、「自乗すると-1になる数」などが存在するとはだれも思わないから、正面から語ることはできない。それで、数学者たちはみな誤解をさけるためにいろいろな工夫をした、というような説明です。たとえば、ガウスは「代数学の基本定理」を提示して証明したことが知られていますが、定理の言明において複素数に立ち入るのを避けたということが、恰好の例として挙げられます。実係数の多項式は一次因子の積に分解されますが、その際、一次因子の間に虚因子が現れることがあります。そういう場合には共役な虚因子が必ず存在しますから、組にして積を作ると実係数の2次因子ができます。そこで定理の文言においてはじめから「1次または2次の実因子」と限定しておけば、表面上は虚因子を持ち出さなくともすみます。
 このような例はいくつもありそうですが、あらためて考えてみると「代数学の基本定理」の例のほかにはなぜか思い当たるものがありません。実際には根拠のないうわさ話なのだろうと思います。

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オイラー研究所の所長です

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西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

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