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倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 25 リーマン領域と複素多様体

 ハルトークスの逆問題の解決にいたる道筋については倉田先生が懇切に叙述している通りですが、留意するべき事柄がないわけではありません。それはリーマン領域と複素多様体の関係のことです。岡先生は内分岐しないリーマン領域を対象にしてハルトークスの逆問題を解きましたが、グラウエルトとヘルマンダーが問題解決の舞台として設定したのは複素多様体でした。複素多様体の概念が手中にあるのであれば、内分岐しないリーマン領域もまた複素多様体と見ることができますから、グラウエルトとヘルマンダーは岡先生の得た結果の適用対象を大きく拡大して複素多様体にまで及ぼしたことになります。一般にそのように諒解されているのではないかと思います。
 この見方はこれはこれで間違っているわけではありませんし、岡先生、グラウエルト、ヘルマンダーによる三通りの方法のどれも、あるひとつの事実を中心に据えて遂行されます。そこのところを倉田先生はこんなふうに叙述しています。

「擬凸領域Dに対し、多重劣調和関数(p.s.h.-function)φが存在して、任意の実数αに対しD_α={φ<α}={p∈D|φ(p)<α}とおくときD_α⊂⊂D」
「グラウエルト、ヘルマンダーにあっては、φは強多重劣調和(s.p.s.h.)にとり、オカの場合は、それらの有限個のsupで与えられる。」

 リーマン領域の場合、岡先生はハルトークスの連続性定理に由来する擬凸性の定義を採用し、そこから出発して、上記のような生死途ぉ備えた多重劣調和関数が存在することを示しました。ということはつまり、擬凸状領域において上記のような多重劣調和関数を構成することが、とりもなおさずハルトークスの逆問題を解決するために岡先生が提出したプログラムの第一歩であったということになります。
 ところが舞台をリーマン領域から複素多様体に移すと、ハルトークスの連続性定理は意味をもちえません。そこで岡先生が印した第一歩、すなわち上記のような性質を備えた多重劣調和関数の存在をもって、複素多様体の擬凸性の定義にするという構えが考えられそうですし、実際にそうなりました。岡先生の苦心のアイデアをそのまま定義に流用したということになります。そうなるとなんだかハルトークスの逆問題とは呼びにくいようでもありますし、レヴィの問題という呼称を保持しようとする意向の根拠は案外こんなところに根ざしているのかもしれません。
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倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 24 ハルトークスの逆問題を解く三通りの方法

 倉田先生の連載の第9回の表題は「レヴィ問題」です。第10回はその続きで、表題は「レヴィ問題(つづき)」となっています。さらにその次の第11回は「連載を終って」と題されていて、これまでにたどってきた道筋が回想されています。こんなわけで、倉田先生は岡先生の論文集とカルタン・セミナーの対比を試みたうえで、最後にレヴィの問題に立ち返って連載を終ろうとしたことになります。
 レヴィの問題というのは今日の通称ですが、この問題を一番はじめに解決した岡先生はハルトークスの逆問題と呼んでいました。この事実にはこれまでにも何度も言及しましたが、ここであらためて強調しておきたいと思います。この事情は倉田先生も先刻承知で、第9回の冒頭で「ハルトークスの逆問題、すなわちいわゆるレヴィ問題」とはっきりと述べています。それにもかかわらず第9回と第10回の表題を「レヴィ問題」としたのは、これはつまり今日の通称に合わせたのでしょう。ハルトークスの逆問題という言葉は聞き慣れないからです。
 倉田先生はハルトークスの逆問題の三通りの解決を紹介しました。第一に岡先生の方法、第二にグラウエルトの方法、第三にヘルマンダーの方法です。どの方法も詳しく再現するのはたいへんな作業になりますが、倉田先生はまずはじめに岡先生の第9論文に沿って、岡先生の方法を語りましたが、これだけで第9回の全部を使ってしまいました。
 第10回ではグラウエルトの方法とヘルマンダーの方法が紹介されました。これで倉田先生の連載は実質的に終り、あとは最終回の回想をのこすのみとなりました。ふと気がつくとカルタンの方法というのが見当たりませんが、これは存在しません。カルタンはレヴィの問題には関心がなかった模様です。それなら何をめざしていたのかということが少々気に掛かりますが、倉田先生の連載の最終回で、この点に対して言及がなされる場面がありそうです。

倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 23 カルタン・セミナー

 倉田先生は連載の第7回で不定域イデアルの理論と層の理論のそれぞれを概説し、局所有限擬基底をもつ不定域イデアルと連接層が対応することを指摘しました。それなら層の理論はどこから生まれたのかというと、もともとの出所は代数的位相幾何学で、フランスの数学者ルレイが導入しました。岡先生は層の概念を知らなかったと思いますが、カルタンは知っていました。カルタンは多変数関数論においてイデアルの概念が有効に作用することも知っていて、論文も出していますし、そのカルタンの論文のことは岡先生も承知していました。というよりも、岡先生の不定域イデアルのアイデアにはカルタンの論文の影響が強く作用していました。ただし、岡先生のイデアルが不定域イデアルであったのに対し、カルタンのイデアルの理論は不定域ではなく、いわば「定域イデアルの理論」でした。こんな状況のもとでカルタンは岡先生の第7論文を見て不定域イデアルを知ったのですが、カルタンの目には不定域イデアルはルレイの層の概念のように映じたのでしょう。
 カルタンはカルタン・セミナーと呼ばれるセミナーを主催し、層の理論を整備しましたが、そこに「連接的な層」の概念を導入することができたのは岡先生のおかげでした。多変数関数論における層の理論は連接層の概念を中核に据えて展開し、シュタイン多様体上の定理Aと定理Bという二つの基本定理に集約されました。その模様は倉田先生の連載の第8回で叙述されている通りです。
 第8回には「カルタン・セミナーを追って」という表題が附されています。カルタン・セミナーで報告された事柄はその後の多変数関数論の規準になりました。一松先生の日本語のテキストもガニングとロシの英語のテキストもカルタン・セミナーに基づいて書かれています。ヘルマンダーのテキストは偏微分方程式論を基礎にしていますので証明法が異なりますが、カルタンが示した枠の内側の出来事であるところは変りません。

倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 22 層の理論の生命は連接性に宿る

 岡先生が不定域イデアルの理論の建設に向った理由についてもう一度、確認しておきたいのですが、岡先生のねらいはあくまでも内分岐する領域にあり、そのような領域においてハルトークスの逆問題を解くことが、第6論文以降の研究の究極の目標でした。それなら任意個数の複素数の空間内の領域(単葉領域と呼ぶことがあります)や内分岐しないリーマン領域に対してハルトークスの逆問題どうするのかといいますと、不定域イデアルの理論は必ずしも必要ではなく、第6論文までの手法を洗練することによって対処できるのではないかと思います。
 たとえ変数の個数が任意に増えたとしても、単葉領域や内分岐しないリーマン領域を相手にする限り、不定域イデアルの理論はいらないのです。ではありますが、不定域イデアルの理論をもってすれば、単葉領域や内分岐しないリーマン領域に対してハルトークスの逆問題を解く道筋は格段に見通しがよくなりますし、歩むのも容易になります。実際、岡先生が戦中に書き続けた研究ノートを見ると、すでに実行に移されていることがわかります。戦後のことになりますが、ノルゲとかブレメルマンとか、ヨーロッパの数学者が任意個数の複素数空間内の単葉領域においてハルトークスの逆問題の解いたという論文を出しましたが(かれらはレヴィの問題と呼んでいます)、彼らの証明は岡先生の第6論文までの証明をなぞったものですし、そんなことでしたら岡先生ははじめから承知していました。この程度の簡単なタイプの領域でしたら、不定域イデアルの理論をもってするのはいささか牛刀をもって鶏(にわとり)をさくというおもむきがあります。
 不定域イデアルの理論があるとどうして証明の見通しがよくなるのかといいますと、正則多面体に対して上空移行の原理を確立することができるからなのですが、それなら不定域イデアルの理論のどこにそのような力が宿っているのかといえば、ある特定の不定域イデアルは局所有限擬基底をもつからです。その事実を証明することが、岡先生が直面した大問題でした。岡先生は「正則イデアル」と「幾何イデアル」は局所有限擬基底をもつことの証明に成功しました。これが不定域イデアルの理論の根幹です。
 不定域イデアルの理論を見たカルタンは、これを翻案して「層の理論」を校正しました。局所有限擬基底をもつ不定域イデアルという、もっとも本質的な概念は、層の理論に翻案されて「連接的な層」の概念になりました。倉田先生は第7回で「層は貧しい規定性である」と明言しています。一般的層の理論は、これだけではgeneral abstract nonsense theoryに留まるという指摘も見られます。「一般的で、抽象的で、無意味な理論」という意味の言葉ですが、それでもなお「射程の長いmachine(装置)」であるともいうのです。ナンセンスな装置がなぜ有効に働くのかというと連接層の概念があるからで、しかもそれは局所有限擬基底を持つ不定域イデアルの概念の翻案なのでした。
 連接性の概念こそ、層の理論の生命です。

倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 21 不定域イデアルの理論と層の理論

 岡先生が第6番目の論文を執筆して東北大学の数学誌「東北数学雑誌」に受理されたのは昭和16年10月25日と記録されています。2個の複素数の空間C^2内の領域に対してハルトークスの逆問題が解けることが報告されたのですが、解決の鍵をにぎる「関数の第二種融合法」を発見したのは前年の初夏、蛍のころでした。岡先生の心情はそのころからすでに内分岐領域の研究の方向に向かっていました。
 観念的に考えると、2個の変数でできたなら次は変数の個数を一般化して、任意個数の複素数の空間C^n内の領域を考えたり、あるいはもう一歩一般化して内分岐しないリーマン領域を考えたりすることになるのではないかと思いますが、岡先生は一挙に完全に一般的な場合に移ろうとしました。やさしそうに見えるところから少しずつやっていこうというのではなく、一番むずかしい場所にいきなり向うのが岡先生の流儀なのですが、それならまずはじめに2変数の場合を考えたのはなぜかといいますと、いわば瀬踏みのようなつもりだったのではないかと思います。実際、2変数の場合ができたなら、変数の個数が増えても、リーマン領域に移っても、内分岐点をもたないのであれば、同じ手法でハルトークスの逆問題を解くことができそうです。いくぶん複雑な技巧上の工夫は要請されることになるかもしれませんが、本質的な困難は現われないと思います。
 ところが、さらにその先に内分岐点を許容すると問題は本質的にむづかしくなります。ということはつまり「根本的な反省」を加えなければならなくなるということですが、岡先生の目には当初から本質的な困難が映じ、そこから生まれたのが不定域イデアルの理論なのでした。
 話がまたも前後してしまいましたが、倉田先生の連載第7回の表題は「オカ―カルタンを追って」となっています。副題は「連接層」です。書き出しの言葉を引くと、「今回われわれは多変数関数論の歴史におけるもっとも重要な局面にさかのぼって立会うことになる」と倉田先生は明言しました。いったいどのような局面なのかというと、それは「オカの不定域イデアルとその基本定理の証明」と、「カルタンによる解析的連接層の理論の誕生」とのこと。岡先生の不定域イデアルとカルタンの解析的な層の理論。層の理論に「連接的な層」の概念がありますが、不定域イデアルの理論においてこれに対応するのは「局所有限擬基底をもつ不定域イデアル」の概念です。倉田先生の叙述もこのあたりから熱を帯びてきます。

昨日(25日)は倉田先生の誕生日

数学の学会がありますので、昨夜、上京。会場は神楽坂の東京理科大学です。

倉田先生は昭和6年3月25日のお生まれですから、御健在でしたら昨日3月25日で満81歳になります。実はうっかりしていたのですが、ふと気がついて、歳月の流れを思いました。

倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 20 不定域イデアルをめぐって

 不定域イデアルという言葉はちょっとした省略記号で、岡先生が書いたフランス語を再現するとidéal holomorphe de domaine indéterminéというのですから、そのまま訳出すると「不確定領域の正則イデアル」となります。イデアルというのは19世紀のドイツの数学者クンマーが相互法則研究の中から抽出した概念ですから、発生地はもともと数論です。岡先生はそれを援用して、不定域イデアルという魅惑的な名のもとで、多変数関数論にイデアルの概念を持ち込んだのですが、出自はもともと相互法則で、相互法則というのはガウスに淵源する数の理論です。そこで岡先生は不定域イデアルにまつわる諸概念を指して「アリトメチカ的(算術的)」と呼んだのでしょう。
 クンマーに由来するといっても、クンマーは数論、岡先生は多変数関数論なのですから、根幹を作るアイデアは同じとしてもそっくりそのまま形式的にまねればよいというものではありません。数論と関数論で根本的に違うのはどこかというと、関数には定義域、すなわち「この関数はここで定まる」という場所を添えて考えていかなければならないのです。
 それなら、そもそもどうして多変数関数論にイデアルの概念を導入することになったのかというと、まさしくそこが岡先生の独創なのですが、第6論文にいたるまでにたどってきた道筋に(倉田先生の言葉でいうと)「根本的に反省を加えた」ところ、ここかしこにイデアル的な芽の芽生えが目についたというのです。どこにどのような芽が見られるのか、第7論文の序文に具体的に書かれていますが、言われてみればたしかにイデアルの萌芽のように見えるとはいうものの、やはり岡先生の目にしてはじめて映じた萌芽としかいいようがありません。だれの目にも見えるものではありませんし、何よりも御自身の長年にわたる思索の積み重ねの中から摘まれたのですから、それならやはり岡先生の創造物と言えるのではないかと思います。
 御自身の研究を回想し、一変数関数論のリーマンのアイデアにも大きな示唆を受けて、岡先生の創意が具体的な衣裳をまとって現われたのが不定域イデアルの概念でした。岡先生の創造物ということにこだわりたいのはどうしてかというと、「層係数コホモロジー論」との関係が問題になるからです。この点については倉田先生の論攷の進展に沿って少し後に再考します。
 第6論文以後の岡先生の真実のねらいは内分岐領域にあり、内分岐領域においてハルトークスの逆問題を解決することをめざしていました。すると第一着手は内分岐領域において上空移行の原理を確立しようとすることになりますが、そのために岡先生が構築したのが不定域イデアルの理論なのでした。

倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 19 上空移行の原理と不定域イデアル

 倉田先生は岡先生の第二論文を「一種異様かつ怪奇」とまで評しましたが、岡先生はどうしてそのような証明を余儀なくされたのかといいますと、第一論文と第二論文の段階では「上空移行の原理」を正則多面体に対して確立することができなかったからでした。それで岡先生先生は有理多面体もしくは多項式多面体に限定してこの原理を確立し、それを梃子にして正則領域においてクザンの第一問題を解くことに成功しました。証明はいくぶん異様な雰囲気のただようものになりましたが、ともあれクザンの第一問題について有力な所見が得られたのですから、岡先生が心に描いたハルトークスの逆問題の解決のプログラムは、第一歩が踏み出されたと言えるのです。
 岡先生のその後の歩みを回想すると、第三論文「クザンの第二問題」ではクザンの第二問題を取り上げました。クザンの問題に1と2があり、第一問題は極の分布を与えて、それを許容する有理型関数を作る問題、第二問題は零点の分布を与えて、それを許容する正則関数を作る問題です。クザンは1895年の論文で二つの問題を取り上げて、柱状領域において解決しました(細かく言うと少々註釈を要するのですが、立ち入らないことにします)。岡先生もまたクザンの第一問題に続いて第二問題を取り上げたのですが、得られた結果は、「連続関数の解があれば解析関数の解もある」というもので、あまりにも斬新な発見でした。解析的な問題が位相的な状況に帰着されるという、いかにも不思議な現象が発見されたのですが、この現象を指して、今日では「岡の原理」と呼ぶ習慣が確立しています。ただし、この原理はハルトークスの逆問題とは関係がありません。
 岡先生の第四論文「正則領域と有理凸状領域」では、正則領域ではあるが有理凸状ではないものの例が報告されました。もしこのような例が存在しないなら、正則領域の考察にあたって有理凸状という制限を課せば十分であることになるのですが、そういうふうにはならないことを岡先生は確認したのでした。この第四論文もハルトークスの逆問題と直接の関係はありません。
 第五論文「コーシーの積分」はヴェイユが報告した正則関数のコーシー型積分表示を土台にして、ハルトークスの逆問題の解決のために適する形に直しました。第二論文の成果により正則領域でクザンの第一問題が解けるようになったことと、コーシー型積分表示を手持ちの武器として、岡先生は第六論文「擬凸状領域」において2個の複素数の空間C^2内の領域を対象にしてハルトークスの逆問題を解くことに成功しました。その際、「関数の第二種融合法」と呼ばれる著しい数学的発見が伴いました。
 これで岡先生の一段落したのですが、これから先はどうなるのかといいますと、第六論文の成果を任意個数の複素数の空間に及ぼすことなどが思い浮かぶところです。ところが岡先生の目は一気に「内分岐するリーマンの領域」という究極の場所に及び、そこでハルトークスの逆問題を解くという構想を立てました。そうして解決のための構想そのものは第6論文までと同様で、同じ道筋を歩もうとしたのですが、今度は内分岐点が存在するために極端に高い壁に行く手をはばまれてしまいます。岡先生は何よりもまず「上空移行の原理」を確立しようと試みたのですが、そのためには第一論文でそうしたように数学的帰納法をもってするのではあまりにも力が足りませんし、それに、数学的帰納法では多項式多面体に対応するのがせいいっぱいでした。正則多面体に対しては上空移行の原理を確立することができず、そのために第二論文のような「一種異様かつ怪奇」な手法を駆使してたいへんな苦心を払ったのでした。
 それで岡先生はどうしたのかといいますと、これまでの6篇の論文の姿の回想に、新たな出発点を求めました。連載第7回に見られる倉田先生の言葉をそのまま引くと、「これまでのやり方に根本的な反省を加え、第VII論文にいたって、ある共通の型の問題を設定し、それを新しい概念のもとで考察する」ということになったのですが、その「新しい概念」こそ、「不定域イデアル」の概念でした。
 岡先生の第七論文の表題は「三、四のアリトメチカ的概念について」というのです。「アリトメチカ的」というところに強いて訳語をあてると「算術的」となりそうですが、これではなんだか算数みたいな感じになってしまいますので、むしろ片仮名で「アリトメチカ的」と表記するほうがよいのではないかと思います。

倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 18 クザンの第一問題

 連載の第6回は内容の面から見て第5回と合わせてひとつの論攷と見るのが相応しく、表題も「オカを追って(2)」となっています。副題は「正則領域」で、中味は岡先生の第二論文の紹介です。その第二論文の表題も「正則領域」となっているのですが、この論文で岡先生が目標にしたことは、「複素数の空間C^n内の正則領域ではクザンの第一問題はつねに解ける」という事実を確定することでした。岡先生は第一論文の成果を土台にして証明に成功したのですが、歴史的に回想するとクザンが1895年に柱状領域という簡単な形の領域において解決して以来の成果でした。
 実に偉大な成果だったのですが、証明は極端に難解です。倉田先生は「オカの第II論文は第VIII論文とともにもっとも難解である」「一種異様かつ怪奇である」と言っていますが、その通りです。倉田先生の感想をもう少し続けると、

「伝えきくように、多変数関数の領域を、まるでそれが平面上のごとくなじめるまでに研鑽しぬいたオカのような人にしてはじめてなし得るもので、常人の及ぶところではない。」
「おそらく方法上の原理そのものに反省を加えることなしに、手持ちの方法で問題を直接攻撃する際に人がなしうる限界がそこに見られるだろう。」

という批評が見られます。実際、岡先生の証明は幾重にも帰謬法を駆使したり、一変数関数論のケーベの定理を用いたり、アポロニウスの円を運用したり、さまざまなタイプの集合を提示したりというふうで、とうていすらすらと読むというわけにはいきません。「正則領域ではクザンの第一問題が解ける」という最終目標のための主定理があるのですが、その証明は原論文では4頁ほどのところ、細かな論点を補って一歩一歩議論を詰めながら歩んでいくと「大学ノートにびっしり20ページはある」という倉田先生のコメントがあります。この大学ノートはぼくが書いたノートだったと思いますが、修士一年の一回目の挑戦のときは精密に追随することができず、倉田先生との勉強会を機に二度目の挑戦を試みた時、ようやく20頁のノートを書いて、証明を追うことができたのでした。
 倉田先生は「(岡先生の証明の)基本精神がつかみにくいのだ」とも言っています。これはその通りですが、それならどうすればよいのかというと、「方法上の原理に根本的な反省を加える」ことが要請されます。そうして倉田先生はそんな「反省を加えた最初の人はやはりオカその人だったのである」と言い、岡先生の第7番目の論文を挙げました。

倉田先生の「多変数関数論を学ぶ」を読む 17 クザンの問題とコーシー-リーマン方程式

 岡先生の第一論文の紹介に先立って、倉田先生は岡先生の大宣言に言及して、「むろん大宣言はだれでも発することができる」と語り、そのうえで「だがオカをオカたらしめたゆえんのものは、これに引き続く9個の論文で、これを実行し、そのほとんどすべてを解決したことである」と賞賛しました。そうして、「そこには稀有の戦略的思考と極端な腕力にみちた一つの世界がある」と明言し、その世界を「まさしくオカの世界」と呼びかけました。ところが倉田先生の言葉はさらに続き、「(オカの世界には)不幸にして他人を寄せつけない何ものかがある」と言い添えました。実に的確な批評であり、何気ないひとことのように見えながら、倉田先生の真骨頂がよく発揮された場面です。
 岡先生の世界が近付きがたいのは確かですが、近づこうとする試みもまた行われました。しばしば言及するヘルマンダリズムのヘルマンダーのテキストもそうですし、ヘルマンダーに先立ってアンリ・カルタンが主催したセミナーもそうでした。岡先生の世界を源泉として現代数学の大きな流れが流れ始めたのですが、その様相については倉田先生の連載が進む中で語られることになります。
 連載の第5回には「多項式凸領域」という副題が附されていますが、他方、岡先生の第一論文の表題は「有理関数に関して凸状の領域」、すなわち「有理凸状領域」というのです。有理凸状領域は多項式凸状領域よりも一般的な概念ですが、第一論文の目標は「有理凸状領域においてクザンの第一問題はつねに解ける」ことを示すことです。岡先生はこれを二重帰納法ともいうべき手法で示したのですが、その際、証明の根幹をなすのは「上空移行の原理」でした。ただし、多変数の有理関数には不確定特異点が存在することに起因して、証明にミスが発生します。有理凸状領域を放棄して多項式凸状領域に限定すれば証明は復活し、「多項式凸状領域においてクザンの第一問題はつねに解ける」ことが判明します。それで倉田先生は第5回の副題を「多項式凸領域」としたのでした。
 倉田先生は岡先生の証明に忠実に追随するとともに、ヘルマンダーによる別解を紹介しています。岡先生がクザンの第一問題を研究したのに対し、ヘルマンダーはコーシー-リーマンの方程式を研究しますから、岡先生の方法はヘルマンダーの方法に比べてかなり違った形に見えるとヘルマンダーは言っています。倉田先生はこれを引いて、さてそれから、「逆にいえば、ヘルマンダーはクザンの問題でなく、コーシー-リーマン方程式を研究するので、彼の論文はかなり違った形に見えるわけだ」と言い添えました。

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オイラー研究所の所長です

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