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リーマンを語る 244. ルジャンドルとヤコビの往復書簡より その46 素朴な疑問の考察 (1)

 三つの疑問の各々について所見を述べてみたいと思います。まず「楕円積分」という言葉のことですが、∫pdx/R(Rは変化量xの4次多項式の平方根)という式を指して、楕円的であるか否かはひとまず措いて、これを「積分」と呼ぶのは当然のことではないかと思われます。今日の微積分はコーシーの影響下にありますから、微分と積分は別個の概念として規定されていて、∫pdx/Rという式はつまり「関数p/Rの積分」です。もっと言葉を補うなら「関数p/Rの不定積分」であり、この場合には「関数p/Rの原始関数」でもあります。その意味は、「導関数がp/Rになる関数」ということです。
 コーシー以降の微積分では「関数」の概念を基礎に置いて、「関数の微分」「関数の積分」の概念が定義されます。「関数の積分」というときの「積分」は「定積分」で、まずはじめに「関数の定積分」の概念を確定するのがコーシーの流儀です。「定積分」を基礎にして「不定積分」の概念が定まります。ところがルジャンドルの楕円関数論はコーシー以前の世界に所属していますから、事情が異なります。コーシー以前の世界というと「変化量とその微分」の世界で、「変化量」の概念が根底に配置されています。それで∫pdx/Rという式もまた変化量であり、「その微分がpdx/√Rとなる変化量」を意味しています。これはオイラーの無限解析の流儀です。
 式pdx/Rには微分dxが伴っていますから、素朴に「微分式」と呼ばれます。式∫pdx/Rは微分式pdx/Rの積分ですから「積分式」と呼ぶのがよさそうで、実際にルジャンドルはそのように呼んでいます。『積分演習』巻1の第一部「楕円関数」の第1節の標題は、
「積分式∫pdx/Rに含まれるさまざまな種類の「超越的なもの」の一般概念」
となっていて、ここに「積分式」の一語が見られます。微分式や積分式は式の形に着目してそんなふうに呼んだだけのことですから、単なる名前にすぎず、何かしら意味のある概念が定義されたわけではありません。真に意味のある概念は「変化量」と「変化量の微分」の二つです。
 というわけですので、式∫pdx/Rに何らかの名前をつけようとするのであれば、式の形に着目する限り、せいぜいのところ「楕円的な積分式」というくらいのことになります。ですが、これでは形を見ただけのことにとどまっていて、式∫pdx/Rの本性についは何も語られていないのですから、何らかの概念を規定したことにはならないのです。
 積分式∫pdx/Rは「その微分がpdx/Rとなる変化量」のことですが、それをyで表すと、yはxに関して超越的になります。そこでこれを「楕円的な超越物」と呼ぶのは確かに一案で、超越性という性質が反映されていて意味のある定義です。それでルジャンドルはこの呼称を採用したのですが、同時に「楕円関数」という別の呼称も提案しました。「楕円的な超越物もしくは楕円関数」と呼ぼうというのがルジャンドルの提案です。

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リーマンを語る 243. ルジャンドルとヤコビの往復書簡より その45 三つの素朴な疑問

 ルジャンドルの著作の冒頭の部分を読み進めているところですが、少し読んではあれこれと考え込んだりでなかなか進展せず、実際にはまだ3頁目にすぎません。思い当ったことがいろいろある中で、楕円積分という呼称に関することがありますので、またまた前進がさまたげられてしまうのですが、ちょっと書き留めておきたいと思います。
 今日の数学の状況のもとで「楕円関数」という言葉はどのような意味合いで用いられているのかというと、「全複素平面上の1変数の(一価性をもつ)解析関数で、二重周期をもつもの」を指すと理解されていると思います。このような概念規定は複素関数論に支えられていますが、複素関数論が成立したと見られるのはおおよそ19世紀の半ばころです。1851年にリーマンの学位論文が出ていますが、そこに書かれていることを見ると、少なくとも根底事項に関する限り、今日の複素関数論のほぼすべてが尽くされているという印象があります。リーマンの前にコーシーがいて、1825年の第一論文を皮切りに何篇かの論文を積み重ねていって、リーマンとともに複素関数論の形成者と見られることになりました。複素関数論の形成史ということでしたら、もうひとり、ヴァイエルシュトラスにも言及しなければならないところですが、話が込み入ってきますのでヴァイエルシュトラスのことは別の機会にゆずりたいと思います。
 複素関数論ができる前にも楕円関数はありましたが、その楕円関数は「第一種楕円積分の逆関数」を指す言葉でした。そのような逆関数を考えるというアイデアをはじめて公表したのはアーベルですが、それを楕円関数と呼ぶと命名したのはヤコビです。
 ヤコビはこのアイデアをルジャンドルに手紙で伝えたのですが、ヤコビの提案の前にも楕円関数という言葉は存在しました。この言葉をはじめて提案したのは実はルジャンドルで、ルジャンドルは今日のいわゆる楕円積分そのものを指して楕円関数と名づけました。どこにそんな提案が持ち出されたのかというと、現在読みつつある『積分演習』の巻1の第14頁で、ルジャンドルはその箇所で楕円積分を指して、これを「楕円的な超越物」もしくは「楕円的な関数」と呼ぶと宣言しています。
 こんなわけで楕円関数という言葉はこれまでのところ三通りの意味で使われてきたのですが、素朴な疑問が三つほど起ります。ひとつは、わざわざ楕円関数などという呼称を提案しなくとも、「楕円積分」のままでよいのではないかという疑問です。もうひとつは、「楕円的な関数」という際の「楕円的」という形容詞は何に由来するのかという疑問です。三番目の疑問は、ルジャンドルのいう「楕円関数」の「関数」という言葉の意味合いに関することです。ルジャンドルは何かしら非常に思い切った提案をしたという印象を受けるのですが、ここで「関数」の一語を持ち出したのは何か特別のわけがあるのだろうかというのだろうかというのが、三番目の疑問です。
 数学の諸概念の中には単に便宜をはかって名前をつけただけというものもありますが、根底のところで数学そのものに接触しているものもあり、そのようなものは一般に理解するのが困難です。楕円関数もその一例で、「楕円関数とは何か」と単刀直入に問われてもひとことをもって簡潔に答えるというわけにはいきません。それと、今日の数学的状況のもとで行われている定義を述べても、それだけでは答えたことにはならないことは、つねに銘記しておかなければならないと思います。

リーマンを語る 242. ルジャンドルとヤコビの往復書簡より その44

 前回のところでルジャンドルが示したという不思議な命題を目にしました。原文の通りに訳出してみましたが、どうもわかりにくいのでもう一度回想してみたいと思います。この命題によれば、あらゆる楕円は、ある特定の性質を備えた楕円の無限系列に配分されるというのですが、問題なのはその系列に対して要請される性質です。その系列に所属する楕円を任意に二つ取り出しとき、同じ系列に所属する他の楕円の弧長の測定は、取り出された二つの楕円の弧長の測定に帰着されるというのが、ルジャンドルが要請した性質です。
 「楕円の無限系列」に関連してルジャンドルの言葉が続きます。

〈これらの楕円はみな長さ1の共通の半長軸をもち、それらの離心率は周知の規則に従って0から1にいたるまで変化する。そこで、この定理により、ある与えられた楕円の弧長測定を、円との相違が望むだけわずかな範囲に留まる二つの楕円の弧長測定に帰着させることができる。これは、ある困難な領域へと分け入るさらなる一歩であった。〉

 少し前のところで楕円さえあれば双曲線は不要になるということが主張されましたが、今度は楕円の弧長測定は、限りなく(半径1の)円に近接する二つの円の弧長測定に帰着されると語られました。これらをすべて合わせると、楕円と双曲線の弧に帰着される積分は、実は、少なくとも近似的に見る限り円の弧長測定に帰着されてしまうということになります。積分の取る数値の近似計算を追い求めるという視点から見れば何となくおもしろい感じがしますが、「超越的なもの」の作る世界を解明するという立場から見ると、なんだか後ろ向きな印象があります。
 未知の世界に分け入っていくのではなく、既知の諸事実に還元させていこうとする姿勢が見られるのですが、こういうところはアーベルやヤコビと比べてはっきりと異なっています。
 ある積分が他の積分に「帰着される」ということがしばしば語られましたが、これは「適当な変数変換により未知の積分が既知の積分に変換される」ということを意味しています。これはつまりルジャンドルとヤコビの「変換理論」というものの原型ですから、「変換理論」は無限解析の草創期にすでに芽生えていたことがわかります。積分に変数変換を施して変形することでしたら、今日の微積分でも定積分の計算などの場で普通に行われていますが、変数変換を行ったら計算ができたというだけではまだ「理論」というほどのものではありません。ですが、たとえばレムニスケート積分のようなものを考えると状況は一変し、変数変換を工夫してもレムニスケート積分の数値が計算できるようになるわけではありません。ここに「理論」めいたものが発生する契機があります。
 これまでに何度も引用したことのあるファニャノの言葉が、ここでもまた念頭に浮かびます。ファニャノによると、ベルヌーイ兄弟はイソクロナ・パラケントリカ(測心等時曲線)の弧長測定をレムニスケート曲線の弧長測定に帰着させることに成功し、これによってレムニスケート曲線が有名になったということでした。そこでファニャノはなお一歩を進め、レムニスケート曲線の弧長測定を楕円と双曲線の弧長測定に帰着させようとして、成功しました。ここにはルジャンドルが語っていた通りの情景がそのまま出現しています。楕円と双曲線が果す役割のルジャンドルの指摘の通りですし、ルジャンドルはベルヌーイ兄弟とファニャノの成功をそのまま報告したのであろうと思われます。
 ベルヌーイ兄弟とファニャノが発見した変数変換ほどになると、もう単純な計算問題とは言えず、「理論」の名に値するものの入り口という感じがあります。
 ルジャンドルはファニャノを踏まえてなお一歩を進め、楕円と双曲線のうち双曲線は不要であること、楕円の代用として円を採用することができることを示そうとしたこともわかりますし、これでルジャンドルの数学的意図は明確になりました。ただし、ルジャンドルがしたことは積分の近似計算に関連するとしても、変換理論とは言えません。

リーマンを語る 241. ルジャンドルとヤコビの往復書簡より その43

 数学史京都会議の終了後、所在地の移動に時間がかかってしまい、更新が滞りがちになりましたが、このあたりでルジャンドルとヤコビの往復書簡にもどりたいと思います。といっても、実際にはルジャンドルの著作『積分演習』の巻1の書き出しの部分を読んでいる途中で、ランデンによるランデン変換の発見のところまで進みました。ここまでの回想を踏まえて、ルジャンドルは自分の研究成果を語り始めます。

〈私が楕円の弧を用いる積分に関する研究を公表したとき、∫Pdx/Rで表される「超越的なもの」の理論における幾何学者たちの主立った発見のあれこれは、このようなものであった(註。「楕円の弧を用いる積分について」「楕円の弧を用いる積分について 第二論文」を指しています。同じ標題の論文が二篇ですが、執筆の経緯についてはこれから語られていきます)。第一部は、ランデンの定理を知る前に執筆された。ここには、楕円の弧の利用に関する新しい所見、特に、積分計算において、適切に作成された楕円の弧の表を用いて補うことにより、双曲線の弧の使用を避ける手法が含まれている。〉

 双曲線を使わずに楕円だけを用いて積分計算を遂行するというアイデアを、ランデンとは独立にすでにもっていたことが主張されています。これはこれで本当だろうと思います。

〈次に(註。ここから第二論文の説明に移行します)、私はランデンの定理の新しい証明を与えた。そうしてそれと同じ方法により、与えられた楕円はどれもみな、相互に連結する楕円の無限系列の一部であることを示した。楕円の無限系列の相互関連の様子は次の通り。すなわち、これらの楕円のうちから任意に取られた二つの楕円の弧長測定を行うことにより、他のすべての楕円の弧長測定が得られる。〉

文言がややわかりにくいのですが、どことなくランデン変換のようなものという感じがあります。

数学史京都会議終了

 8月26日(土)のお昼前に三つの講演が行われ、これをもって数学史京都会議は無事に終了しました。今回が第15回目になります。名簿にお名前を記入していた方を数えると、参加者総数は51人です。全体として和算研究の色が濃く、洋算史研究の奮起が望まれるところです。

   面白うて やがて悲しき 鵜飼かな

 次の数学史研究会は10月末日に津田塾大学で開催されます。

リーマンを語る 240. 「ヤコビとルジャンドルの往復書簡に見る初期楕円関数論」(3)

 曲線の弧長積分を、適当な変数変換により楕円と双曲線の弧長積分に変換することができたなら、そのとき与えられた曲線は測定可能と見ることにします。そのようにすると測定可能な曲線の範疇は大きく広がりますが、無限解析の草創期にはそんな試みがさまざまになされていたように思います。ランデンが発見した「ランデン変換」もこの思索の流れの中から生まれました。第一種楕円積分にランデン変換を施すとモジュールが小さくなりますから、繰り返して適用すると小さくなる一方です。そんな性質に着目すると第一種楕円積分の数値の近似計算に利用することができるのですが、本来のランデンの意図がそこにあったわけではありません。
 ランデンが発見したのは、「双曲線の弧はどれも、楕円の二つの弧を用いて測定可能である」という事実で、これなら意味合いはよくわかります。なぜなら、これによって、楕円と双曲線の弧を用いて測定可能な曲線の弧については、双曲線は不要で、楕円のみを用いれば測定可能であることが明らかになるからです。ランデン変換が近似計算に利用できるというのも有力な事実ですが、それはそれ自体がひとつの発見というべきものであり、これを指摘したのはおそらくラグランジュであろうと思われます。数学のことですから解釈は自由ですが、数学的事実が生まれたわけを理解するには、一番はじめに発見した人に聞いてみるほかはありません。
 ルジャンドルのいう「超越的なもの」とは何かということも論点になりえます。「超越的なもの」の世界にはさまざまな位数があるということもまた意味合いを正しく理解したいところです。「位数」というのはあまりよい訳語ではないかもしれませんが、これを要するに「超越的なもの」のにもいろいろあって、「一番程度の低い超越性」を備えているのはたぶん円の弧長積分で、その次が楕円と双曲線の弧長積分です。そのまた次は何かというと、実はもうはっきりしなくなってしまうのですが、多種多様な超越性がありうることははっきりと認識されていて、それらを秩序立てて並べてみようとする意志は確かにあったと思います。このあたりの消息の論点になります。また、ルジャンドルは「超越的なもの」ののうち、「楕円的なもの」を指して特に「楕円関数」と呼んでいるのですが、こんなところに突然、「関数」の一語が登場するのはやはり奇妙で、それなりのわけがありそうです。ここも重要な論点です。
 無限解析は「曲線の解明」の意図をもって始まりましたが、オイラーにいたって曲線を離れようとする徴候がはっきりと現われます。オイラーもまた「変化量とその微分」の世界に生きていたのはまちがいありませんが、変化量の把握の仕方といい、積分のとらえ方といい、オイラーの無限解析は曲線とは無関係の場所に構築されています。その場所に立脚すれば曲線の世界を制御することができますが、そればかりか適用範囲ははるかに広い世界へと開かれていきます。オイラーはどうしてそんなことを考えるようになったのかと問えば、無限解析の形成史における最大の問題が浮上します。
 楕円関数論の歴史は無限解析のはじまりのころに立ち返らないと理解できません。まだ不十分ですが、講演も近くなりましたのでこのくらいにして、最後にルジャンドルの論文を挙げておきます。

「楕円の弧を用いる積分について」
「楕円の弧を用いる積分について 第二論文」
王立科学アカデミー紀要 1786年(1788年刊行)
(616-643頁、p.644-683頁)
「楕円的な「超越物」について」(1793年)

「楕円的な超越物」の原語はtranscendantes elliptiquesで、ここにはまだ「楕円関数」という言葉は見られません。

リーマンを語る 239. 「ヤコビとルジャンドルの往復書簡に見る初期楕円関数論」(2)

 ここまでの回想は前回の通りですが、さて、現在の時点でどのような話題が可能でしょうか。アーベルを語ろうとしてヤコビに及び、ヤコビを語ろうとすると変換理論におけるヤコビの発見を語らなければならず、変換理論ということであればルジャンドルの寄与を避けて通ることはできません。なぜなら、変換理論においてルジャンドルがしたことはヤコビの楕円関数論の直接の出発点になったからです。
 ヤコビが発見した数学的事実そのものについては、ヤコビ自身がシューマッハーとルジャンドルに宛てて書き送った手紙を見れば一目瞭然です。ルジャンドルが何をしたかということも、ルジャンドルの著作『積分演習』を見ればすぐにわかります。そういうところには困難はないのですが、どうもよくわからないのは、ルジャンドルとヤコビは何を知りたかったのだろうかということです。関心の所在がわかりませんので、発見された事実それ自体を見ても共鳴することができず、そのために「わかった」という感情が起りません。数学はむずかしいという感情に襲われるのはそのようなときです。ですから、本当は「むずかしい」のではなく、「共鳴できない」というべきところです。
 変換理論についていえば、ヤコビに共鳴することができなければわかったとは言えませんし、そのためにはルジャンドルに共鳴できなければ話が始まりません。そこでルジャンドル自身の著作に手掛りを求めることにして『積分演習』巻1の冒頭を読み始めたのですが、ルジャンドルの言葉は確かに変換理論の契機に触れていました。というよりも、話はにわかに無限解析のはじまりのころに立ち返ってしまいます。
 無限解析の中味は微分計算と積分計算ですが、変換理論の端緒は積分の理論にあります。そこで第一の問題は「積分とは何か」という問いに明快に応じることですが、草創期のライプニッツとベルヌーイ兄弟の時代には無限解析の対象は曲線でしたから、積分の観念は曲線から離れませんし、しかも微分計算の逆向きの計算として認識されていました。曲線の弧長を測定することなどが積分の基本的な問題として現われたのですが、何をもって「曲線を測定した」というのかというと、弧長積分を既知の諸量を用いて表示することができたという状勢をさしていたように思います。「量」とは一般に変化量のことをいい、特殊な変化量として定量が考えられています。
 簡単な積分なら代数的な量のみで表示できますが、少し複雑になるとそうはいきませんから、そんな場合には円弧を利用して測定します。すなわち、適当な変数変換を工夫して、提示された弧長積分が円積分、すなわち円弧の長さを表す積分に帰着されたなら、その状勢をもって「測定された」とみなすことにします。この場合、円弧は既知量の仲間に入っています。
 円弧でもまだ足りない場合には楕円と双曲線の弧を利用します。楕円も双曲線も円錐曲線で、古くから知られていたなじみのある曲線ですので、その弧なら既知とみなしてもいいのかもしれません。このあたりには別に論理的な規準があるわけではなく、人々が共有するある種の観念に支えられて歩みが運ばれているように思います。
 さて、このような変換をさまざまに工夫すること、まさしくそれがルジャンドルとヤコビの変換理論の発端です。

リーマンを語る238 京都数学史会議の講演「ヤコビとルジャンドルの往復書簡に見る初期楕円関数論」(1)

 京都数学史会議の初日は無事に終了しました。質疑応答が活発で、時間が足りなくなりがちでした。
 ぼく自身は最終日の26日に
「ヤコビとルジャンドルの往復書簡に見る初期楕円関数論」
という題目を立てて講演する予定です。日ごろ書き続けていることを整理して話してみたいのですが、このところ題目と離れがちになっているのが気がかりです。
 この機会に回想してみますと、もともとの志はリーマンにありました。この初心が変更されたわけではなく、今も生き続けているのですが、なにしろ200回を越える長期連載になりましたので、あちこちにいくつもの水たまりができて、全体像が見えにくくなっています。
 リーマンの数学の中でも一貫して着目しているのは「ヤコビの逆問題」です。近代数学史の最高峰は19世紀のドイツの数学と思いますが、そこには二本の大きな流れが存在します。ひとつは「ヤコビの逆問題」、もうひとつはガウスが提示した「相互法則」です。リーマンはヴァイエルシュトラスとともに「ヤコビの逆問題」の解決に寄与した人として知られていますが、その根底には複素変数関数論が横たわっています。複素関数論ならコーシーの名も念頭に浮かびますので、コーシーとリーマンを対比することも重要な課題です。それでしばらくコーシーの話ばかりになったこともありました。
 「ヤコビの逆問題」とは何かということを考えてみますと、何しろヤコビの名が見られるくらいですからヤコビと関係がありそうですが、実際のところ、ヤコビはこの問題を提出した人物です。では、ヤコビは何をねらってこのような問題を提示したのかと重ねて問うと、アーベルの名が念頭に浮かびます。アーベルには「パリの論文」に象徴される「アーベル積分の加法定理」がありますが、それがつまり「ヤコビの逆問題」の出所です。それならアーベルはどんなふうにして加法定理を発見したのだろうかと、素朴な問い掛けはさらに続きます。アーベル積分というのは完全に一般的な形の代数関数の積分のことで、それをヤコビがアーベル積分と命名したのですが、アーベル積分への第一歩は楕円積分で、アーベルは楕円積分の世界を精密に究明しています。そこでアーベルの世界の観察が、リーマンを語るための大テーマになってきます。
 楕円積分ならヤコビにも独自の研究があり、アーベルの研究と重なり合う部分もありますので、いわゆる「アーベルとヤコビの競争」の詳細を知りたく思います。それと、アーベルとヤコビはお互いに相手をどのように見ていたのだろうかという興味も起ります。この点については、アーベルとルジャンドルの往復書簡、それにヤコビとルジャンドルの往復書簡が基本的な資料です。それでこれらの手紙を読みに掛かりました。アーベルとルジャンドルの間で交わされた手紙はわずかですので(ただし、どれも長文です)、わりとすぐに読み終えましたが、ヤコビとルジャンドルの往復書簡は分量が多く、しかも長文が続きます。現在、ほんの数通を読んだところです。
 ヤコビとルジャンドルの往復書簡はヤコビの手紙から始まりました。若いヤコビが大長老のルジャンドルに宛てて手紙を書いたのですが、その内容は楕円関数論での新発見の報告でした。その発見というのは楕円積分の変換理論に関するもので、ルジャンドルが発見した一事実を大きく一般化するという性質を備えていました。そこで、ヤコビの発見の意味を知るためにはルジャンドルが何をしたのかを知らなければならず、そのためにはルジャンドルの著作や論文を見るしかありません。ますますリーマンから遠ざかるばかりですが、現在はルジャンドルの著作を読みつつあるところです。

明日から京都数学史会議

明日から京大数理研で研究集会「数学史の研究」が行われます。講演数は、初日から三日目まで連日8件。最終日3件。計27件です。例年、和算方面の講演が多く、ヨーロッパ数学史に関する講演は少ないのですが、この傾向は今年も変りません。
二日目の8月24日の夕刻、懇親会があります。

おもしろいことがありましたらそのつど報告します。

リーマンを語る 237. ルジャンドルとヤコビの往復書簡より その43

 ここでイギリスの数学者ランデンが登場します。

「少し後に、イギリスの幾何学者ランデンは、双曲線の弧はどれも、楕円の二つの弧を用いて測定可能であることを示した。それまでのところでは二種類の曲線(註。楕円と双曲線)の弧を用いてしか表すことのできなかったあらゆる積分を、楕円の弧のみに帰着させるという記念すべき発見である。」

 楕円関数論には「ランデン変換」という有名な変換が存在し、楕円積分の数値計算に利用されたりしますが、ランデン変換というものがどうして案出されたのか、その根源をルジャンドルは簡潔に言い表しています。脚註を見ると、ランデンの論文が公表されたのは1780年ということですが、この時点でもランデンは依然として「曲線の世界」に生きていた様子がうかがわれます。

「最後に、ラグランジュはその生涯において再び脚光を浴びた。ラグランジュは、次々と変換を繰り返して積分∫Pdx/Rを、類似の形ではあるが、係数の配置状況により近似計算が容易になるものに帰着させるための一般的な方法を与えたのである。これらの変換には二つのねらいがあった。ひとつは、同じ規則で作られる「超越的なもの」の系列の比較に用いることである。もうひとつのねらいは、それらの関数(註。「関数」という言葉が使われています)が受け入れる最速の近似を実現することである。」

 ラグランジュが実行したことは、ランデン変換の意味としてよく語られることに合致しています。ランデンは楕円積分の近似計算をめざしたのではないと思いますが、ランデンが発見した変換を繰り返していくとモジュールが小さくなっていきますので、そこに着目することにより楕円積分の近似計算が可能になりそうです。ラグランジュはランデンを見て、そこに近似計算の可能性をみいだしたのかもしれないという推定が成り立ちそうですが、ランデンとラグランジュの論文は実物を見たことがありませんので、確定的なことは言えません。
 ラグランジュの論文は1784/85年の「トリノ新論文集」巻2に掲載されました。

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