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解析概論の系譜69 ここまで書いてきて 回想(12) コーシー以降

 関数の概念が広がって「まったく任意の関数」などというものが微積分の対象として設定されるところまでくると,微分と積分のそれぞれの概念規定から作り直さなければなりませんし,そのようにしてもなお,もはや微積分の基本定理のような簡明な命題を望むことはできません.微積分の基本定理があたりまえに成立し,定理というよりもむしろ,微分計算と積分計算が互いに他の逆演算になっていることによって成立する世界は,やはり数学の桃源郷であったというほかはありません.そこに観察される状勢を基本定理という名の命題と認識する段階に立ち至ったのは,新時代の訪れを察知し,もはや花園を去らなければばらなくなったという自覚の明示的な意志の表明と考えてよいのではないかと思います.人はいつまでも桃源郷の別天地に住まうことは許されないのです.
 コーシー以降の微積分のことをもう少し観察すると,コーシーが新たに設定した枠組みの中で非常に精密な研究が積み重ねられていった様子が目に映じます.コーシーは大きな枠は作りましたが,細かな部分にはいろいろな欠陥があったのです.たとえば,有限閉区間上の連続関数はその区間上で積分可能ですが,その証明のためには関数が単に連続であるだけでは足らず,一様連続性に依拠する必要がありました.そこで,「有界閉区間上の連続関数は一様連続である」という命題を準備しておかなければならないのですが,コーシーはこれには気づきませんでしたから,コーシーの定積分の存在証明には不備があったのです.この命題はしばしば「ハイネの定理」と呼ばれ,1870年と1872年の論文に出ていますが,ディリクレの積分論の講義録にもあります.ハイネとディリクレはともに19世紀のドイツの数学者です.
 やはり有界閉区間上[a,b]において考えることにして,この区間上の連続関数の
系列{f_n}の総和Σf_nがある関数fに収束するとき,コーシーは極限の関数fもまた連続になると主張しましたが,これは必ずしも正しくありません.これを指摘したのはノルウェーの数学者アーベルでした.1826年の7月から年末にかけてパリに滞在したアーベルは,コーシーの『解析教程』を入手して,この欠陥に気づきました.
一番最初の人はアーベルである. 各項が連続関数である無限級数を加えても,その和は必ずしも連続関数ではありません.アーベルは1826年の論文で,
  (sin x)/1-(sin 2x)/2+(sin 3x)/3-.....
という例を与えました.この級数は区間[-π,π]上で収束しますが,極限関数はx=±πにおいて不連続になります.極限関数が連続であるためには収束の仕方に条件が課されますが,これについてはヴァイエルシュトラスが「一様収束」という概念を発見し,1841年にベルリン大学の講義で述べています.
 このような事例はほかにもたくさんあります.
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解析概論の系譜68 ここまで書いてきて 回想(11)フーリエ級数とリーマンの定積分

 コーシー以降の微積分はコーシーが開いた世界を精密化する道をたどりました.コーシーの定積分の対象は連続関数でしたが,リーマンは連続性を離れ,一般に有界な関数の定積分の概念規定を試みました.積分区間が有限であるところはコーシーと同じですし,リーマンの和を考えるところにはコーシーの和と同じアイデアが生きています.有界関数の範疇は連続関数の範疇を大きく包含していますが,定積分の対象をどうしてそのまで拡大しなければならなかったのかといえば,リーマンの場合にはフーリエ級数展開の問題があったからでした.
 フーリエに始まるフーリエ解析では,「まったく任意の関数」をフーリエ級数に展開することの可能性を論じることが基本問題になりますが,フーリエ級数を作るとき,その諸係数は,与えられた関数に正弦関数や余弦関数を乗じたものの定積分の数値によって定められます.フーリエのいう「まったく任意の関数」というのは「曲線を通じて定められる関数」のことで,オイラーが提案した三種類の関数のひとつです.「まったく任意の関数」に正弦や余弦を乗じても,まったく任意であることに代りはありません.y=f(x)を「まったく任意に関数」とすると,そこに備わっている属性は「xにyが対応する」という対応の規則のみにすぎず,yはもう変化量ではないのですから,コーシー以前のように自在に無限小量に分解して微分を作ったり,微分を寄せ集めて元の有限変化量を復元したりすることはできません.そんな関数を対象とする微分や積分の理論を新たに作らなければならないのですが,オイラーもそこまではやっていません.
 コーシーが微積分の対象として設定した関数は,変化量xと変化量yの間に相互依存関係が認められるとき,一方を他方の関数と呼ぶというふうに規定されるもので,これを提案したのはやはりオイラーでした.まったく任意の関数とは違いますが,コーシーの流儀の微分と積分の定義はそのままの形で使えます.ただし,まったく任意の関数y=f(x)ではxとyはもはや変化量ではありませんから,極限の概念の適用にあたり,「どこまでも限りなく接近する」という言い回しを放棄して,イプシロン=デルタ論法のような定性的な表現を採用しなければならなくなります.
 さて,こんなふうにして微分と積分の概念を作ったうえで,あらため相互関係を考察すると,あの微積分の基本定理はもう期待できないという事態に直面します.『解析概論』では,このあたりの煩雑な消息がこんなふうに語られています.

《基本公式は,要約すれば連続函数に関する限り,微分と積分とが互いに逆な算法であることを意味する.もしも連続性を仮定しないならば,この関係は成立しない.すなわちFユ(x)=f(x)でもf(x)は必らずしも連続でなく,従って必ずしも積分可能でないが,また積分可能でも積分函数はF(x)と合致するとは言われない.∫f(x)dx(x=aからxまで)は必らず連続であるけれども,それは必らずしも微分可能でなく,微分可能でも微分商はf(x)と合致するとは限らない.連続函数以外では,微分積分法はむずかしい!》

 f(x)は有界閉区間[a, b]上の有界な関数とするとき,もし積分可能なら,積分関数
  F(x)=∫f(x)dx(x=aからxまで)
は連続関数になります.f(x)が連続であればF(x)は微分可能で,F'(x)=f(x)となりますが,f(x)の連続性が破れる場合にはF(x)は必ずしも微分可能ではありません.そのような例は簡単に作れます.このような例を見ると微分と積分の逆の関係を主張するのがためらわれますが,f(x)の不連続の個数が高々有限個に留まるのであれば,それらの点を除外すれば回復しそうです.
 今度は微分可能な関数F(x)から出発すると,その導関数F'(x)=f(x)を作ることができますが,その導関数が積分可能ではないことがあります.この関数の例はむずかしいですが,188年にイタリアの数学者ヴォルテラ(1860-1940)が一例を与えました.導関数が積分できないのであれば,「積分すると元にもどる」という言明は完全に不可能になってしまいます.この隘路を脱却するひとつの道は積分の定義を広げることで,実際,ルベーグはこの例に触発されて新しい積分の定義を考案しました.ヴォルテラが例示した関数の導関数はリーマンの意味では積分できませんが,ルベーグ積分の意味では積分可能になり,積分関数を作ると(積分定数を適宜調節するとき)元の関数F(x)が復元されます.

解析概論の系譜67 ここまで書いてきて 回想(10) 微積分の基本定理再考

 f(x)は閉区間[a, b]上の連続関数,F(x)はf(x)の原始関数とすると,等式
  ∫f(x)dx (x=aからx=bまで)=F(b)-F(a)
が成立します.これが微積分の基本定理で,『解析概論』では「微積分の基本公式」と呼んでいます.コーシーの『解析教程』と『要論』の系譜を継ぐ今日の微積分では,この基本定理は定積分の数値を算出するために使われる公式と認識されていますが,コーシー以前の無限解析ではそうではなく,基本定理それ自体がそのまま積分の定義なのでした.このあたりの消息についてはこれまでに何度も繰り返して語ってきましたが,あらためて敷衍すると,コーシー以前の積分ははじめから「微分の逆」だったのであり,今日の不定積分がかつての積分に相当します.積分は「微分を寄せ集めて生成される有限量」であり,それを再び無限小量に分解すれば,元の微分にもどります.逆に,有限変化量を無限小量に分解すると(すなわち,微分すると)微分が生成されますが,その微分を寄せ集めれば(すなわち,積分すれば),元の有限変化量が再び手に入ります.この往還路の発見こそ,無限解析もしくは無限小解析もしくは微分積分計算と呼ばれる数学的発見の実際の姿です.
 コーシー以前にはコーシーが規定したような定積分の概念はありませんが,「積分の定値」という言い方は散見します.単に積分と言えば,それ自身は変化量ですからいろいろな値を取りますが,曲線の弧長や領域の面積の算出のときなど,それらの個々の値に着目することもしばしばあり,そんなときは「積分の定値」という言葉がぴったりあてはまります.そうして,定値があれば不定値もありえますから,積分の取るさまざまな値を一般的に指し示して「積分の不定値」とか「不定積分量」などと言うことがあります.そんなわけで,コーシー以前には不定積分の観念が先行し,不定積分の取る個々の値が定積分だったのですが,コーシーはここを逆転して定積分を先に出し,その次に不定積分を作り,積分と微分との関係は「微積分の基本定理」という形で復元させるという路を選びました.これで,無限小計算の発見の当初からあたりまえに行われていた計算規則が,新たな枠組みの中で「定理」になりました.
 コーシーが構築した理論構成では原始関数と不定積分は別個の概念ですが,対象が連続関数の場合には合致して,定積分の数値計算は原始関数もしくは不定積分を求めることに帰着します.今日ではこの状勢を指して,ライプニッツとニュートンは微積分の基本定理を発見したと言い表わされる習慣が定着していますが,これは,コーシーの視点からコーシー以前を振り返ればそのように見えるということであり,あまり適切な評価ではないと思います.微積分の基本定理はコーシーの登場を俟ってはじめて基本定理になったのですから,あえて言うなら,「ライプニッツとニュートンは後にコーシーが基本定理と名づけることになる定理に象徴される数学的世界を発見した」ということになります.

解析概論の系譜66 ここまで書いてきて 回想(9) コーシー以前とコーシー以後

 非有界関数の積分や,無限区間上での積分を総称して広義積分ということにするのは既述の通りですが,数理物理の方面からいろいろな広義積分が提示され,それらの数値を算出することが要請されたなら,どうしたらよいでしょうか.コーシーが直面したのはまさしくこのような数学的状勢でした.そこでコーシーは「主値」という概念を考案し,それを武器にして広義の定積分の数値の算出に取り組みました.この手法をさらに洗練していくと,複素変数関数論のコーシーの積分定理や留数定理に到達し,コーシーのねらいが非常に幅広く実現されることになりました.その際,コーシー以前の微積分におけるように,積分計算を微分計算に帰着させるという手法は放棄され,コーシーは定積分の概念規定からあらためて出発したのでした.
 定積分∫f(x)dx(x=aからx=bまで)は無限小量f(x)dxを寄せ集めて生成される有限量ですが,積分に寄せるそのようなイメージは,微積分の草創期からすでに共有されていました.そんなイメージひとつを基礎にするだけで,微分も積分も自由自在に計算することができたのですが,むずかしい性質を備えた積分や,無限小量を寄せ集める区域が無限に広がったりする積分を考えると,当初のイメージでは対処できず,新たな定義が必要になりました.とはいうものの,コーシーが(それに,リーマンも)したことは,無限小の観念の代りに極限のアイデアを持ち込み,素朴な「寄せ集め」のイメージを数式の形に書き下しただけのことですし,積分のイメージそれ自体は保持されたのです.不易と流行という蕉門の俳諧のキーワードが,ここでもまた回想されるところです.ルベ-グ積分に移っても「寄せ集め」のイメージそのものは依然として健在で,ただ寄せ集める様式が変容しただけにすぎません.
 関数の微積分というコーシーの立場からコーシー以前の状況を観察すると,微積分の基本定理が自然に成立する世界が目に映じます.定理という以上,何かしら条件が課され,その制約下では成立するとしても,その制約がはずれるともう成立しないという状勢が念頭に浮かびます.ですが,コーシー以前にはそのような定理は存在しませんでした.微積分の基本定理に相当する数学的事実は発見されていて,それはつまりライプニッツの発見なのですが,決して命題ではなく,微分計算と積分計算の自由な運用を支える基本原理と見るべきであろうと思います.発見ですから証明は不要ですし,単一の基本原理の基礎の上に計算の技術がさまざまに開発されていきました.わけてもオイラーの貢獻が余りにも大きいことは特筆に値します.
 このような状況を受けてコーシーが明らかにしたのは何かといいますと,連続関数の世界では微積分の基本定理が成立するという簡明な事実です.これを逆に見ると,当初から連続関数の範疇を出ないことに決めるなら,基本定理を定理と認識する必要はないということになりますし,関数の範疇を連続関数を越えたところにまで押し広げていくことにするなら,微積分の基本定理はもう期待されないということになります.コーシー以前の融通無碍の微積分の世界は,いわば数学の桃源郷でした.関数の観念が大きく広がっていくのに連れて,数学と数学者たちは外部世界に踏み出していくことを余儀なくされました.桃源郷を取り囲み,保護してくれる垣根の実体は「関数の連続性」の観念であることを明るみに出したところに,解析学におけるコーシーの試みの意義が認められるのではないかと思います.

解析概論の系譜65 ここまで書いてきて 回想(8) コーシーの積分定理

 一変数の複素変数関数論にはコーシーの名を冠して「コーシーの定理」とか「コーシーの積分定理」と呼ばれる定理があり,理論全体の根幹を作っています.高木貞治の『解析概論』から引くと,次のようになります.

《解析関数f(x)は領域Kにおいて正則で,単純な閉曲線Cも,その内部も,すべてKに属するとする.然らば
    ∫f(z)dz=0.》(最後に出てくる積分は曲線Cに沿って一周して行います)

 解析関数という言葉はラグランジュに由来しますが,今日の複素関数論では,関数が解析的といえば,「局所的に見れば,収束するテイラ-級数で表示される関数」というほどの意味で使われます.この性質を解析性と言うことにすると,解析性は複素変数に関する微分可能性と同等になりますが,微分可能な関数のことは正則関数と呼ばれることが多いです.上に引いたコーシーの定理では,f(z)は「正則な解析関数」と言われています.先行する記述を見ると,「複素数平面上の或る領域Kの各点において微分可能な函数をKにおいて正則な解析函数という.あるいは略して単に正則ともいう」と規定されています.これは『解析概論』に特有の用語法ではないかと思います.
 正則関数と有理型関数を総称して解析関数という言葉が用いられることもあります.有理型関数というのは,「極」と呼ばれる簡単な特異点を定義域内に許容する関数です.たとえば,zは複素変数とするとき,関数f(z)=1/zは複素平面C(z)の原点z=0以外の地点ではzに関して微分可能ですが,原点z=0では値をもちません.それで,この関数C(z)から原点z=0を除去した場所で正則で,C(z)全域では正則とは言えません.z=0はこの関数の特異点です.ではありますが,この場合,z=0は位数1の極と呼ばれるいかにも簡単な特異点ですので,他のもっと複雑な性格を示す特異点と区別して,関数f(z)=1/zは複素平面C(z)の全域において有理型である,というふうに言い表わします.この関数はz=0において値をもたないのですから,ディリクレの関数の概念に沿うと原点を定義域の内点として取り扱うのは変則なのですが,このあたりは解析関数に固有の事情が反映しています.
 定義域ということであれば,解析関数には(正則関数にも有理型関数にも)解析接続という現象が附随しますので,自然存在域と言われる固有の定義域がおのずと定まります.そのため,解析関数の定義域を人為的に決めてかかるのは無意味になってしまいます.このあたりもまた,「関数概念には定義域が先行する」というディリクレに由来する観念をもってするのでは把握しがたいところです.
 閉曲線が単純とは,重複点,すなわち自分自身と交叉する点が存在しないことを意味しますが,普通,そのような閉曲線は「ジョルダンの閉曲線」と呼ばれています.
 さて,コーシーの積分定理から「コーシーの積分公式」と留数定理が即座に導き出されます.積分定理と留数定理を用いると,積分∫sinx/x dx (x=0からx=∞まで)やフレネル積分のようなむずかしい積分値が簡単に求められてしまいます.複素変数関数論を学ぶ際の醍醐味のひとつですが,コーシーの複素関数論自体,当初からこの状況をねらっていたのでした.求めようとする積分の形が複雑になると,微分計算の一覧表を見て不定積分を見つけるというコーシー以前の手法は適用しがたくなりますし,あらためて定積分の定義から作り直していくことが要請されるのではないかと思います.コーシーの心情を忖度しますと,コーシーにはコーシーの課題があったことが透けて見えるような感慨に襲われます.

解析概論の系譜64 ここまで書いてきて 回想(7) 広義積分(続)

 広義積分とは何かと簡明に問われたならば,どのように答えたらよいのでしょうか.コーシーは有界閉区間上の連続関数の定積分を考察しましたが,リーマンはなお一歩を進め,有界閉区間上の有界な関数の定積分を考察しました.有界閉区間上で考えるところは共通していますが,この場合,連続関数はつねに積分可能であるのに対し,有界関数は必ずしも連続ではありませんし,つねに積分可能とも言えませんので,リーマンがコーシーよりもさらに一般的な地点に進んだのは間違いありません.広く有界関数を相手にする場合には,可積分条件の探究という,新たな課題が課せられてきます.
 コーシーからリーマンへと足場を移した後に,さて広義積分とは,と考えますと,有界区間上の「有界ではない関数」,すなわち非有界関数はみな広義積分であり,前回例示した事例はこれに該当します.もうひとつの種類の広義積分は積分区間が有界ではない場合の積分で,有名な例を拾うと,
  ∫sinx/x dx (x=0からx=∞まで)
は広義積分です.被積分関数sin x/xはx=0に対する値が少々微妙ですが,lim(x→0)sin x/x=1となることに留意すると,この関数は有界であることがわかります.積分区間は数直線の右方に無限に伸びて行く区間[0, ∞)ですが,この区間上の積分の意味は,まずx=0からxまで積分を作り(これは有界閉区間上の連続関数の積分ですから,コーシーの定理により確定します),その後にx→∞として極限に移行します.その際,極限値が存在すれば,その極限値をもって積分∫sinx/x dx (x=0からx=∞まで)の値と定め,極限値が存在しないなら,この積分は収束しない,もしくは発散すると言い表わします.ここに例示した広義積分は収束し,積分値はπ/2になります.
 もうひとつの例を挙げると,積分
 ∫cos(x^2)dx, ∫cos(x^2)dx (x=0からx=+∞まで)
は広義積分ですが,ともに収束し,積分値はどちらも(1/2)√(π/2)です.この二つの積分はフレネル積分と呼ばれています.フレネルは1788年に生れ1827年に亡くなったフランスの数理物理学者です.コーシーは「ラプラース,ルジャンドル,ポアソン等が天文学又は物理学上の問題に関して種々の特殊なる定積分に遭遇した」と,高木貞治は述べていましたが,フレネルもまたラプラス,ルジャンドル,ポアソンたちの仲間に入れたいところです.

解析概論の系譜63 ここまで書いてきて 回想(6) コーシーの主値

 コーシーがコーシーの和の極限として定積分を定義しなければならなくなった事情を考えて,所見を述べたいと思うのですが,そのためには広義積分についてもう少し話を続けなければなりません.これも『解析概論』に出ている例ですが,積分
  ∫(1/x)dx(x=-1からx=1まで)
を考えると,被積分関数f(x)=1/xはx=0において値をもちませんから,やはり広義積分です.前の例の場合と同様に,この積分は,εは正の数として,
 lim(ε→0)∫(1/x)dx(x=-1からx=-εまで)
 +lim(ε→0)∫(1/x)dx(x=εからx=1まで)
と意味するものと理解して,収束するか否かを考えると,まずx<0の場所ではlog(-x)は1/xの原始関数ですから,
 lim(ε→0)∫(1/x)dx(x=-1からx=-εまで)
 =lim(ε→0)log(ε)-log(1)
 = lim(ε→0)log(ε)
となります.次にx>0の場所ではlogxが1/xの原始関数になりますから,εユは正の数として,
 lim(εユ→0)∫(1/x)dx(x=εユからx=1まで)
 =log(1)-lim(εユ→0)log(εユ)
 =-lim(εユ→0)log(εユ)
となります.よって,
 ∫(1/x)dx(x=-1からx=1まで)
 = lim(ε→0)log(ε) -lim(εユ→0)log(εユ)
となります.ところが対数関数log xはx=0において値を持ちませんから,右辺の二つの極限値はどちらも存在しません.これで広義積分∫(1/x)dx(x=-1からx=1まで)は収束しないことがわかりました.
 ところが,こんなふうにも考えられます.積分∫(1/x)dx(x=-1からx=1まで)は二つの極限値lim(ε→0)((-1/ε)+1) とlim(εユ→0)(1-(1/εユ))の和とひとまず規定され,その和は実は存在しないというのですが,それはεとεユが相互に無関係に減少していくからであり,もしそれらの間に特定の関係があれば,状勢は変化します.たとえば,ε=εユとすれば,
 lim(ε→0)log(ε) -lim(εユ→0)log(εユ)
 =lim(ε→0,εユ→0)log(ε/εユ)
 =log(1)=0
となって,積分値∫(1/x)dx(x=-1からx=1まで)=0が確定します.コーシーはこの値を「主値」と名づけました.
 より一般的に,aは任意の正数として,εとεユがε=aεユという関係を維持しつつ0に向かって減少sていくとすれば,
 lim(ε→0)log(ε) -lim(εユ→0)log(εユ)
 =lim(ε→0,εユ→0)log(ε/εユ)
 =log a
となって,積分値∫(1/x)dx(x=-1からx=1まで)=log aが確定します.しかもaは任意なのですから,この広義積分の値として取りうる数値は無数です.この積分は唯一の確定値をもたないという意味では不確定ですが,無限に多くの値を与えることが可能ですし,それらの中に「主値」という名で呼ばれる特別の値が混じっています.コーシーは,『要論』の序文において「不確定積分に与えることのできる無限に多くの値の中に,特別の注意を払う値打ちのあるものがひとつ存在する」と語っていましたが,この言葉の意味はこうしてすっかり明らかになりました.

解析概論の系譜62 ここまで書いてきて 回想(5) 広義積分

 解析概論の系譜を物語ろうとする試みも飽和状態に達したように思いましたので,もう一度全体を見渡して言葉が足りなかったところを少々補ったり,言及する機会のなかった重要事項を紹介するなど,言わば落ち穂拾いのようなことをしておしまいにするつもりだったのですが,コーシーの『解析教程』と『要論』から複素変数関数論へと話が展開して,終着点が見えなくなってしまいました.表題は「回想」となっていますが,あまり相応しくありません.当面のテーマはコーシーの複素関数論で,もう少し続きます.
 今日の複素変数関数論の起源を探索すると,特筆に値する三つの出来事が目に映じます.ひとつは対数の無限多価性の発見で,オイラーは負数と虚数の対数の考察を通じてこの認識に到達しました.この件についてはだいぶ前に語ったことがあります.第二の出来事はコーシーによる定積分の値の算出法の工夫ですが,今,それを話しつつあるところです.第三の出来事は,リーマンとヴァイエルシュトラスによる代数関数論の建設で,背景にはオイラーに淵源する長い物語が控えています.近代数学史の重要なテーマですので,これについては稿をあらためて語りたいと思います.
 さて,関数f(x)は実変数の実数値関数として,その定積分を考えるとき,この関数が連続で,しかも積分区間が有界閉区間であれば,積分値の算出は微積分の基本定理により遂行されます.すなわち,関数f(x)が連続の場合,そのひとつの原始関数F(x)を見つけると,
  ∫f(x)dx(x=aからx=bまで積分)=F(b)-F(a)
となります.これは今日の微積分のテキストの書かれている通りですし,これだけのことでしたら積分は無限小量f(x)dxの寄せ集めと考えておけば十分で,わざわざコーシーの和を持ち出して,その極限として定積分を定義する必要はありません.ですが,関数f(x)が連続ではない場合には,安直な計算が許されない事例にしばしば出会います.高木貞治の『解析概論』から簡単な一例を拾うと,関数F(x)=1/xは関数f(x)=-1/x^2の原始関数で,F(1)-F(-1)=2となります.ところが,f(x)の値はつねに負ですから,x=1からx=-1までのf(x)の積分値は負になるはずですから,等式
  ∫(-1/x^2)dx (x=-1からx=1まで)= F(1)-F(-1)
は不合理です.すなわち,この場合には微積分の基本定理は成立しません.関数f(x)はx=0において連続ではなく,x=0を含む区間において積分可能性が破れてしまうところに原因があるのですが,それならそのような関数の積分はどのようなものと考えたらよいのでしょうか.ここにいたって積分の観念の拡大ということが問題になってきます.
 積分∫(-1/x^2)dx (x=-1からx=1まで)でしたら,これを二つに分けて,x=-1からx=0までとx=0からx=1までの積分の和と考えます.正の小さい数εを取り,f(x)=-1/x^2のx=-1からx=-εまでの積分を考えると,これは存在します.そこで,その後にεを0に近づけていき,そのときもし極限値が存在するなら,その極限値をもって積分∫(-1/x^2)dx (x=-1からx=0まで)の数値と定めます.これが特異積分とか,広義積分とか,変格積分などと言われる積分です.ここで例示した例については,極限値
 ∫(-1/x^2)dx (x=-1からx=-εまで)=lim(ε→0)((-1/ε)+1)
が存在するか否かを検討することになりますが,これは発散してしまい,明らかに存在しませんから,広義積分積分∫(-1/x^2)dx (x=-1からx=0まで)は存在しません.この「存在しない」というところを指して,「発散する」とか「収束しない」などと言うこともあります.もう一つの右側の積分∫(-1/x^2)dx (x=0からx=1まで)についても事情は同様で,今度は極限値lim(ε'→0)(1-(1/ε'))の有無が問題になりますが,これは存在しませんから,広義積分∫(-1/x^2)dx (x=0からx=1まで)はやはり収束しません.
 積分∫(-1/x^2)dx (x=-1からx=1まで)は収束しない二つの広義積分の和ですから,やはり収束せず,積分値をもちません.
 他方,関数f(x)=x^(-1/3)やf(x)=x^(-2/3)のx=-1からx=1までの積分は広義積分ですが,これらは収束し,それぞれ積分値0, 6を持ちます.これを確かめるのは容易です.たとえばf(x)=x^(-1/3)は連続な原始関数F(x)=(3/2)x^(2/3)をもちますから,xが0に近づくときの極限値はlim(x→0)F(x)=0となります.よって,
 ∫(x^(-1/3))dx (x=-1からx=0まで)
 = lim(ε→0)∫(x^(-1/3))dx (x=-1からx=-εまで)
 =lim(ε→0)F(-ε)-F(-1)=...=3/2.
こんなふうに計算を進めていくと,懸案の積分値が算出されます.

解析概論の系譜61 ここまで書いてきて 回想(4) 不確定積分の主値と留数定理

 コーシーの論文「虚数限界間の定積分の論」が世に出たのは1825年のことで,この論文は今日のいわゆる「留数定理」がはじめて記述されたことで知られていますが,コーシーにとって留数定理は目的のための手段にすぎなかったと高木貞治は言っています.では目的は何であったのかというと,高木貞治の言葉をそのまま引くと,「ラプラース,ルジャンドル等に由って当時『知られている殆ど凡ての定積分及びその他の多く』を,複素積分の手段に由って手際よく計算して見せること」なのでした.
 複素数でしたら1821年の『解析教程』でもすでに語られていましたが,コーシーの目には今日の複素数もしくは虚数は数とも量とも映じなかったようで,単なる記号と見て「虚表示式」などと呼んでいました.それでも,留数定理を経て定積分の数値の算出に適用されて,ようやく「虚表示式」が意義をもちうる場面が現れました.ひょっとするとコーシーは『解析教程』の段階ですでに,ここまでの展開を展望していたのかもしれず,それならそれで驚嘆に値する出来事です.コーシーの和による定積分の定義は「実数限界間の定積分」にほかなりませんが,ここを出発点に定めたのも,その先に「虚数限界間の定積分」を見ていたからなのではないかとも考えられるところです.真実はおそらくそうだったのであろうと思います.
 定積分の数値計算の工夫は,「実数限界間の定積分」から「虚数限界間の定積分」に移る前に,『解析教程』に続く1823年の『要論』においてすでに現れていました.次に挙げるのは『要論』の緒言の末尾の言葉です.

《積分計算では,「積分」もしくは「原始関数」の諸性質を伝える前に,その存在を一般的に証明しておく必要があると私には思われた.これを達成するために,まずはじめに「与えられた限界の間で取られる積分」すなわち「定積分」の概念を確立しなければならなかった.》

 ここで語られているのは,定積分の概念は原始関数の存在証明のために必要であるというアイデアですが,これについては既述の通りです.有界な閉区間上の連続関数に対しては定積分が確定し,そこから原始関数の存在が導かれます.他方,積分区間が有界ではなかったり,積分区間内に関数の特異点が存在したりする場合には,広義積分と言われる積分が現れます.以下に引くコーシーの言葉では「特異定積分」と言われています.
 広義積分は収束して有限確定値を取ることもあれば,発散して無限大になったり,確定値をもたなかったりすることもあります.有限確定値をもたない場合には,積分の値は確定せず,無数の値を取りうることになりますが,それらの値のうち,コーシーは「主値」と呼ばれる特別の値に着目します.

《定積分はしばしば無限大になったり不確定であったりすることがありうるから,定積分はいかなる場合にただひとつの有限値を保持するのか,という論点の究明が不可欠であった.この問題を解決する一番簡単な方法は「特異定積分」を使うことである.特異定積分は第25講のテーマである.また,不確定積分に与えることのできる無限に多くの値の中に,特別の注意を払う値打ちのあるものがひとつ存在する.それはわれわれが「主値」と名づけた値である.特異定積分および不確定積分の主値の考察は,一群の諸問題の解決にあたって非常に有益である.この考察から,定積分の決定に有効性を発揮するおびただしい数の一般公式が導かれる.それらは,1841年に学士院に提出した一論文において与えた諸公式と似通っている.第34講と第39講において,この種の公式のひとつが,いくつかの定積分の数値決定にあたって適用される様子を目の当たりにするであろう.それらの数値のうちのいくつかはすでに知られているものである.》

 不確定積分の主値の考察により,多くの特異定積分の数値の決定が可能になります.これが,複素変数関数論に踏み込んでいく直前の時点でのコーシーの工夫です.

解析概論の系譜60 ここまで書いてきて 回想(3) コーシーの関数論

 複素変数の解析関数の理論は以前はよく「関数論」と略称されたものですが,このごろは複素解析という呼び名も目立つようになりました.複素解析は一変数と多変数に分かれますが,多変数の複素解析は岡潔先生が登場するまでは,個別の事象がいくつか発見されたという程度で,まとまりのある理論ではありませんでした.それで,単に関数論といえばたいていの場合,一変数関数論をを指し,その源泉を求めて歴史の流れをさかのぼると,コーシーとリーマンに出会います.この二人の数学者は定積分の概念規定の際にも,「コーシー-リーマンの和」を作る場面でいっしょに語られましたが,一変数関数論にも「コーシー-リーマンの微分方程式」という基本方程式があります.
 多変数関数論についてはいずれ時をあらためて語ることにして,以下しばらく関数論といえばつねに一変数関数論のことと諒解することにします.コーシーに「コーシーの定理」があれば,リーマンには「リーマン面」があり,ともに関数論の創始者の名に相応しい数学者ですが,関数論の建設に向かった契機は,コーシーとリーマンではまったく異なります.
 コーシーの関数論については高木貞治の言葉が参考になります.以下の挙げるのは『近世数学史談』の第14章「函数論縁起」の書き出しの言葉です.

《コーシーの業績の中で最も顕著なのは何と言っても函数論の創立であろう.函数論と言えば誰でも先ず第一にコーシーを連想する.しかしコーシーは初めから今日の所謂函数論を建設することを意識していたのではなくて,研究の動因は定積分の計算にあったのである.ラプラース,ルジャンドル,ポアソン等が天文学又は物理学上の問題に関して種々の特殊なる定積分に遭遇した.・・・コーシーはそれらの定積分が複素変数を用いることに由って統一的の方法に由って計算されることを看破した.1825年の論文「虚数限界間の定積分の論」はそれを示すことを目的として書かれたのである.》

 今日流布している関数論のテキストに沿って勉強を進めていくと,「コーシーの定理」を基礎として,そこからさまざまな命題が導かれていきますが,留数計算にいたってひとつの山場を迎えます.留数計算は留数解析などと呼ばれることもありますが,この計算法を用いると,どうしたら計算できるのか途方に暮れてしまうような定積分の値がたちまち求められてしまいます.コーシーは当初からそれをめざしていたのだというのが高木貞治の指摘ですが,これはその通りと思います.

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