コーシーを語る高木貞治の言葉の詰めの部分に耳を傾けたいと思います.以下の引用は『近世数学史談』から取りました.
《「綱要」も工芸学校に於ける講義に基づくものであるが,二学年に亘る講義の前半として微分法とそれに続いて積分法の一部分が述べてある.「教程」と同じく批判的に,微積分法の建て直しを試みたものである.既に「教程」に於て無限小及び極限の概念が確定されて,従来の「哲学的」と称して実は曖昧模糊であった成分が掃除されてしまうのだから,立脚点は確かなものである.微分法では平均値の定理
f(x+h)-f(x)=hf'(x+θh)
が基調を成し,積分法では定積分の存在証明が出発点になっている.一見すれば現今の微積分法教科書と同じようで甚だ平凡のようである.即ち反面から見れば,現今の微積分法はコーシーが与えた型を守りつつあるのである.》
コーシーの微分法の基調を作るのは平均値の定理と言われていますが,この場合,問題になるのは関数f(x)をどのようなものと考えるのかというところです.関数としてオイラーの解析的表示式を想定するのであれば,あまり煩雑な式であったり,理解するのに大きな困難の伴う式であったりすると困りますが,たいていの場合には平均値の定理は自明になり,証明する必要のない一事実として受け入れられるのではないかと思います.これに対し,一般的な微分可能関数f(x)を対象にする場合にはどのようになるでしょうか.今日の微積分のテキストを見ると,平均値の定理の対象となるのは,有界閉区間[a,b]において連続で,しかも開区間(a,b)において微分可能な関数f(x)です.平均値の定理の前にロールの定理がありますが,f(a)=f(b)=0という附加条件のもとで,f'(ξ)=0となる点ξが開区間(a,b)内に少なくともひとつ存在することが主張されます.平均値の定理は今日の微分法の根幹を作る基本定理ですが,ロールの定理から簡単に派生するのですから,ロールの定理こそ,基本中の基本の定理です.
それならロールの定理はどのように証明するのかといえば,証明の根幹は,「有界閉区間上の連続関数は必ず最大値と最小値を取る」という事実です.これはヴァイエルシュトラスの定理と呼ばれていますが,そのまた証明はというふうにさかのぼると,「実数の連続性」に突き当たり,そもそも実数とは何かという反省を強いられることになります.この全容がコーシーの段階ですでに完全に明らかにされたわけではありませんが,微積分を構築する新たな道筋をコーシーが開いたことは間違いなく,コーシー以降,コーシーが指し示した道を整備しようとする一連の作業が重ねられました.これは解析学の厳密化と呼ばれる出来事ですが,コーシーのアイデアに出発点を供給したロールの定理の初出を探索すると,実に1691年という時点にさかのぼります.無限解析の始まりを告げるライプニッツの二論文が公表されてまもないころであり,ヨハン・ベルヌーイがパリで無限解析を講義した年でもありました.