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解析概論の系譜21 ルベーグ積分

 関数f(x)は有界閉区間[a, b]上で有界として,コーシー・リーマンの意味で積分可能とすると,既述の通り,不定積分∫f(x)dxが定まります.これは無数の関数を象徴する記号ですが,この記号のもとに包摂されるどの二つの関数を取っても,それらの差はつねにある定数になります.
 今,ひとつの不定積分φ(x)=∫f(x)dx(積分の上限は不定数x,下限は区間[a, b]内の任意の数です)を取ると,φ(x)は連続関数です.不定積分の連続性という著しい事実ですが,微分可能とは限らないことは注目に値します.また,たとえ微分可能としてもその導関数がもとの関数f(x)に一致するとは限りません.万事がこんなふうで,関数概念が大きく一般化され,積分可能性の定義もまたそれに見合って非常に一般的に規定されましたので,どのような奇妙な現象が起るのか,予断を許さない状勢になりました.ひとつひとつの概念はきれいに表明されるのですが,内実に目を向けると,印象はかえって広漠としています.はじめに与えられた関数f(x)が連続の場合に限定すれば,その不定積分の導関数はもとの関数f(x)になり(微積分の基本定理),目に映じる光景は透明になります.この場合,不定積分はどれもみな原始関数であることになり,二つの概念は合致することになります.
 不定積分ではなく関数f(x)の導関数を考えると,その導関数は積分可能とは限りません.イタリアの数学者ヴィト・ヴォルテラ(1860-1940年)が1881年にそのような関数の例を与えました.「ルベーグ積分」で名高いフランスの数学者アンリ・ルベーグは1902年の学位論文「積分・長さ・面積」の中でヴォルテラの発見を取り上げて,こう言っています.

《ジョルダン氏(註.フランスの数学者カミーユ・ジョルダン)がそうしたように,リーマンが与えた積分の定義を採用するとき,積分可能ではない導関数が存在することが知られている.したがってリーマンが定義したような積分は積分計算の基本問題,すなわち,
  その導関数を知って,関数を見つけよ
という問題に対して,あらゆる場合において解決を与えてくれるわけではない.》

 「その導関数を知って,関数を見つけよ」という問いに答えるには不定積分を作ればよいのではないか,というのがコーシーの積分論の根幹をなすアイデアでした.ところが連続関数の世界を離れると,コーシーのアイデアをさえぎろうとする奇妙な関数の例が相次いで現れます.導関数が積分可能でも,その不定積分の中に元の関数が現れるとは限らないのですが,ヴォルテラの例はそもそも積分することのできない導関数が存在しうることを示しているのですから,微積分の基本定理は問題にすらなりえません.このような状勢を前に,ルベーグは,

《もっと広い範囲で積分が微分の逆演算になるような,積分の他の定義を探すのは自然なことのように思われる.》

という方針を打ち出しました.コーシーのアイデアを広い世界で生かすには,積分の可能な関数の世界それ自体を思い切って広く取ればよいのではないかというアイデアです.これがルベーグ積分のはじまりです.
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解析概論の系譜20 コーシーの積分論

不定積分と原始関数という言葉はよく聞きますが,名前は全然違うにもかかわらず指し示すものは非常に似通っていて,なかなか明確な区別がつきません.関数f(x)が与えられたとき,f(x)の原始関数というのはFユ(x)=f(x)となる関数F(x)のことでひとまずよいとして,不定積分については高木貞治の『解析概論』ではこんなふうに説明されています.積分∫f(x)dx(積分の範囲はaからxまで)の上の上限を変数とし,下の下限を定数とすれば,その定数をどうきめても,差はxに無関係です.すなわちf(x)が積分可能なる区間に属する任意の定数a, a'に関して等式
 ∫f(x)dx(a'→x)=∫f(x)dx(a→x)-∫f(x)dx(a→a')
が成立し,積分∫f(x)dx(a→a')はxに無関係です.そこで,「このように積分の下の限界なる定数を指定しない場合に,積分を限界なしに∫f(x)dxと書いて,それを不定積分という」というのです.積分の下限を決めないというのですから,不定積分は決まった値をもたず,無限に多くの関数を同時に表す奇妙な記号であることになります.ただし,不定積分∫f(x)dxに象徴される無数の関数の相互関係は無秩序ではなく,そのようなどの二つの関数も定数だけの相違しかありません.
 不定積分∫f(x)dxが意味をもちうるためには,はじめに提示された関数f(x)が積分可能でなければなりませんが,そうすると「積分可能」という観念に意味を付与しなければなりません.コーシーはこれを『要論』で遂行し,関数f(x)を使って作られるいわゆる「コーシーの和」の極限が存在するとき,f(x)は積分可能ということにするという方針を立てました.このアイデアはリーマンに継承されましたので,リーマンの寄与を重く見て,今では「コーシーの和」は「コーシー・リーマンの和」,コーシーが提案した積分の理論は「リーマン積分」と呼ばれています.この積分では積分の範囲は当初から定められ,指定された区間[a, b]の上で関数の積分を考えるのですから,積分∫f(x)dx(a→b)が確定するとき,その数値のことを「関数f(x)の区間[a, b]上の定積分」と呼びます.この呼称はコーシーの『要論』に出ているのが初出で,今日もそのまま使われています.
 ともあれ何らかの仕方で積分の理論が組み立てられて定積分の概念が定まると,その後にはじめて不定積分の概念が意味をもちうるようになります.定積分が先で,不定積分が後になるのがコーシーの流儀ですが,すべての元になるのは関数の概念で,しかもその関数概念が極度に一般化されていますので,コーシーが提示した基本方針を歩もうとすると,解明しなければならない数学上の問題がさまざまに発生します.
 コーシーの念頭にあった当初の問題は原始関数の存在証明を確立することで,そのために定積分の理論を構成しようというのですが,その際,コーシーが取り上げた関数は連続関数でした.ですが、理論的に見れば,積分の対象を連続関数に限定することに必然性があるわけではなく,基本となるコーシーの和が意味をもつ限りにおいて,守備範囲は広ければ広いほど汎用性があることになります.その範囲をどのように設定するのかということは,それ自体,ひとつの問題ですが,高木貞治の『解析概論』では,「さしあたり,考察の範囲を少しく拡大して,函数の有界性のみを仮定する」と前置きをしたうえで,有界閉区間[a, b]上の有界関数の積分の理論を作っています.この方針はリーマンと同じです.有界関数についてコーシーの和を作り,それが収束する否かを問題にするという順序になりますが,容易に確認できるのは,連続関数は積分可能であること,単調に増大もしくは減少する関数は(たとえ不連続点が無数に存在しても)積分可能であることで,これらは証明が記されています.単に有界であるだけでは積分可能とは限りませんが,その顕著な例として「ディリクレの関数」(区間[a, b]上の関数f(x)で,xが有理数ならf(x)=0,xが無理数ならf(x)=1と規定される関数)が挙げられています.必要かつ十分な可積分条件を書き下すのはむずかしく,『解析概論』の積分の章(第3章「積分法」)にはそこまでは記されていませんが,最後の第9章「ルベーグ積分」を参照すると,「不連続点が零集合を成すこと」という必要十分条件が出ています.それなら「零集合」とは何かというと,これは「ルベーグ測度が0である集合」という意味で,正確に理解するにはルベーグの積分論に分け入っていかなければなりません.

解析概論の系譜19 原始関数と不定積分

 ラグランジュはライプニッツの無限小解析とニュートンの流率法の根柢に深い関心を寄せ,無限小とは何か,流率とは何かという基本的な問いを問い,1797年,『解析関数の理論』という著作を書きました.この書名は略記で,フルタイトルは
 『微分計算の諸原理に関する解析関数の理論』
というのですが,「解析関数」という言葉が数学史上に登場したはじめではないかと思います.ラグランジュは1736年の年初1月にイタリアのトリノに生れた人ですから,このとき61歳でした.数学の個々の問題を解くことのほかに,理論の根幹にあって全体を支えている何物かに向けて絶えず心を惹かれるという内省的なタイプの数学者で,代数方程式の方面でも「方程式の代数的解法の省察」という大きな作品を書き,ガウス,アーベル,ガロアと続く代数方程式論を誘いました.『解析関数の理論』は1813年に第二版が刊行され,その際,ラグランジュ自身の手で大幅な増補改訂が行われました.1847年には第三版が刊行されています.
 『解析関数の理論』とは別に,ラグランジュは3年後の1800年に『関数計算講義』というもうひとつの著作を出しました.これは『解析関数の理論』の第一部への註記と補記を企図して執筆された作品で,1806年には大幅に増補された改訂新版が刊行されました.二冊の著作が相次いで刊行され,ともに増補改訂を重ねたのですが,解析概論の系譜という視点から見ると,オイラーの三部作に続く重要な位置を占めています.ところが,実際にはそれほど大きな反響を呼ばなかった模様ですし,かえってコーシーの批判を誘う結果になりました.
 このような次第ですので,コーシーの『解析教程』や『要論』について語るためにはラグランジュの著作を検討しておく作業が不可欠なのですが,現在,『要論』の緒言を読み進めているところですので,最後まで目を通しておきたいと思います.
 『要論』の緒言の後半では積分法に話が及びます.まずはじめに語られるのは「原始関数」の存在に関する話題です.コーシーはこう言っています.

《積分計算では,「積分」もしくは「原始関数」の諸性質を伝える前に,その存在を一般的に証明しておく必要があると私には思われた.これを達成するために,まずはじめに「与えられた限界の間で取られる積分」すなわち「定積分」の概念を確立しなければならなかった.》

原始関数のことでしたら高木貞治の『解析概論』にも出てきますが,それによれば,与えられた関数f(x)の原始関数というのは,「それを導関数とするような関数」,すなわちF'(x)=f(x)となる関数F(x)のことで,そのような関数が存在する場合,それを
  F(x)=∫f(x)dx
と表記します.高木貞治の『解析概論』のみならず,すべての微積分のテキストに出ている基本中の基本概念ですが,与えられた関数の原始関数ははたしていつでも存在するのだろうか,という問いを立てたのはコーシーがはじめてです.今日よく知られている解答は,「連続関数の原始関数は存在する」というもので,どのようにしてこれを証明するのかというと,依拠するのは定積分の理論です.すなわち,まずはじめに定積分の理論を作り,「連続関数は積分可能である」ことを証明します,すると,連続関数f(x)に対し,積分関数
  F(x)=∫f(x)dx (積分の下限は任意に設定し,上限は不定値xにします)
が確定しますが,なお一歩を進め,「F(x)は微分可能であり,しかもその導関数はf(x)になる」ことを証明するという手順を踏んでいきます.これで連続関数の原始関数の存在証明し完成しますが,最後の詰めの部分,すなわち,「積分して微分するともとにもどる」というところは「微積分の基本定理」と呼ばれています.
 ところで,原始関数とよく似た概念に「不定積分」があります.高木貞治の『解析概論』の記述では,一応,別の概念のようでもありますが,連続関数の場合には,その原始関数と不定積分は同じ意味になるとも記されていて混乱します.名前も全然違いますし,印象は非常に不可解です.

解析概論の系譜18 テイラ-級数

「テーラー展開」のテイラー(Brook Taylor, ブルック・テーラー,1685-1731)はイギリスの数学者ですが,テイラ-展開の特別の場合として「マクローリン展開」というのもあります.マクローリン(Colin Maclaurin,コリン・マクローリン,1698-1746)もイギリスの数学者で,テイラーと同じくニュートンの影響のもとで解析学の形成に寄与しました.ニュートンというと流率法という名のもとに微積分を創始した数学者ですが,ここではひとまず名前を挙げるだけにとどめておいて,コーシーの『要論』の続きを観察したいと思います.
 テイラ-展開というのは関数を局所的に表示する働きを示す無限級数で,関数値の近似計算の際によく使われますが,無限級数ですから収束の問題が発生します.関数の概念を極端に一般化したうえで,一個の実変数(習慣にしたがって「変数」と書きましたが,既述の通り,今日の関数概念では変数は実際には変化しません)の実数値関数y=f(x)を考えると,この関数をテイラ-級数に展開するのははたして可能なのかどうか,精密な議論を積み重ねていかなければなりません.何よりも無限回,すなわち何回でも自由に微分可能でなければなりません.その場合にはテイラ-級数の係数値が算出されテイラ-級数を書き下すことができますが,その級数は収束するとは限りませんし,収束するとしても,その極限がもとの関数とぴったり一致する保証はありません.無限級数を考えるときはいつもこの収束の問題がまといつきます.そこでコーシーは,「関数の無限級数展開が得られたとき,もしそれが収束しないのであれば放棄しなければならないと確信した」と所見を表明し,「テイラーの公式は積分計算のところに回さなければならなかった」というのです.
 関数をテイラ-級数という名の無限級数に展開するのではなく,有限個の項をもつ級数にとどめると,剰余項が現れます.その剰余項を表示する式はいろいろありますが,そのひとつに積分を用いる表示式があり,コーシーの『要論』ではそれを採用し,後半の積分計算の中で紹介しています.今日の微積分ではテイラ-展開は微分法のテーマにされるのが普通ですが,コーシーはそうしませんでした.その理由として,「大多数の幾何学者は,発散級数を使うことによって導かれていく諸結果は不確実であることに,今では同意している」こと,「テイラ-の定理により関数の収束級数への展開が与えられるように見えても,その級数の和は提示された関数とは根本的に異なっていることがある」ことを挙げています.いっそう根本的な理由として,「微分計算の諸原理とそのもっとも重要な応用の数々は,級数の介入がなくとも容易に説明可能である」ことが明言されているのですが,どうしてテイラ-の公式にこれほどこだわるのかというと,「『解析力学』の著者がこの公式をみずからの導関数の理論の基礎として採用した」からというのです.「『解析力学』の著者」とはラグランジュのことですが,この場面でコーシーの念頭にあったのは,ラグランジュの1797年の著作『解析関数の理論』です.この作品は,言わば「ラグランジュの解析概論」です.

解析概論の系譜17 コーシーの『要論』

コーシーの全集は第一系列と第二系列の二筋の系列で構成されています.第一系列は全12巻,第二系列は全15巻,計27巻という大きな全集で,刊行開始は1882年と記録されています.一番はじめに第一系列の巻1が出版され,それからえんえんと出版が続きました.大半は19世紀のうちに刊行されたのですが,最終巻の第二系列,巻15がようやく出版されて完結したのは1974年というのですから,つい最近の出来事です.『要論』は第二系列の巻16の前半に収録されていますが,この巻の後半を占めるのはコーシーのもうひとつの微分法のテキストです.それは『微分計算講義』という1829年の著作です.
 順を追って様子を見ることにして,まずはじめに『要論』の緒言に目を通してみたいと思います.『要論』はエコール・ポリテクニクでの2年間にわたる講義録の要約(レジュメ)です.講義の期間が2年ですから,著作も二冊にする考えで,「まず巻1を刊行する」と宣言されています.全部で20個の講義が配列され,前半の10個は微分計算,後半の10個は積分計算にあてられています.ここで採用された方法は従来の微積分のテキストと比べて多くの点で異なっていると明記されているところをみると,解析学の歴史に記録されることになる意欲的な試みであることを,本人も強く自覚していたのでしょう.『解析教程』では諸理論を厳密に展開するという方針が打ち出されました.他方,「無限小量を直接考察することから帰結する簡明さ」という言葉も語られています.そこで,厳密さと簡明さの折り合いをつけようとするところに,コーシーの工夫がありました.
 コーシーの工夫の要点は,テイラーの公式をどのように取り扱うべきか,というところにありました.テイラーは「テイラー展開」で知られる18世紀のイギリスの数学者です.

解析概論の系譜16 数学の抽象性について

曲線と関数の関係は微積分の根幹に触れる問題をはらみ,考えを突き詰めていくと,得体の知れない数学的状勢が現れて行く手をさえぎられてしまいます.今日ではひとまず関数概念を極端に一般化するという方針に出て,集合から集合への一価対応という,それ自体としては何の意味もない観念をまずはじめに提示します.一価対応を関数と呼ぶというだけのことですから,この概念に固有の意味は何もなく,ただ言葉があるのみにすぎません.今日の数学の基礎を作る諸概念はたいていみなこんなふうですから,概念の意味を問うても答はありません.このあたりの消息が,しばしば数学の抽象性と言われる所以なのかもしれません.ただし,単純で無意味な観念は意味を喪失している分だけ汎用性が高く,数学の世界の全体を透明化するのに有効なことがあり,しばしば抽象化の有効性として語られます.
 今日の数学の概念に意味はありませんが,どの基本概念も深刻な歴史を背負っています.関数概念については歴史的経緯を多少とも観察してきましたが,関数とは何か,と問うて,結局のところ,集合間の一価対応に帰着していったのは,それなりの理由があってのことでした.その理由には「意味」があり,オイラー,ラグランジュ,コーシー,ディリクレ,リーマン,ヴァイエルシュトラス等々,時代の変遷に連れて,各々の時代を代表する数学者たちが深刻な思索を積み重ねてきました.その終局の場において今日の局面が開かれてくるのですから,数学という学問を理解するために学ばなければならないのは,数学の創造に携わったひとりひとりの数学者の思索の姿です.数学と数学史を切り離すことのできないわけもそこにあります.
 もし歴史を捨象して,たとえば関数とは集合間の一価対応と学ぶだけに留まるなら,数学は安直な暗記ものにすぎないことになります.意味の欠如した簡単な諸概念を記憶し,単純で形式的な論理の鎖を追うだけですから,あらゆる数学はやすやすと理解することができます.ただし,何事かを学んだという実感は伴いません.
 コーシーの『解析教程』(1821年)に話をもどすと,この作品の正確な書名は
『王立諸工芸学校(エコール・ポリテクニク)の解析教程 第一部 代数解析』.
というのですが,内容は,極限の概念の導入,関数の連続性,級数の収束性の判定などに終始して,微分も積分も語られません.言わば解析教程の前史というべき作品です.書名に「第一部」とあるように,コーシーは続篇を企画していたようで,恐らく第二部,第三部と続けていって微分や積分の理論を繰り広げる考えをもっていたのであろうと推定されます.実際にはそのようにはなりませんでしたが,その代わり,二年後に
  『無限小計算講義要論』(1823年)
という作品を出版しました.「要論」はフランス語の「re'sume'(レジュメ)」の訳語ですが,正式な書名は
 『王立諸工芸学校(エコール・ポリテクニク)で行われた無限小計算についての講義の要論 第一巻』
というのです.『解析教程』の続篇の簡約版のような感じの作品で,やはりエコール・ポリテクニクにおける講義録であり,微分と積分が取り上げられています.「第一巻」と明記されていますが,第二巻は現れませんでした.

解析概論の系譜15 曲線と関数(続)

曲線を語る『解析概論』の記述は続き,イタリアの数学者ジョゼッペ・ペアノが1890年に発見した「ペアノ曲線」が紹介されています.それは,平面上の正方形の内部の点をすべてもれなく通過する連続曲線,言わば「平面領域を埋め尽くす曲線」です.直線は一次元という素朴なイメージがありますから,このような曲線は直観に大きく反し,いかにも奇妙です.ただし,ペアノ曲線には無数の重複点をもっています.
 ペアノ曲線を紹介した高木貞治は,「このような曲線は迷惑である.上記の定義は曲線の定義として,あまりに広汎に過ぎるのである」と言い添えましたが,曲線というものの範疇が極端に広がってしまうのは,関数概念が広すぎるところに原因があるのですから,連続関数をもって連続曲線を把握しようとする立場をとる限り仕方のないことで,高木貞治が「自縄自縛」という通りの現象です.
 ペアノ曲線に続いてヒルベルトもまた同種の曲線を見つけました.それは「ヒルベルト曲線」と呼ばれる曲線で,高木貞治の『解析概論』には見られませんが,ピカールの『解析概論』には出ています.グルサの『解析教程』にはペアノ曲線の紹介はありますが,ヒルベルト曲線については脚註に文献が記載されているのみにとどまっています.このようなところも高木貞治の『解析概論』はピカールよりグルサに似ています.
 関数をもって曲線を制御するというアイデアは今日ではごく普通に受け入れられていますが,微積分の歴史を回想すると順序は逆で,微積分の草創期の数学者たちはだれも,曲線とは何かとは考えませんでした.ロピタルのテキストの冒頭に曲線を語る言葉が出ていますが,それによると曲線とは「無限に小さい辺をつなげて形成される無限多角形」のこととされています.辺々はつながっていると想定されているように見えますから,連続曲線が考えられていることがわかります.曲線上の任意の点Pを指定すると,上記のような観点に立てば,点Pを含むひとつの辺が必ず存在します.それは無限に小さい線分ですが.それを限りなく延長して生成される直線は,点Pにおける曲線の接線にほかなりません.
 「無限小の辺をもつ無限多角形」という曲線のとらえ方は,そのように曲線を観察するという立場を打ち出したということであり,曲線を定義したのではありません.あくまでも仮想上の観念であり,正しいか否かは問うところではなく,そのように見れば微分法を適用して接線を引く道筋が見えてくるということにすぎません.関数の概念がない時代にすでに多種多様な曲線が見つかっていましたし,それらを「無限小の辺をもつ無限多角形」と思うことにして微分法を適用すれば,接線を正しく引くのはいつでも可能です.
 これに対し,オイラーはまずはじめに関数概念を導入し,曲線を関数のグラフとしてとらえ,関数の諸性質に基づいて曲線の諸性質を認識しようと試みました.その際,オイラーが提案した関数は「解析的な式」だったのですが,既知の曲線はどれもみな適当な解析的式により把握することができました.解析的式というものの一般概念はありませんが,既存の曲線を理解することができる程度のものを念頭におけばよいのですから,一般的な定義など,オイラーには不要だったにちがいありません.オイラーの段階では関数が先に出てきますが,それでもなおオイラーが提案したのは曲線の新しい把握の仕方なのであり,曲線というものを定義したのではありません.

解析概論の系譜14 曲線と関数

関数概念の諸相を追って,グルサ,コーシー,フーリエ,ディリクレと観察を続けてきましたが,コーシーはオイラーの第二の関数が継承され,フーリエ,ディリクレ,グルサには同じオイラーの第三の関数の概念が連綿と生き続けていることがわかりました.概念の一般性に着目すれば,第二の関数より第三の関数の方がはるかに一般的ですから,概念の広がる範囲を思い切って広く取り,第三の関数概念を関数と見ることにすれば,あれこれの関数はみなひとつの概念に統合されてしまいます.そのうえでさらに一般性を追究していけば,変化量も変数も消失し,『シュヴァルツ解析学』に見られるように,「集合から集合への一価対応」という関数概念に到達するほかはありません.対応の一価性を要請するのはディリクレを嚆矢としますが,なぜディリクレがそうしたのかという問いは興味深い論点になりえます.確実なことはまだ言えません.
 関数概念については,ラグランジュの関数や代数関数のことなど,なお検討を加えなければならない事柄がいくつもありますが,ここで曲線の概念に目を向けてみたいと思います.微積分の草創期に現れたロピタルのテキストは『曲線の理解のための無限小解析』というもので,書名に「曲線」の一語がすでに明記されていたことが思い出されます.ロピタルにとって曲線は天与の概念であり,ロピタルの微積分は(ということは,ヨハン・ベルヌーイの微積分というのと同じですが)曲線の諸性質を深く認識するために編み出された数学の理論なのでした.曲線とは何かという問いはロピタルにもライプニッツにもヨハン・ベルヌーイにもなく,かえって奇妙な形状の曲線が次々と発見され,提案された時代でした.
 オイラーの『無限解析序説』のテーマもまた曲線を理解することであり,この点はロピタルと同じです.オイラーは目的を達成するために関数の概念を導入しました.曲線は天与のものであるというところも同じですが,関数概念が進展するのにつれて曲線と関数の主客が転倒し,曲線は関数を通じて規定されるようになりました.高木貞治の『解析概論』の第1章に曲線の概念が出ています.

《然らば曲線とは何をいうか.我々は解析学において便宜上幾何学的の用語を使うけれども,空間的の直観を論理の根拠とはしないつもりだから,このような問題が生ずる.》
《今かりに次のように曲線の定義を立ててみる(二次元).
 媒介変数tは閉区間a≦t≦bにおいて変動し,x=φ(t), y=ψ(t)はtの連続函数なるとき,点P=(x, y)の軌跡が一つの曲線である.起点A=(φ(a), ψ(a))と終点B=(φ(b), ψ(b))とを連結する一つの曲線である.》
《我々が直観的に連続なる線(註.ここに脚註が附されています.「文字に拘泥しないで線を曲線(curve)という.直線も曲線の中へ特別の場合として入れる」)》と考えるものは皆この定義に適合するが,逆は真でない.すなわち,この定義に適合するものをすべて線というならば,意外なものが線の名の下に包括されてしまう.(自縄自縛!)》

ここで規定されているのは連続曲線の概念です.

解析概論の系譜13 ディリクレの関数概念

フーリエの作品『熱の解析的理論』はディリクレやリーマンの研究を誘い,フーリエ解析の誕生という大きな果実を近代数学史にもたらしましたが,関数概念の形成という視点から見ても重要さははかりしれません.1837年のディリクレの論文
「まったく任意の関数の,正弦級数と余弦級数による表示について」
はフーリエ級数をテーマにしていますが,冒頭に関数の概念が登場します.すなわち,変数yが変数xの関数であるというのは,「どのxに対しても,ただひとつの有限なyが対応する」という状勢を指しているのであり,しかもこの場合,「yがこの区間の全域において同じ規則でxに依存する必要はまったくない」というのです.要請されているのは,完全に任意の対応関係のみであり,そのうえx に対応するyは「ただひとつ」であること,すなわち対応の一価性が明記されています.『シュヴァルツ解析学』に見られる今日の関数概念は「集合から集合への一価対応」でしたが,集合という言葉こそ使われていないものの,ディリクレの関数は今日の関数と本質的に同等です.ディリクレの関数こそ,今日の関数に課される一価性の要請の淵源です.
 ここで,xとyはどちらも実数を表す記号であり,個々の実数xに対してある実数yが対応する規則を考えるというのですから,ディリクレの関数は,実数の集合からjっ数の集合への一価対応にほかならず,xとyを変化量と呼ぶのも変数と呼ぶのももはやどちらも相応しくありません.
 ディリクレはこんな関数概念を早くから手にしていたようで,1829年のディリクレの論文
「与えられた限界の間の任意の関数を表示するのに用いられる三角級数の収束について」
にはいわゆる「ディリクレの関数φ(x)」が紹介されています.それは,「xが有理数のときはある定数cに等しく,xが無理数のときは他の定値dに等しい」というふうに規定される関数ですが,今日の微積分のテキストではしばしばc=0,d=1と設定されます.また,xの範囲を有界閉区間[0, 1]に限定すると,ディリクレの関数はこの区間上でリーマン積分は不可能ですが,ルベーグ積分は可能で,その積分値は1になりますので,ルベーグ可積分関数の方がリーマン可積分関数よりも範囲が広いことを端的に示す例として,ルベーグ積分のテキストにも登場します.
 普通,「ディリクレの関数」というと,この関数φ(x)を指すのですが,ここではディリクレの関数という言葉を「ディリクレが導入した関数概念」という意味合いで用いました.

解析概論の系譜12 フーリエの関数(2)

曲線をもって関数を認識しようとするフーリエの言葉は,『熱の解析的理論』の随所に見られます.次に挙げるのも第3章,第6節からの引用です.

《それゆえ,弧の倍数の正弦や余弦を用いて作られる級数は,定められた限界の間において,およそ考えられる限りのあらゆる関数を表したり,不連続性をもつ線や面の縦座標を表すのに適している.展開の可能性が明らかにされただけでなく,級数の諸項を計算するのも簡単である.等式
φ(x)=a_1 sinx+a_2 sin 2x+a_3 sin 3x+...+a_i sin ix+...
において,任意の係数の値は定まった積分値,すなわち
  (2/π)∫φ(x) sin ix dx
の値である.関数φ(x)にかかわらず,すなわち,それを表す曲線の形がどうあろうと,この積分は微分積分計算に取り入れることのできる一定値をもつ.このような定まった積分値は,ある与えられた区間において曲線と軸に挟まれた領域の総面積∫φ(x)dxの値や,この領域の重心あるいは何らかの固体の重心の縦座標のような力学的量の値に類似している.こうした量は,物体の形に規則性が認められようが,まったく任意の形が与えられていようが,指定可能な値をもつことは明らかである.》(第229節より)

「関数φ(x)にかかわらず,すなわち,それを表す曲線の形がどうあろうと...」という言葉が,フーリエの関数概念を知りたいと願うぼくらの耳に強く響きます.関数が曲線を表すのではなく,逆に曲線が関数を表すというのです.次に引く言葉でも,同主旨の認識が繰り返されています.

《関数を三角級数に展開することに関して,この節で証明されたすべてのことから帰結する事柄は次の通りである.すなわち,関数f(x)が提示され,その値がx=0からx=Xまでの一定区間において任意に描かれた曲線の縦座標によって表されるとすれば,この関数はつねに,弧の倍数の正弦だけを含む級数や余弦だけを含む級数,あるいは正弦と余弦を含む級数,またあるいは弧の奇数倍の余弦だけを含む級数に展開することができる.》(第235節より)

注目に値するのは,「関数f(x)が提示され,その値がx=0からx=Xまでの一定区間において任意に描かれた曲線の縦座標によって表される」というところです.平面上に任意の曲線Cが描かれているとして,同じ平面上に,「軸」と呼ばれる一本の直線Lをやはり任意に引いてみます.軸L上に,「始点」と呼ばれる点Aを任意の位置に指定すると,直線Lは始点Aにより二分されますから,一方の側を「正」,もう一方の側を「負」と定めます.直線L上の任意の点Pに対し,始点AからPまでの線分APの長さを測定し,Pが軸Lの正の側にあればその長さそのものをxと定め,Pが軸Lの負の側にあれば,その長さに負の符合つけたものをxと定めます.オイラーはこのxを点Pの切除線と名づけましたが,切除線というのはオイラー研究所の独自の訳語であり,一般に行われているのは「横線」という訳語です.
 さて,曲線C上の任意の点Mから直線Cに向かって,つねに一定の角度をもって線分を降ろし(垂線を降ろすことが多いです),軸との交点Pを定め,線分MPの長さを測定してみます.平面全体は軸Lにより二分されますから,軸の場合と同様に,「正の側」と「負の側」の区別が意味をもちます.点Mが正の側にあれば,線分MPの長さそのものをyと定め,そうでなければ線分MPの長さに負の符合をつけたものをyと定めます.このyが曲線Cの「向軸線」ですが,流通している訳語は「縦線」です.ともあれこれで,軸L上の切除線xと曲線Cから軸に向かう向軸線yの間に連絡がつきました.
 軸L上の切除線から出発すると,曲線Cを媒介として「関数」が認識されます.軸L上に点Pを任意に定め,その切除線をxとします.点Pを通り,軸Lとつねに一定の角度(たとえば直角)で交叉する直線を引き,曲線Cとの交点を採集し,その向軸線をyとします.このyがフーリエの言う「曲線の縦座標によって表される関数」であり,切除線xに応じて定まるのですから,yはxの関数です.すでにオイラーが提案していた関数(第三の関数)ですから,フーリエはオイラーを踏襲していることがわかります.
 交点は一個とは限らず,複数個のこともあり,しかも無限に多くの交点が見つかることもありえます.他方,交点がひとつも存在しないこともあります.交点が存在する場合には向軸線yが定まりますが,交点は一個とは限りませんので,一般にyは多価関数になります.今日の関数の定義では「一価性」が要請されていますが,オイラーとフーリエの関数はまだ一価とは限りません.

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