オイラー積分のはじまりは,その名の示す通り,オイラーにさかのぼります.オイラーの無限解析の世界では積分というのは微分の「寄せ集め」にほかならず,一般にXdxという形の無限小量を寄せ集めてできる有限変化量yを微分Xdxの積分と呼び,
y=∫Xdx
と表すのでした.ここで,Xはオイラーの言う意味における関数を表すのですが,その場合,第一の関数,すなわち解析的表示式のことと理解しておくのがよいと思います.コーシー以降の「定積分」のように積分の範囲というのは決まっているわけではなく,コーシー以降に定着した用語を用いるなら,オイラーの言う「積分」はコーシー以降のいわゆる「不定積分」に相当します.
微分Xdxの積分yを規定するものは微分方程式dy=Xdxのみですから,積分yには任意性があり,無数の積分が存在しますが,どの二つの積分の差を作っても,つねに定量になります.そこで,aは定値として「x=aに対応して値y=0を取る」という条件を課せば,この条件のもとで積分yはただひとつに定まります.そのyを表示するのに,今日の定積分の記号を用いるのはよいアイデアと思います.
積分
y=∫Xdx(x=aからxまで)
において,積分の上限xに特定の値を指定すると,「積分の確定値」が定まります.オイラーはそのような個々の値を指して,「積分の定まった値」と読んでいるのですが,これはすなわち「定積分」と同じ言葉です.オイラーは解析的表示式Xとして変化量xの代数関数を取り,積分の上限を適宜指定して,一系の定積分の値を組織的に算出する試みを続けていくつものおもしろい現象を発見しました.
一例として
X=√(1-x^2),a=-1
と定め,積分の上限としてx=+1を取ると,定積分
∫√(1-x^2)dx(x=-1からx=+1まで)
は半径1の半円の面積,すなわちπ/2を表します.また,
X=1/√(1-x^2),a=-1
と定め,積分の上限としてやはりx=+1を取ると,定積分
∫1/√(1-x^2) (x=-1からx=+1まで)
は半径1の半円の弧長,すなわちπを表します.X=1/√(1-x^2)はx=-1とx=+1において有限値をもちませんから,この弧長積分は通常の定積分ではなく,広義積分になります(ただし,もちろんオイラーがそのように呼んでいるわけではありません).このような定積分の総称を「オイラー積分」と呼ぶのですが,この呼称はルジャンドルによる提案です.
オイラーは膨大な個数のオイラー積分の数値を算出しましたが,これを受けてルジャンドルは「ガンマ関数」という名の定積分を導入しました.ルジャンドルの後,同じフランスの数学者ビネは「ベータ関数」を導入しました.ベータ関数も定積分であり,ガンマ関数との間に密接な関連が存在します.ガンマ関数とベータ関数から出発すると,数々のオイラー積分の値が非常に簡明に,しかも組織的に求めることが可能になりますが,ルジャンドルとビネはまさしくそのような状勢を目指していたのでした.そこで今日では「オイラー積分」と言えばガンマ関数とベ−タ関数の二つを指す習慣がほぼ定着しています.
ルジャンドルとビネの関心はオイラーが到達した諸結果を見通しよく観察することにありましたが,もうひとつ,オイラー積分の範疇を大幅に拡大するという道があります.それはガウス,アーベル,ヤコビが切り開いた道ですが,わけても驚嘆に値するのはアーベルです.アーベルは楕円積分から出発して急速に遠くまで歩を進め,完全に一般的な代数関数の積分を考察する地点に達しました.そこで今日では,代数関数の積分に対して「アーベル積分」という呼称が与えられています.
アーベル積分の理論の実相に立ち入ると,複素変数が自在に働いている光景が目に映じます.代数関数は複素変数の関数として考察され,アーベル積分もまた複素積分として取り扱われるのですが,ヴァイエルシュトラスとリーマンにいたり,「ヤコビの逆問題」の解決という大きな果実が実りました.これが複素変数関数論の第三の契機です.
一変数の複素変数関数論の三つの契機が出揃ったところで,代数関数論の建設過程や多変数関数論のはじまりなど,続いて語るべき大きな物語の輪郭が浮かび上がってきました.「解析概論の系譜」はひとまずここまでとして,次の機会の訪れを待ちたいと思います.