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解析概論の系譜74 ここまで書いてきて 回想(17) オイラー積分

 オイラー積分のはじまりは,その名の示す通り,オイラーにさかのぼります.オイラーの無限解析の世界では積分というのは微分の「寄せ集め」にほかならず,一般にXdxという形の無限小量を寄せ集めてできる有限変化量yを微分Xdxの積分と呼び,
  y=∫Xdx
と表すのでした.ここで,Xはオイラーの言う意味における関数を表すのですが,その場合,第一の関数,すなわち解析的表示式のことと理解しておくのがよいと思います.コーシー以降の「定積分」のように積分の範囲というのは決まっているわけではなく,コーシー以降に定着した用語を用いるなら,オイラーの言う「積分」はコーシー以降のいわゆる「不定積分」に相当します.
 微分Xdxの積分yを規定するものは微分方程式dy=Xdxのみですから,積分yには任意性があり,無数の積分が存在しますが,どの二つの積分の差を作っても,つねに定量になります.そこで,aは定値として「x=aに対応して値y=0を取る」という条件を課せば,この条件のもとで積分yはただひとつに定まります.そのyを表示するのに,今日の定積分の記号を用いるのはよいアイデアと思います.
 積分
  y=∫Xdx(x=aからxまで)
において,積分の上限xに特定の値を指定すると,「積分の確定値」が定まります.オイラーはそのような個々の値を指して,「積分の定まった値」と読んでいるのですが,これはすなわち「定積分」と同じ言葉です.オイラーは解析的表示式Xとして変化量xの代数関数を取り,積分の上限を適宜指定して,一系の定積分の値を組織的に算出する試みを続けていくつものおもしろい現象を発見しました.
 一例として
  X=√(1-x^2),a=-1
と定め,積分の上限としてx=+1を取ると,定積分
  ∫√(1-x^2)dx(x=-1からx=+1まで)
は半径1の半円の面積,すなわちπ/2を表します.また,
  X=1/√(1-x^2),a=-1
と定め,積分の上限としてやはりx=+1を取ると,定積分
  ∫1/√(1-x^2) (x=-1からx=+1まで)
は半径1の半円の弧長,すなわちπを表します.X=1/√(1-x^2)はx=-1とx=+1において有限値をもちませんから,この弧長積分は通常の定積分ではなく,広義積分になります(ただし,もちろんオイラーがそのように呼んでいるわけではありません).このような定積分の総称を「オイラー積分」と呼ぶのですが,この呼称はルジャンドルによる提案です.
 オイラーは膨大な個数のオイラー積分の数値を算出しましたが,これを受けてルジャンドルは「ガンマ関数」という名の定積分を導入しました.ルジャンドルの後,同じフランスの数学者ビネは「ベータ関数」を導入しました.ベータ関数も定積分であり,ガンマ関数との間に密接な関連が存在します.ガンマ関数とベータ関数から出発すると,数々のオイラー積分の値が非常に簡明に,しかも組織的に求めることが可能になりますが,ルジャンドルとビネはまさしくそのような状勢を目指していたのでした.そこで今日では「オイラー積分」と言えばガンマ関数とベ-タ関数の二つを指す習慣がほぼ定着しています.
 ルジャンドルとビネの関心はオイラーが到達した諸結果を見通しよく観察することにありましたが,もうひとつ,オイラー積分の範疇を大幅に拡大するという道があります.それはガウス,アーベル,ヤコビが切り開いた道ですが,わけても驚嘆に値するのはアーベルです.アーベルは楕円積分から出発して急速に遠くまで歩を進め,完全に一般的な代数関数の積分を考察する地点に達しました.そこで今日では,代数関数の積分に対して「アーベル積分」という呼称が与えられています.
 アーベル積分の理論の実相に立ち入ると,複素変数が自在に働いている光景が目に映じます.代数関数は複素変数の関数として考察され,アーベル積分もまた複素積分として取り扱われるのですが,ヴァイエルシュトラスとリーマンにいたり,「ヤコビの逆問題」の解決という大きな果実が実りました.これが複素変数関数論の第三の契機です.

 一変数の複素変数関数論の三つの契機が出揃ったところで,代数関数論の建設過程や多変数関数論のはじまりなど,続いて語るべき大きな物語の輪郭が浮かび上がってきました.「解析概論の系譜」はひとまずここまでとして,次の機会の訪れを待ちたいと思います.
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解析概論の系譜73 ここまで書いてきて 回想(16) 複素変数関数論の三つの泉

 複素変数関数論のはじまりを訪ねると三つの源泉に行き当たります.ひとつは,負数と虚数の対数とは何か,という問いに対するオイラーの解答の試みで,オイラーは対数の無限多価性を正しく探り当てました.もうひとつは,虚の限界の間の定積分を考察することにより,さまざまな実定積分の数値を算出しようとするコーシーのアイデアでした.さらにもうひとつ,複素変数関数論の第三の源泉は,リーマンとヴァイエルシュトラスの代数関数論です.
 リーマンとヴァイエルシュトラスの代数関数論の場合,対象となる代数関数は一変数の代数関数なのですが,「ヤコビの逆問題」という,理論の成否を左右する基本問題があり,その解決を通じて認識されるのは,「アーベル関数」と呼ばれる多変数の解析関数です.多変数函数論はこのあたりに淵源します.
 解析概論の系譜を語ろうとしていつしかこのような場所にたどりついたのですが,当初の状況を回想すると,19世紀の末から20世紀のはじめの時期に相次いで現れた微積分のテキストを概観しようとするところから始まったのでした.その際,グルサの『解析教程』やピカールの『解析概論』の名が列挙され,グルサのテキストは高木貞治の『解析概論』のモデルと見られることを語りました.高木貞治の本ばかりではなく,グルサのテキストはグルサ以降のさまざまなテキストの範例になったのではないかと思われますし,今でも精読する値打ちがあります.
 ピカールの『解析概論』については多くを語りませんでしたが,それにはわけがあります.たいていの微積分のテキストはまずはじめに微分法から説き起こされ,次に積分法に進むのですが,このスタイルはヨハン・ベルヌーイの講義録もそうでしたし,コーシーの『解析教程』にも踏襲されました.もっと前に立ち返るなら,微積分の発見を報告するライプニッツの二論文も,まずはじめに微分計算が説かれ,次に積分計算が語られました.ところがピカールのテキストは様子が違い,巻1の冒頭に真っ先に現れるのは積分法で,しかもその積分法の「積分」というのは,代数関数の積分,すなわち「アーベル積分」です.『解析概論』の名のもとに代数関数論が大きな位置を占めているのですから,単純な微積分のテキストとは言えず,非常に意外な事態です.ではありますが,実はグルサのテキストでも代数関数論は主だったテーマになっています.一変数の代数関数論は19世紀の数学史の精華であり,複素変数関数論が生き生きと活躍する舞台なのですから,19世紀と20世紀の境目の時期に現れた解析学のテキストの主題になるのは当然のことなのかもしれませんが,今日,代数関数論を展開する微積分のテキストは存在しないのではないかと思います.高木貞治の『解析概論』もこの点は踏襲しませんでした.

解析概論の系譜72 ここまで書いてきて 回想(15) 解析関数の発見

 「回想」と題してあれこれと書き綴ってきて,今回でもう15回目になりました.関数の概念を理解することは,昔,高木貞治の『解析概論』や『シュヴァルツ解析学』をはじめて読み始めたころからの懸案だったのですが,オイラーの由来する三つの関数概念を知って,だんだんと考えがまとまってきました.一般的に言うと,数学の概念というのは,何かしら普遍的な性格をもつ「正しい概念」があるかのように思っていたのですが,これは大きな勘違いでした.今日の関数は集合から集合への一価対応と規定されていますが,これはこれで現在の数学の状況が要請する関数の姿なのであり,これから先もずっとこのままとは考えられません.それに,かつて行われた関数概念に欠陥があったというわけでもありません.このあたりの消息は,オイラーがどうして関数の概念を無限解析に持ち込んだのかという諸事情の理解が深まるのに連れて,ごく自然に飲み込めてきました.数学という学問は古いものから新しいものへと単調に進んでいくというふうな単純な学問ではなく,17世紀のフェルマにも,18世紀のオイラーにも,19世紀のガウスにも,それぞれ固有の価値が備わっているのであり,草創期の曖昧模糊とした無限解析が単に厳密化して今日の微積分になったというふうな評価は決してあてはまりません.
 さて、オイラーが導入した三種類の関数概念は,どれも明確なねらいをもっています.解析的表示式という第一の関数は一番特殊に見えますが,オイラーの眼前に去来するさまざまな曲線を理解するにはこれで十分でした.任意に描かれた曲線により規定される関数という第二の関数は,抽象的な一価対応という今日の関数概念の固定された二点間に張られた弦の振動を,任意に設定された初期条件のもとで記述する目的にかなっています.最後に,抽象的な変化量と変化量の相互関係に着目する第三の関数概念は,「大砲から打ち出される砲弾の軌跡」のような力学的現象を解明するのに最も適しています.オイラーにとって関数というのはそうしたもので,眼目は数学の世界に生起する諸現象を理解することにあるのであり,概念の方は目的に合わせて自在に変容します.このようなオイラーの数学はさながら「数学的自然学」であるかのようで,物理学や化学や天文学のような自然諸科学とよく学問の姿形がよく似ています.
 ところが,解析関数と呼ばれる関数にはきわめて特異な性質が備わっています.解析関数は変数を複素数に拡大して考えるのが本当ですが,複素解析関数には解析接続という現象が伴っています.その結果,各々の解析関数は固有の自然存在域をもつことになりますので,今日の関数概念のように,定義域をあらかじめ設定するのは無意味になってしまいます.どんなに小さな場所で解析関数が与えられたとしても,その場所は,与えられた解析関数の自然存在域の断片にすぎません.
 複素解析関数は何らかの特定の数学的現象を理解するために導入された関数ではなく,天然自然に存在する数学のオブジェクトです.

解析概論の系譜71 ここまで書いてきて 回想(14) 揺籃期へもあこがれ

 コーシー以前の微積分の計算は無限小量や無限大量を自由に使い,非常に簡明でした.それが,コーシー以後になると計算を進めるうえで細かい配慮が必要になり,各種の定理を適用しようとするたびに,諸条件が満たされるかどうか,そのつど確認しなければならなくなりました.コーシー以前はそんなことを気にかけないで計算していたのですが,それでなぜさしつかえなかったかといえば,コーシー以降の用語を用いるなら,計算の対象となる関数の範疇が限定されていたからでした.微分するときは微分可能性は十分に高い階数まで許されていることにして,積分するときは基本的に連続関数の域を出ることはないことにしておけば,問題は生じません.計算の根柢を支えるのは微積分の基本定理ですから,この定理が成立する世界を想定することになりますが,それはおおむね連続関数の世界であることを明らかにしたところに,コーシーの偉大な功績がありました.
 コーシー以降に組み立てられた精密な微積分の世界にはもう無限小量や無限大量は存在しませんから,草創期に論議を呼んだ基礎概念にまつわる疑問の数々は消失しましたし,逆にコーシー以降の世界に身を置いてコーシー以前を眺めれば,いかにも曖昧模糊とした印象を与えることもないとは言えません.そこで,コーシー以前は基礎概念への反省がなかったとか,コーシー以前は無限級数の収束性に関心が払われていなかったとか,コーシー以後になって曖昧な微積分が厳密になり,ようやく安全な微積分ができあがったなどという批評がしばしばなされます.ですが,コーシー以降の新展開が要請されたのは関数概念が無際限に拡大してしまったためなのであり,自由自在な計算を繰り広げることに漫然と不安に駆られたりしたためではありません.
 コーシー以前の世界のすべてがコーシー以降の世界に吸収されてしまったわけでもなく,かえって大きく失われた事物が目立ちます.平面領域の面積を算出するのに,今日の微積分では内接する多角形の増大列や外接する多角形の減少列を作って近似したりしますが,コーシー以前には無限小部分の面積,すなわち面積要素を算出し,その後にそれらを寄せ集めていました.また,曲線の弧長を算出するには,曲線を折れ線で近似し,折れ線の辺数を増大させていくという手順を通じて弧長積分を導出しますが,コーシー以前には微分計算により無限小部分の弧長,すなわち線素を求め,その後に線素を寄せ集めて弧長を求めました.コーシー以前の計算の方がはるかに簡明で,微積分の計算の本来の意図にもかなっています.これが失われたのは,コーシー以降,関数概念の拡大に伴って曲線の範疇もまた拡大し,弧長をもつかどうかも定かではない曲線が出現したためでした.
 面積をもつことや弧長が確定することがわかっている領域や曲線のみを相手にするのであれば,コーシー以前の無限小計算の方がはるかに簡明で,まぎれがありません.曖昧だからという口実を設けてこれを捨てるのはいかにも惜しく,残念なところです.
 もうひとつ,コーシー以前の無限小解析では一般に微分方程式の解は関数ではなく,「図形」になります.ところが関数を主役とする今日の微積分では,微分方程式の解はあくまでも関数なのですから,実際には解の全体像を把握することはできません.この点はコーシー以降の微積分の抱える大きな欠陥と思います.また,変数分離型の微分方程式を解く場合,コーシー以前にはdxとdyを自由に切り離して計算し,解の全体を表示する図形の方程式を求めていましたが,コーシー以降はdxとdyの切り離しを合理化するのもむずかしく,解が関数ではなく図形になるところも理解するのが困難です.
 コーシー以前の快適な計算手法を曖昧と見なして捨て去るのはいかにも惜しく,関数の範囲が限定されている場合には,今日もなおコーシー以前の手法を十分に生かして計算するのがよいのではないかと思います.コーシー以降はコーシー以前の単純な進化ではなく,コーシー以前の微積分は独自に完結した世界であったことは決して忘れられません.

解析概論の系譜70 ここまで書いてきて 回想(13) コーシー以降(続)

 関数を対象とする微積分の世界に生起したあれこれの事柄を,思いつくままにもう少し拾ってみたいと思います.連続関数は必ずしも微分可能ではなく,それを明示する簡単な例はすぐに見つかります.たとえば,f(x)=|x|などがそうで,この関数は連続ですが,x=0において微分可能ではありません.これは一点のみで微分の可能性が破れる例ですが,大きく歩を進めて「いたるところで微分不可能な連続関数」を構成することもできます.デュ・ボア・レイモンが伝えるところによると,リーマンは「微分可能ではない点が稠密に分布する連続関数」の例を与えたということですが,ヴァイエルシュトラスは正真正銘「いたるところで微分不可能な連続関数」を構成しました.ヴァイエルシュトラスの例が公表されたのは1875年と記録されたいます.以後,多くの人が累次の関数の例を挙げましたが,高木貞治もまたそれらの人々のひとりです.
 ロピタルの定理,ロールの定理,平均値の定理,テイラ-展開,マクローリン展開などはコーシー以前にすでに現れていましたが,コーシーが開いた世界の中で,新たな衣裳をまとって再登場しました.今日の微分法の基本はロールの定理ですが,この定理の証明は,「有界閉区間上の連続関数は最大値と最小値を取る」という,連続関数の基本的性質を踏まえています.これはヴァイエルシュトラスの定理ですが,そのまた証明を追究して行くと,数とは何か,という根本問題に逢着し,ここから「実数の連続性」が発見されました.19世紀の後半に生起した出来事ですが,このように微積分の全理論の根柢に立ち返ろうとする姿勢を指して,微積分の厳密化と呼び慣わす習慣がいつしか定着しました.
 変数が2個の関数f(x, y)に移ると,連続性を考える段階で早くも一つの問題が生じます.コーシーの『解析教程』には,「各変数ごとに連続なら,2変数関数としても連続である」と記されているのですが,これは間違いで,反例を作ることができます.微分可能性については,各々の変数に関する微分可能性,すなわち偏微分の可能性と,2変数関数としての微分可能性,すなわち全微分可能性が考えられますが,本来の微分可能性としては全微分可能性の概念を採用しなければなりません.そこで,「偏微分可能であっても全微分可能ではない関数」の例を挙げることが重要になります.
 コーシーが扉を開いた世界において,このような細々とした議論が次々と積み重ねられて100年ほどの歳月が流れました.実数とは何か,という反省の様式も深刻ですし,精緻を極めた微積分の理論体系がこうして組み立てられました.ピカールの『解析概論』やグルサの『解析教程』のような大きなテキストは,コーシー以来,多くの人々が参加して行われた研究の集大成です.

解析概論の系譜69 ここまで書いてきて 回想(12) コーシー以降

 関数の概念が広がって「まったく任意の関数」などというものが微積分の対象として設定されるところまでくると,微分と積分のそれぞれの概念規定から作り直さなければなりませんし,そのようにしてもなお,もはや微積分の基本定理のような簡明な命題を望むことはできません.微積分の基本定理があたりまえに成立し,定理というよりもむしろ,微分計算と積分計算が互いに他の逆演算になっていることによって成立する世界は,やはり数学の桃源郷であったというほかはありません.そこに観察される状勢を基本定理という名の命題と認識する段階に立ち至ったのは,新時代の訪れを察知し,もはや花園を去らなければばらなくなったという自覚の明示的な意志の表明と考えてよいのではないかと思います.人はいつまでも桃源郷の別天地に住まうことは許されないのです.
 コーシー以降の微積分のことをもう少し観察すると,コーシーが新たに設定した枠組みの中で非常に精密な研究が積み重ねられていった様子が目に映じます.コーシーは大きな枠は作りましたが,細かな部分にはいろいろな欠陥があったのです.たとえば,有限閉区間上の連続関数はその区間上で積分可能ですが,その証明のためには関数が単に連続であるだけでは足らず,一様連続性に依拠する必要がありました.そこで,「有界閉区間上の連続関数は一様連続である」という命題を準備しておかなければならないのですが,コーシーはこれには気づきませんでしたから,コーシーの定積分の存在証明には不備があったのです.この命題はしばしば「ハイネの定理」と呼ばれ,1870年と1872年の論文に出ていますが,ディリクレの積分論の講義録にもあります.ハイネとディリクレはともに19世紀のドイツの数学者です.
 やはり有界閉区間上[a,b]において考えることにして,この区間上の連続関数の
系列{f_n}の総和Σf_nがある関数fに収束するとき,コーシーは極限の関数fもまた連続になると主張しましたが,これは必ずしも正しくありません.これを指摘したのはノルウェーの数学者アーベルでした.1826年の7月から年末にかけてパリに滞在したアーベルは,コーシーの『解析教程』を入手して,この欠陥に気づきました.
一番最初の人はアーベルである. 各項が連続関数である無限級数を加えても,その和は必ずしも連続関数ではありません.アーベルは1826年の論文で,
  (sin x)/1-(sin 2x)/2+(sin 3x)/3-.....
という例を与えました.この級数は区間[-π,π]上で収束しますが,極限関数はx=±πにおいて不連続になります.極限関数が連続であるためには収束の仕方に条件が課されますが,これについてはヴァイエルシュトラスが「一様収束」という概念を発見し,1841年にベルリン大学の講義で述べています.
 このような事例はほかにもたくさんあります.

解析概論の系譜68 ここまで書いてきて 回想(11)フーリエ級数とリーマンの定積分

 コーシー以降の微積分はコーシーが開いた世界を精密化する道をたどりました.コーシーの定積分の対象は連続関数でしたが,リーマンは連続性を離れ,一般に有界な関数の定積分の概念規定を試みました.積分区間が有限であるところはコーシーと同じですし,リーマンの和を考えるところにはコーシーの和と同じアイデアが生きています.有界関数の範疇は連続関数の範疇を大きく包含していますが,定積分の対象をどうしてそのまで拡大しなければならなかったのかといえば,リーマンの場合にはフーリエ級数展開の問題があったからでした.
 フーリエに始まるフーリエ解析では,「まったく任意の関数」をフーリエ級数に展開することの可能性を論じることが基本問題になりますが,フーリエ級数を作るとき,その諸係数は,与えられた関数に正弦関数や余弦関数を乗じたものの定積分の数値によって定められます.フーリエのいう「まったく任意の関数」というのは「曲線を通じて定められる関数」のことで,オイラーが提案した三種類の関数のひとつです.「まったく任意の関数」に正弦や余弦を乗じても,まったく任意であることに代りはありません.y=f(x)を「まったく任意に関数」とすると,そこに備わっている属性は「xにyが対応する」という対応の規則のみにすぎず,yはもう変化量ではないのですから,コーシー以前のように自在に無限小量に分解して微分を作ったり,微分を寄せ集めて元の有限変化量を復元したりすることはできません.そんな関数を対象とする微分や積分の理論を新たに作らなければならないのですが,オイラーもそこまではやっていません.
 コーシーが微積分の対象として設定した関数は,変化量xと変化量yの間に相互依存関係が認められるとき,一方を他方の関数と呼ぶというふうに規定されるもので,これを提案したのはやはりオイラーでした.まったく任意の関数とは違いますが,コーシーの流儀の微分と積分の定義はそのままの形で使えます.ただし,まったく任意の関数y=f(x)ではxとyはもはや変化量ではありませんから,極限の概念の適用にあたり,「どこまでも限りなく接近する」という言い回しを放棄して,イプシロン=デルタ論法のような定性的な表現を採用しなければならなくなります.
 さて,こんなふうにして微分と積分の概念を作ったうえで,あらため相互関係を考察すると,あの微積分の基本定理はもう期待できないという事態に直面します.『解析概論』では,このあたりの煩雑な消息がこんなふうに語られています.

《基本公式は,要約すれば連続函数に関する限り,微分と積分とが互いに逆な算法であることを意味する.もしも連続性を仮定しないならば,この関係は成立しない.すなわちFユ(x)=f(x)でもf(x)は必らずしも連続でなく,従って必ずしも積分可能でないが,また積分可能でも積分函数はF(x)と合致するとは言われない.∫f(x)dx(x=aからxまで)は必らず連続であるけれども,それは必らずしも微分可能でなく,微分可能でも微分商はf(x)と合致するとは限らない.連続函数以外では,微分積分法はむずかしい!》

 f(x)は有界閉区間[a, b]上の有界な関数とするとき,もし積分可能なら,積分関数
  F(x)=∫f(x)dx(x=aからxまで)
は連続関数になります.f(x)が連続であればF(x)は微分可能で,F'(x)=f(x)となりますが,f(x)の連続性が破れる場合にはF(x)は必ずしも微分可能ではありません.そのような例は簡単に作れます.このような例を見ると微分と積分の逆の関係を主張するのがためらわれますが,f(x)の不連続の個数が高々有限個に留まるのであれば,それらの点を除外すれば回復しそうです.
 今度は微分可能な関数F(x)から出発すると,その導関数F'(x)=f(x)を作ることができますが,その導関数が積分可能ではないことがあります.この関数の例はむずかしいですが,188年にイタリアの数学者ヴォルテラ(1860-1940)が一例を与えました.導関数が積分できないのであれば,「積分すると元にもどる」という言明は完全に不可能になってしまいます.この隘路を脱却するひとつの道は積分の定義を広げることで,実際,ルベーグはこの例に触発されて新しい積分の定義を考案しました.ヴォルテラが例示した関数の導関数はリーマンの意味では積分できませんが,ルベーグ積分の意味では積分可能になり,積分関数を作ると(積分定数を適宜調節するとき)元の関数F(x)が復元されます.

解析概論の系譜67 ここまで書いてきて 回想(10) 微積分の基本定理再考

 f(x)は閉区間[a, b]上の連続関数,F(x)はf(x)の原始関数とすると,等式
  ∫f(x)dx (x=aからx=bまで)=F(b)-F(a)
が成立します.これが微積分の基本定理で,『解析概論』では「微積分の基本公式」と呼んでいます.コーシーの『解析教程』と『要論』の系譜を継ぐ今日の微積分では,この基本定理は定積分の数値を算出するために使われる公式と認識されていますが,コーシー以前の無限解析ではそうではなく,基本定理それ自体がそのまま積分の定義なのでした.このあたりの消息についてはこれまでに何度も繰り返して語ってきましたが,あらためて敷衍すると,コーシー以前の積分ははじめから「微分の逆」だったのであり,今日の不定積分がかつての積分に相当します.積分は「微分を寄せ集めて生成される有限量」であり,それを再び無限小量に分解すれば,元の微分にもどります.逆に,有限変化量を無限小量に分解すると(すなわち,微分すると)微分が生成されますが,その微分を寄せ集めれば(すなわち,積分すれば),元の有限変化量が再び手に入ります.この往還路の発見こそ,無限解析もしくは無限小解析もしくは微分積分計算と呼ばれる数学的発見の実際の姿です.
 コーシー以前にはコーシーが規定したような定積分の概念はありませんが,「積分の定値」という言い方は散見します.単に積分と言えば,それ自身は変化量ですからいろいろな値を取りますが,曲線の弧長や領域の面積の算出のときなど,それらの個々の値に着目することもしばしばあり,そんなときは「積分の定値」という言葉がぴったりあてはまります.そうして,定値があれば不定値もありえますから,積分の取るさまざまな値を一般的に指し示して「積分の不定値」とか「不定積分量」などと言うことがあります.そんなわけで,コーシー以前には不定積分の観念が先行し,不定積分の取る個々の値が定積分だったのですが,コーシーはここを逆転して定積分を先に出し,その次に不定積分を作り,積分と微分との関係は「微積分の基本定理」という形で復元させるという路を選びました.これで,無限小計算の発見の当初からあたりまえに行われていた計算規則が,新たな枠組みの中で「定理」になりました.
 コーシーが構築した理論構成では原始関数と不定積分は別個の概念ですが,対象が連続関数の場合には合致して,定積分の数値計算は原始関数もしくは不定積分を求めることに帰着します.今日ではこの状勢を指して,ライプニッツとニュートンは微積分の基本定理を発見したと言い表わされる習慣が定着していますが,これは,コーシーの視点からコーシー以前を振り返ればそのように見えるということであり,あまり適切な評価ではないと思います.微積分の基本定理はコーシーの登場を俟ってはじめて基本定理になったのですから,あえて言うなら,「ライプニッツとニュートンは後にコーシーが基本定理と名づけることになる定理に象徴される数学的世界を発見した」ということになります.

解析概論の系譜66 ここまで書いてきて 回想(9) コーシー以前とコーシー以後

 非有界関数の積分や,無限区間上での積分を総称して広義積分ということにするのは既述の通りですが,数理物理の方面からいろいろな広義積分が提示され,それらの数値を算出することが要請されたなら,どうしたらよいでしょうか.コーシーが直面したのはまさしくこのような数学的状勢でした.そこでコーシーは「主値」という概念を考案し,それを武器にして広義の定積分の数値の算出に取り組みました.この手法をさらに洗練していくと,複素変数関数論のコーシーの積分定理や留数定理に到達し,コーシーのねらいが非常に幅広く実現されることになりました.その際,コーシー以前の微積分におけるように,積分計算を微分計算に帰着させるという手法は放棄され,コーシーは定積分の概念規定からあらためて出発したのでした.
 定積分∫f(x)dx(x=aからx=bまで)は無限小量f(x)dxを寄せ集めて生成される有限量ですが,積分に寄せるそのようなイメージは,微積分の草創期からすでに共有されていました.そんなイメージひとつを基礎にするだけで,微分も積分も自由自在に計算することができたのですが,むずかしい性質を備えた積分や,無限小量を寄せ集める区域が無限に広がったりする積分を考えると,当初のイメージでは対処できず,新たな定義が必要になりました.とはいうものの,コーシーが(それに,リーマンも)したことは,無限小の観念の代りに極限のアイデアを持ち込み,素朴な「寄せ集め」のイメージを数式の形に書き下しただけのことですし,積分のイメージそれ自体は保持されたのです.不易と流行という蕉門の俳諧のキーワードが,ここでもまた回想されるところです.ルベ-グ積分に移っても「寄せ集め」のイメージそのものは依然として健在で,ただ寄せ集める様式が変容しただけにすぎません.
 関数の微積分というコーシーの立場からコーシー以前の状況を観察すると,微積分の基本定理が自然に成立する世界が目に映じます.定理という以上,何かしら条件が課され,その制約下では成立するとしても,その制約がはずれるともう成立しないという状勢が念頭に浮かびます.ですが,コーシー以前にはそのような定理は存在しませんでした.微積分の基本定理に相当する数学的事実は発見されていて,それはつまりライプニッツの発見なのですが,決して命題ではなく,微分計算と積分計算の自由な運用を支える基本原理と見るべきであろうと思います.発見ですから証明は不要ですし,単一の基本原理の基礎の上に計算の技術がさまざまに開発されていきました.わけてもオイラーの貢獻が余りにも大きいことは特筆に値します.
 このような状況を受けてコーシーが明らかにしたのは何かといいますと,連続関数の世界では微積分の基本定理が成立するという簡明な事実です.これを逆に見ると,当初から連続関数の範疇を出ないことに決めるなら,基本定理を定理と認識する必要はないということになりますし,関数の範疇を連続関数を越えたところにまで押し広げていくことにするなら,微積分の基本定理はもう期待されないということになります.コーシー以前の融通無碍の微積分の世界は,いわば数学の桃源郷でした.関数の観念が大きく広がっていくのに連れて,数学と数学者たちは外部世界に踏み出していくことを余儀なくされました.桃源郷を取り囲み,保護してくれる垣根の実体は「関数の連続性」の観念であることを明るみに出したところに,解析学におけるコーシーの試みの意義が認められるのではないかと思います.

解析概論の系譜65 ここまで書いてきて 回想(8) コーシーの積分定理

 一変数の複素変数関数論にはコーシーの名を冠して「コーシーの定理」とか「コーシーの積分定理」と呼ばれる定理があり,理論全体の根幹を作っています.高木貞治の『解析概論』から引くと,次のようになります.

《解析関数f(x)は領域Kにおいて正則で,単純な閉曲線Cも,その内部も,すべてKに属するとする.然らば
    ∫f(z)dz=0.》(最後に出てくる積分は曲線Cに沿って一周して行います)

 解析関数という言葉はラグランジュに由来しますが,今日の複素関数論では,関数が解析的といえば,「局所的に見れば,収束するテイラ-級数で表示される関数」というほどの意味で使われます.この性質を解析性と言うことにすると,解析性は複素変数に関する微分可能性と同等になりますが,微分可能な関数のことは正則関数と呼ばれることが多いです.上に引いたコーシーの定理では,f(z)は「正則な解析関数」と言われています.先行する記述を見ると,「複素数平面上の或る領域Kの各点において微分可能な函数をKにおいて正則な解析函数という.あるいは略して単に正則ともいう」と規定されています.これは『解析概論』に特有の用語法ではないかと思います.
 正則関数と有理型関数を総称して解析関数という言葉が用いられることもあります.有理型関数というのは,「極」と呼ばれる簡単な特異点を定義域内に許容する関数です.たとえば,zは複素変数とするとき,関数f(z)=1/zは複素平面C(z)の原点z=0以外の地点ではzに関して微分可能ですが,原点z=0では値をもちません.それで,この関数C(z)から原点z=0を除去した場所で正則で,C(z)全域では正則とは言えません.z=0はこの関数の特異点です.ではありますが,この場合,z=0は位数1の極と呼ばれるいかにも簡単な特異点ですので,他のもっと複雑な性格を示す特異点と区別して,関数f(z)=1/zは複素平面C(z)の全域において有理型である,というふうに言い表わします.この関数はz=0において値をもたないのですから,ディリクレの関数の概念に沿うと原点を定義域の内点として取り扱うのは変則なのですが,このあたりは解析関数に固有の事情が反映しています.
 定義域ということであれば,解析関数には(正則関数にも有理型関数にも)解析接続という現象が附随しますので,自然存在域と言われる固有の定義域がおのずと定まります.そのため,解析関数の定義域を人為的に決めてかかるのは無意味になってしまいます.このあたりもまた,「関数概念には定義域が先行する」というディリクレに由来する観念をもってするのでは把握しがたいところです.
 閉曲線が単純とは,重複点,すなわち自分自身と交叉する点が存在しないことを意味しますが,普通,そのような閉曲線は「ジョルダンの閉曲線」と呼ばれています.
 さて,コーシーの積分定理から「コーシーの積分公式」と留数定理が即座に導き出されます.積分定理と留数定理を用いると,積分∫sinx/x dx (x=0からx=∞まで)やフレネル積分のようなむずかしい積分値が簡単に求められてしまいます.複素変数関数論を学ぶ際の醍醐味のひとつですが,コーシーの複素関数論自体,当初からこの状況をねらっていたのでした.求めようとする積分の形が複雑になると,微分計算の一覧表を見て不定積分を見つけるというコーシー以前の手法は適用しがたくなりますし,あらためて定積分の定義から作り直していくことが要請されるのではないかと思います.コーシーの心情を忖度しますと,コーシーにはコーシーの課題があったことが透けて見えるような感慨に襲われます.

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