Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

数学史研究の回想67 変換理論の流れ

ガウスの円周等分方程式論は『アリトメチカ研究』の第7章に書かれているのですが、冒頭の序論めいた場所になぜかしらレムニスケート積分の姿が見えるのは既述のとおりです。アーベルはコペンハーゲン大学のデゲン先生のおすすめもあって楕円関数研究に心が向かうようになっていたのですが、ガウスが書き留めた一個のレムニスケート積分はアーベルの心に深い印象を刻み、進むべき道をはっきりと指し示しました。それは楕円関数の等分理論への道です。
 実際に楕円関数を学ぶということになると、なにしろガウスは論文も著作も公表していませんので、ルジャンドルの著作を読むほかはありませんでした。ルジャンドルには『積分演習』とか『楕円関数とオイラー積分概論』という非常に大きな著作がありますが、後者の『概論』は全3巻で編成されていて、第1巻の刊行は1825年、第2巻は1826年です。第3巻は先行する2巻の補足という形の書物で、三つの補足で構成されているのですが、「第一の補足」に記入された日付は1828年8月12日、「第二の補足」は1829年3月15日、「第三の補足」は1832年3月4日です。これらはアーベルとヤコビの楕円関数研究を受けて書かれた補足です。『概論』の前の『積分演習』も全3巻で、1811年から1817年にかけて刊行されました。アーベルもヤコビもこれをテキストにして楕円関数論を学びました。
 ルジャンドル以前には、楕円関数論の担い手としてオイラーとラグランジュ、それにファニャノのランデンなどという人がいましたが、これらの人びとの思索の成果を集大成しようとしたところにルジャンドルのねらいがありました。ルジャンドル自身の寄与というのはあまりないのですが、ひとつだけ、変換理論を創始したのはルジャンドルです。新しい理論にはちがいありませんが、ほんの入り口のところを手がけて著作にも書きましたので、アーベルもヤコビも影響を受けて変換理論の一般化をめざしました。ヤコビは変換理論の研究で成功したと確信し、ルジャンドルとシューマッハーに手紙を書いてその成果を伝えました。シューマッハーというのは「天文報知」という学術誌を創刊した人です。
 ヤコビの思惑は的中し、シューマッハーに宛てた手紙は数学に関する部分が抜粋されて「天文報知」に掲載されましたし、ルジャンドルからも返信があり、大いに賞讃されました。変換理論の淵源をたどるとオイラーの微分方程式論にたどりつきます。変数分離型微分方程式の代数的積分の探索というオイラーの試みは楕円関数論の二つの起源のうちのひとつで、この流れが変換理論という衣裳をまとってヤコビまで到達しました。アーベルの「楕円関数研究」のテーマのひとつも変換理論です。
 楕円関数論には等分理論というファニャノに始まるもうひとつの起源が存在しますが、この理論はガウスにいたるまで継承者が現れませんでした。いくぶん不可解なことにガウスはファニャノを語らないのですが、レムニスケート曲線の等分問題への着目という点においてファニャノは確かに先駆者でした。それはともかくアーベルはガウスの『アリトメチカ研究』第7章の円周等分方程式論と、第7章の冒頭に書き留められた一個のレムニスケート積分の影響を受けて楕円関数の等分理論の存在を察知して、ひとりで歩みを運んでいきました。

スポンサーサイト

数学史研究の回想66 円周等分方程式論の回顧(ガウスからアーベルへ)

前回の記事から一箇月ほど間があいてしまいましたので、この機会に原典を読むことの意味合いについて、思いつくままに書き留めておきたいと思います。
 アーベルの数学研究の二本の柱は代数方程式論と楕円関数論ですが、アーベルが最初に取り組んだのは代数方程式論でした。次数が4を超える一般の代数方程式は代数的に解くことはできないという「不可能の証明」に成功したのが最初の大きな成果ですが、代数方程式論の研究はこれで終ったのではなく、「不可能の証明」は新たな方向に向うための出発点になりました。5次以上の一般の高次方程式は代数的に可解ではないとしても、次数とは無関係に、あるいは、もっと正確に言えば、次数がどれほど高くとも、代数的に解ける方程式は存在します。その大きな一例が円周等分方程式で、ガウスがこれを示しました。
 アーベルはガウスの著作『アリトメチカ研究』を見てガウスの円周等分方程式論を知り、代数的可解性を左右する要因が「根の相互関係」であることを理解しました。アーベルに及ぼされたガウスの影響がここに現れています。
話がもどりますが、ガウスの影響は「不可能の証明」にも及んでいます。実際、アーベルは当初は5次方程式の代数的可解性を信じていて、証明に成功したと思って論文を書いたこともあったのですが、ガウスの『アリトメチカ研究』を見て影響を受けて考えを変えました。ガウスは証明こそ書かなかったものの、5次方程式の代数的可解性をはっきりと退けて、そんなことがありうるはずがないという主旨の文言を『アリトメチカ研究』の中に明記していました。
 円周等分方程式が次数の高さに関係なく代数的に解ける秘密は「根の相互関係」にあるとして、その相互関係を見るための手順が確立されなければ何事も起りませんが、円周等分方程式の根は複素指数関数の特殊値で表されますから、指数関数の性質に基づいて根の相互関係がはっきりと浮かび上がります。後年、クロネッカーがアーベル方程式と読んだり単純アーベル方程式と読んだりしてなかなか呼称が確定しなかったのですが、巡回方程式と呼ぶのが一番ふさわしいと思います。根を表示するのに使われる関数は実関数ではなく、複素変数の関数の関数である点も重要なところです。ガウスの目にはこれらのすべてがいっぺんにパノラマのように見えたのであろうと思われますが、ガウスが見たのと同じ光景をアーベルもまた見たのでした。

数学史研究の回想65 再び変換理論と等分理論について

楕円関数論の話をもう少し続けたいと思います。同じような話の繰り返しになりがちですが、それは楕円関数論をめぐる諸状勢が複雑なためですから仕方がありません。「楕円関数論とは何か」という問いを絶えず念頭に置いて何度も語り続けているうちに、次第に簡明な形の諒解にたどりつけることを期待したいところです。
 楕円関数論がオイラーに始まることは既述のとおりです。オイラーが変数分離型の微分方程式の代数的積分を求めようとして行き詰まっていたところにファニャノの論文集が届いたのですが、そこには懸案の微分方程式のひとつの特殊解が記されていました。ファニャノは別に微分方程式を解こうとしていたわけではなく、レムニスケート型微分式を同型の微分式に移す変数変換をたまたま見つけたというだけのことなのですが、ひとり微分方程式論の構築に向って歩を進めようとしていたオイラーの目には、ファニャノが書き留めた変数変換式は微分方程式の特殊解と映じたのでした。
 オイラーは楕円積分の加法定理も発見しましたが、そこから即座に倍角の公式が導かれます。それならアーベルがそうしたように等分方程式の解法を論じるという方向に進みそうにも思えるのですが、そのようにはならなかったのはなぜなのでしょうか。そのあたりもまた謎めいていて、考えなければならない論点です。
 オイラーに続いてラグランジュが現れて、それから楕円関数論はルジャンドルの手にわたりました。ルジャンドルは変換理論というものを考案し、ほんの少しではありますが、低次数の変換を見つけました。変換というのはつまり変数分離型微分方程式の有理関数の形に書き表された解のことで、ルジャンドルに続いてヤコビとアーベルは完全に一般的な変換式を書き下したのですが、その際に活躍したのが第1種逆関数でした。変換を与える有理式の係数を規定するところに変換理論の核心が認められますが、アーベルとヤコビはその係数を第1種逆関数の特殊値を用いて記述したのでした。これを実現するには第1種逆関数の諸性質を明らかにしておかなければなりませんから、楕円関数論の重点は第1種逆関数それ自体に移行したかのような光景が現れました。それでも主問題はあくまでも変換理論であり、微分方程式論の一環です。
 変換理論と並ぶ楕円関数論のもうひとつの主問題は等分理論ですが、この理論では第1種逆関数が主役を演じます。等分理論の出発点を回想すると、今度は立ち返る場所はオイラーではなくファニャノです。ファニャノはレムニスケート曲線の任意の弧の2等分点や四分の一部分(第1象限内に描かれた部分)の3等分点と5等分点をコンパスと定規のみを使って作図する方法を発見し、それをレムニスケート曲線に備わっている興味深い性質と見て、「私の曲線の新しくて特異な性質」という言葉を書き留めました。これがファニャノによるレムニスケート曲線の等分理論で、オイラーはもとより承知したいましたが、ファニャノを越えて楕円関数の等分理論の方向に進もうとする気配は見られません。その理由は何かというと、オイラーの関心はあくまでも微分方程式論にあったことと、等分理論は微分方程式とは関係がないことが挙げられると思います。
 レムニスケート曲線の等分理論はガウスを待って再び数学史に出現しました。ガウスがファニャノのレムニスケート曲線論を知らないとは思えないのですが、ファニャノの名にまったく言及しないのはいくぶん不可解な事態です。ガウスなら一般の楕円関数に対する等分理論をも視圏にとらえていたと考えても不思議ではありませんが、ガウスの全集を概観してもその間の消息を物語る具体的な文書などは見あたりません。それにもかかわらずアーベルは一般の楕円関数の等分理論の構築へと向かいました。アーベルが参照したのはガウスの著作『アリトメチカ研究』の第7章の円周等分方程式論と、その第7章の冒頭にぽつんと書き留められた一個のレムニスケート積分のみでした。
 レムニスケート曲線の等分はレムニスケート曲線の弧長積分、すなわちレムニスケート積分の等分と同じことで、逆関数に移るとレムニスケート関数の等分方程式を解くことに帰着されます。一般の第1種楕円積分の等分を考えるところに歩を進めると、もうレムニスケート曲線のような幾何学的なイメージは伴いません。等分点の作図問題という観点は失われ、第1種逆関数の等分方程式の解法の問題になっていきます。第1種逆関数をあらためて楕円関数と呼ぶことにすると、等分理論の主役を演じるのは楕円積分ではなく楕円関数です。楕円積分が背景に退いて、楕円関数が表舞台に出る契機がここにあります。

数学史研究の回想64 数学の本質は歴史に宿っている

アーベルは第1種楕円積分の逆関数を考えて、それを第1種逆関数と呼びました。ただし、この呼称はこの関数が導入された論文「楕円関数研究」には見られなかったことに、ここでもう一度注意を喚起しておきたいと思います。アーベルは第1種逆関数の諸性質を次々と書き出していきました。この関数の変数の変域は出発点の時点では実数域ですが、加法定理が成立するという著しい性質が備わっています。それはアーベル以前にオイラーが発見した事実ですが、アーベルはこの性質を梃子にして逆関数の変数の変域を複素数域に拡大し、複素変数の関数として考察するという道を開きました。ここまで歩を進めるのはオイラーを越えている出来事で、アーベルの創意の所産です。もっともアーベルに先立ってガウスはすでに同じ道筋を実際に歩んでいました。アーベルはガウスが何をしていたのか、具体的なことは知る由もなかったのですが、ガウスの著作『アリトメチカ研究』を見てあるともないとも言えないようなほんのわずかな兆候に触発されて、何事かを感知したのでしょう。
 第1種逆関数の変数の変域を複素数域に拡大すると2重周期性の認識が可能になります。アーベルはそこまで進みました。これに関数の解析性という概念が加われば複素変数関数論が成立し、第1種逆関数は「複素数域全体で定義された2重周期をもつ有理型関数」であることが明らかになります。そこで視点を逆転し、この文言をもって楕円関数の定義とするということが考えられます。今日の楕円関数の概念がこうして獲得されました。
 楕円関数の定義はこれでよいとして、定義の文言を見ても、なぜこのような関数を考えることにしたのかというもっとも根源的な問いに答えることはできません。アーベルに始まる「楕円関数の定義の由来の歴史」をたどらなければ決してわからないことで、数学の本質は歴史に宿っているということの際立った事例のひとつです。
 さらに根本に立ち返って、そもそもアーベルが第1種逆関数を考えることにしたのはなぜだろうかと問うと、その答えは変数分離型の微分方程式論にあります。この種の微分方程式論はオイラーにはじまり、オイラーは代数的積分を求めようとしたのですが、それが楕円関数論の泉であることはアーベルが「楕円関数研究」の冒頭で真っ先に指摘していたとおりです。微分方程式論の一環に変換理論があり、第1種逆関数は変換理論を確立するための有効な補助手段をもたらしました。アーベルが着目したのはそこのところです。
 変数分離型の微分方程式論から生れた楕円関数論において、変換理論と並ぶもうひとつの柱は等分理論ですが、ここでは第1種逆関数の等分方程式の代数的可解性の探究が主問題になりました。
 今日の楕円関数はアーベルに固有の創意から生れました。アーベルに加えてガウスの名を挙げてもよいのですが、アーベルとガウスを離れてどこかしら観念の世界に楕円関数の概念が抽象的普遍的に存在しているわけではなく、アーベルとガウスという特定の個人の思索から生れました。数学は人が創る学問であることを、幾度も繰り返して強調したいと思います。

数学史研究の回想63 発見を定義にする

今日の楕円関数の概念はアーベルが発見した第1種逆関数に由来しますが、第1種逆関数が今日の楕円関数になるためには、2重周期性に加えて、解析性の概念の自覚が醸成される必要があります。これは複素変数関数論の形成と連繋する課題で、この形成史を叙述するにはコーシーの留数解析あたりから説き起こして、ヴァイエルシュトラスとリーマンの複素関数論を回想しなければならないところです。
 関数の解析性の自覚が得られると、第1種逆関数は「2重周期をもつ解析関数」と認識されるようになりました。ヴァイエルシュトラスとリーマンのねらいもそこにありました。アーベルは「楕円関数研究」の時点ですでに第1種逆関数の零点や「関数の値が無限大になる点」の配置状況に着目して詳しく調べていますが、解析関数の概念を土台にして観察すると、第1種逆関数の値が無限大になる点というのは解析関数の「極」であることが判明します。これを要するに、第1種逆関数というのは「全複素平面上で定義された、2重周期をもつ有理型関数」であることになります。
 アーベルは複素変数関数論を持ち合わせていませんでしたが、第1種逆関数を複素変数の関数として考察するというアイデアはもっていました。アーベルには関数の解析性の認識が欠如していたから不完全だという批評は理屈の上ではまちがっているわけではありませんが、アーベルのアイデアがなければヤコビもヴァイエルシュトラスもリーマンも出る幕はなく、今日の複素変数関数論は成立しなかったろうと思います。
 アーベルの目標が楕円関数の研究にあることはアーベル自身の論文「楕円関数研究」の表題に見られるとおりですが、アーベルのいう楕円関数が楕円積分であることもまた既述のとおりです。楕円積分に関する何かしらを研究するために、アーベルは第1種逆関数に着目したのですし、そこにアーベルの創意が現れています。第1種逆関数の本性の解明を押し進めると「全複素平面上で定義された、2重周期をもつ有理型関数」であるという認識に到達します。そこで話の順序を逆転させて、「全複素平面上で定義された、2重周期をもつ有理型関数」を指して楕円関数と呼ぶということにすれば、それで今日の楕円関数の定義が得られます。「発見されたことを転用して定義にする」という、数学でしばしば見られるやり方です。
 「2重周期をもつ有理型関数を楕円関数という」という楕円関数の定義の文言をどれほど眺めても何の印象も受けませんが、この簡明な定義の根底には、第1種逆関数というアーベルのアイデアが存在します。源泉から出発して皮の流れをたどっていけば、何もかもがみな判然として、いろいろな疑問はみな消失します。定義を理解する鍵は歴史の中にひそんでいるということの著しい事例です。

数学史研究の回想62 楕円関数と第1種逆関数

今日の数学で楕円関数というと、複素平面全体上で定義されて、2重周期をもつ解析関数のことで、楕円関数論はこの定義とともに始まります。この定義を見ても、なぜこのような関数を考えるのか、なぜ楕円関数という名で呼ばれるのか、伝わってくるものは何もありませんので大いに困惑させられてしまいます。ところがアーベルによると、楕円関数論のはじまりは微分方程式論であるとのこと。それでまたしても困惑させられてしまうところまで、話が進みました。
 楕円関数論というくらいですから、そのねらいは楕円関数のいろいろな性質を調べることであろうと思うのが自然な考えですが、アーベルのいう楕円関数というのは今日の語法でいう楕円関数ではなく、楕円積分を指しています。アーベルの「楕円関数研究」の序文の言葉を続けると、アーベルはこんなふうに歴史を回想しています。

《オイラーの後、ラグランジュは積分
∫Rdx/√(1-p^2 x^2)(1-q^2 x^2)(ここでRはxの有理関数)
の変換に関するエレガントな理論を与えて、いくばくか貢献した。しかし、これらの関数の本性を深く究明した最初の人、そしてもし私が思い違いをしているのでなければ唯一の人物はルジャンドル氏である。彼はまず楕円関数に関する一論文の中で、続いてそのすばらしい『数学演習』の中で、これらの関数のエレガントな性質の数々を繰り広げ、またその応用を示した。この著作の刊行以来、ルジャンドル氏の理論に付け加えられたものは何もなかった。これらの関数に関するその後の諸研究を、喜びを味わうことなく目にする者はないであろうと私は思う。》

 ラグランジュは∫Rdx/√(1-p^2 x^2)(1-q^2 x^2)という形の積分を考察したと言われていますが、積分記号下の関数に平方根があり、その平方根記号の下にあるのは変数xの4次多項式です。このような積分は「楕円的な超越物(楕円的であって、しかも超越的なもの)」などと呼ばれていたのですが、ルジャンドルは新たに「楕円関数」という呼称を提案しました。「関数」の一語をここで使うのは、それ自体がきわめて斬新な印象を与える出来事でした。
 ルジャンドルは理論そのものの進展に大きく寄与するということはなかったのですが、オイラーとラグランジュが残した大量の研究を集大成する仕事に力を発揮して、大部の著作をたくさん書きました。アーベルもヤコビもそれらを読んで勉強しましたので、用語や記号の使い方の面で影響を受けています。アーベルが楕円積分を楕円関数と呼んだのもそのためで、ルジャンドルの提案が継承されています。
 ルジャンドルはルジャンドルのいう楕円関数、すなわち楕円積分を3種類に区分けして、第1種、第2種、第3種の楕円関数を定めました。アーベルは第1種楕円関数には1価性をもつ逆関数が存在することに着目し、「楕円関数研究」においてその逆関数の性質を書き並べました。特別の名前はつけられていませんが、別の論文を見ると「第1種逆関数」という呼び方がなされている場面にときおり出会います。
 アーベルはこの第1種逆関数の変数を実数域に限定せずに複素数域に拡大したのですが、これは加法定理の支援を受けることにより実現されました。楕円積分の加法定理ならすでにオイラーが発見していましたが、それを第1種逆関数の言葉で書くと「第1種逆関数の加法定理」が手に入ります。
 第1種逆関数の変数の変域を複素数域に拡大すると、第1種逆関数の際立った性質が浮き彫りにされてきます。それが2重周期性で、その結果、第1種楕円関数の逆関数は今日の語法での楕円関数であることが明らかになります。この状況を指して、「アーベルは楕円関数を発見した」と言われることがあります。

数学史研究の回想61 変数分離型の微分方程式と楕円関数論

 オイラーは楕円関数論において「楕円積分の加法定理」を発見したのですが、それに先立って対数関数と円関数の加法定理のことも知っていました。それならオイラーはそれらの加法定理に何かしら特別の意義を認めて、その一般化をめざしたのかというと、そういうわけでもありません。このあたりの消息を正確に見分けるのは実にむずかしく、込み入った思索を強いられます。
楕円積分の加法定理を発見した一番はじめの人はオイラーでまちがいありませんが、オイラー自身の心情に沿って考えると、オイラーがめざしていたのは加法定理そのものではなく、微分方程式の積分を求めることでした。「楕円関数研究」に書き留められたアーベルの言葉に立ち返ると、アーベルはこう言っています。

《このような関数の最初のアイデアは、分離方程式
dx/√(α+βx+γx^2+δx^3+εx^4)+ dy/√(α+βy+γy^2+δy^3+εy^4)=0
が代数的に積分可能であることを証明する際に、不滅のオイラーによって与えられた。》

 「このような関数」というのは楕円関数のことで、その実体は楕円積分ですが、楕円積分というものを考えようとした一番はじめの人はオイラーであること、しかもその契機になったのは上記の変数分離型の微分方程式の代数的積分の探索であることを、アーベルは明記しています。昔、「楕円関数研究」をはじめて読もうとしたときのことですが、序文を読み始めてすぐにこの言葉に遭遇し、あまりにも意外なことに驚愕し、しばらく先に進むことができなくなってしまうほどでした。楕円関数論の契機が微分方程式であるとは、いったいどのようなことなのでしょうか。
 分離型の微分方程式というのは、変数xのみが見られる微分式dx/√(α+βx+γx^2+δx^3+εx^4)と変数yのみが関わる微分式dy/√(α+βy+γy^2+δy^3+εy^4)が切り離されていることを指しているのですが、二つの微分dxとdyが単独で現れているところが非常に気に掛りました。これではまるで微分dx、dyそのものに何かしら意味があるかのようですし、どのように理解したものか困惑させられたのでした。この疑問を解消するには、デカルトあたりまでさかのぼって微積分の形成史をたどらなければならず、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟を経てオイラーにいたり、オイラーがなぜ微分方程式をあのような形に書いたのか、ようやく合点がいきました。
 微分方程式の代数的積分という言葉には二重の困難がひそんでいます。まず微分方程式の積分とは何でしょうか。次に、その積分が代数的であるとはどのような意味なのでしょうか。
 今日の数学で微分方程式といえば、未知の関数の導関数を内包する何らかの等式のことで、その未知関数を微分方程式の解というのですが、解という意味で積分という言葉が用いられることもときおりあります。これに対し、オイラーが提示した(とアーベルは紹介しました)微分方程式には二つの変数x、yが対等の立場で現れているのみで、関数の姿はどこにも見られません。それで大いに困惑したのですが、この疑問もまた微積分の形成史の概観とともに消失しました。微分方程式の解を積分と呼ぶ理由、解が代数的であるということの意味も同時に諒解されるようになったのですが、なにしろ読むべき著作があまりにも大量のため、非常に長い時間を要しました。


数学史研究の回想60 超越関数の世界

積分の理論の視点から観察すると、対数関数は対数積分として目に映じ、逆正弦関数は円積分として把握されるようになります。積分の形に表示するとき、対数関数に対しても逆正弦関数に対しても等しく加法定理の成立が認められることも注目に値します。対数積分や円積分をこえて、一般に代数関数の積分を作ると大量の超越関数が生成されますが、一見してあまりにも無秩序な世界ですし、わずかに対数関数と指数関数、それに円関数に対してのみ、加法定理という名の法則が認められるにすぎません。そこでアーベルは、「長い間、幾何学者たちの注意をひいた超越関数は、対数関数、指数関数、それに円関数のみであった」と明言したのでした。
 アーベルはさらに、「そのほかの二、三の超越関数の考察が始まったのはごく最近のことにすぎない」と言葉を続け、そのうえで
「それらの超越関数の間で、もろもろの美しい解析的性質のために、また数学のさまざまな分野における応用のために、楕円関数と名づけられる関数を区別しなければならない。」
と言い添えました。「楕円関数」の一語がこうして登場したのですが、アーベルのいう楕円関数というのは今日の語法でいう楕円関数ではなく、楕円積分そのものを指していることは注意を要します。超越関数への着目ということが、そもそも代数関数の積分に端を発していることに留意したいところです。
 楕円積分を第1種、第2種、第3種と三種類に区分けしたのはルジャンドルですが、ルジャンドルは楕円積分のことを当初は「楕円的超越物」と呼んでいました。あるとき「楕円関数」という呼称を提案したところ、ヤコビは同意しませんでした。第1種楕円積分の逆関数こそ、その名に相応しいというのがヤコビの考えで、実際に『楕円関数論の新しい基礎』(1829年)という著作において「楕円関数」という呼称を採用しています。第1種楕円積分の逆関数に着目したのはアーベルがはじめで、ヤコビもまた追随しましたが、アーベルはこの逆関数に特別の名前を与えることはせず、ときおり「第1種逆関数」と呼ぶことがあるのみでした。
 楕円関数と楕円積分という呼称については、実際にはもう少し精密な言い方を工夫しなければならないのですが、ここではアーベルの論文「楕円関数研究」の題目に見られるる「楕円関数」は楕円積分そのものを指していることに留意しておきたいと思います。ついでに言い添えると、後年のリーマンの論文「アーベル関数の理論」における「アーベル関数」というのはアーベル積分、すなわち代数関数の積分を指しています。
 代数関数の積分を作るとたちまち超越関数の世界が現れて、しかもそこは暗黒の世界でした。対数関数と円関数に対して成立する加法定理は、まるで真っ暗闇に射し込むかすかなあかりであるかのようでした。


数学史研究の回想59 対数関数と円関数の加法定理

 今日の数学の語法では代数関数の積分のことをアーベル積分というのですが、ではそもそも代数関数という特殊な関数に着目して、しかもその積分を考えるのはなぜなのだろうという素朴な疑問が生じます。今日の目にはいかにも不思議に映じますが、代数関数に限定することについては、なにしろ超越関数については具体的な事例がほとんど知られていないのですから考える手立てがないような気がします。
それなら積分を考えるのはなぜかというと、弧長や面積の計算にあたって、逆接線法という、微分計算とは逆向きの方向に進む計算法が発見されたためでした。代数関数f(x)の積分
    y = ∫f(x)dx
を作ると、yはxの関数になりますが、対数積分や円積分の場合に見たように、このようにして作られる関数はごく普通に超越関数になります。そうすると、こんなふうにして多種多様な超越関数が眼前にあふれてしまい、なんだか収拾のつかないありさまになりますが、対数関数y=∫dx/xと円関数y=∫dx/√(1-x^2)の場合でしたらいろいろな性質が判明しています。対数関数y=log xについては、その性質は等式
      log(xy) = log x+log y
により表されますが、この等式には加法定理という呼称がよく似合います。実際、0からxまでの積分∫dx/xをα、0からyまでの積分をβ、0からzまでの積分をγで表すとき、三つの変数x、y、zの間に
     z = xy
という関係式が成立するなら、等式
     α+β = γ
が成立します。これが対数積分の加法定理です。
円関数y=∫dx/√(1-x^2)についてはどうかというと、加法定理が成立します。0からxまでの積分∫dx/√(1-x^2)をα、0からyまでの積分をβ、0からzまでの積分をγで表すとき、三つの変数x、y、zがある一定の代数的関係で結ばれているとき、等式
   α+β=γ
が成立するというのが加法定理の中味です。その代数的関係はどうしたらみいだされるかというと、
   x=sinα、y=sinβ、z=sinγ
ですから、周知の三角関数の加法定理により
   z=sin(α+β)=sinαcosβ+cosαsinβ=x √(1-y^2)+√(1-x^2)・y
という関係式が得られます。
 三角関数の加法定理といえば微積分の成立以前の三角法の時代からよくしられていました。それを積分の形のまま書き下せば、それが円積分の加法定理です。
 アーベルの言葉にもどると、アーベルのいう円関数には円積分もまた包摂されていることに、くれぐれも注意を喚起しておきたいと思います。

数学史研究の回想58 円関数

円関数というと、sin xやcos x、tan xなどの三角関数が即座に念頭に浮かびますが、対数関数を1/xの積分として理解するという立場に立つと、1/√(1-x^2)の積分
    y =∫dx/√(1-x^2) (積分は0からxまで)
を考えるという着想におのずと誘われそうです。この積分には円積分という呼称が相応しいと思いますが、単位円の中心角yの円弧の長さを表していますが、一般に曲線の弧長を計算するという理論が確立されなければ、このような表示は考えられません。その理論というのはライプニッツとベルヌーイ兄弟の手で構築された積分の理論のことなのですが、この理論に立脚すれば対数積分、すなわち対数関数を与える積分は方程式y=1/xで表される双曲線とx-軸で囲まれる領域の面積(もう少し正確に言わなければならないところですが)を表しているように目に映じます。
 対数そのものは積分の理論とは無関係に発見されたのですが、「曲線で囲まれる領域の面積」を求めようとする計算法の追求と融合して「双曲線の面積」として諒解されるようになりました。
 そうすると1/xを一般化して1√(1-x^2)に移行したというのではなく、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟、それにオイラーのような数学者たちの眼前にあったのは双曲線と円という曲線であり、それらに由来する領域の面積や弧長を積分の理論により表示しようとする試みを通じて、対数積分や円積分が出現したという順序になります。対数積分の逆関数は指数関数、円積分の逆関数は正弦関数sin xで、円積分そのものは逆正弦関数です。正弦関数が認識されれば、余弦関数や正接関数など、正弦関数の仲間である一系の関数が次々と集まってきます。逆余弦関数や逆正接関数なども仲間に加え、それらを総称してアーベルは「円関数」と呼んだのであろうと思います。
 円積分arcsin xもその逆関数sin xも超越関数ですが、微積分ができたり関数概念が提案されたりする前から三角法がありましたし、後者の正弦関数については古くからよく知られていました。ただし三角関数が関数になったのは関数概念が導入されてからのことで、このあたりの消息は対数関数の場合とよく似ています。
 オイラーが現れてはじめて対数は対数関数になり、正弦は正弦関数になりましたが、その際にオイラーが着目したのは「簡単な形の関数の積分はごくあたりまえに超越関数になる」という事実でした。この場合、「簡単な形の関数」というのは何かというと、まず1/xのような有理関数、次に1/√(1-x^2)のような代数関数です。ライプニッツとベルヌーイ兄弟の手で微積分の理論ができたことを受けて、有理関数の積分を作ると対数関数に遭遇し、代数関数の積分を作るとたちまち逆三角関数に出会い、さてその次に正体のよくわからない超越関数が大量に出現します。オイラーが直面したのはこのような状況でした。

Extra

プロフィール

オイラー研究所の所長です

Author:オイラー研究所の所長です
FC2ブログへようこそ!
オイラーを研究して40年。所員募集中。
オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

最近の記事

FC2カウンター

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。