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数学を語る107 数学史の課題

数学における複素数の導入ということをめぐって、ここまでのところでいくつかの側面を挙げてきましたが、数論と解析学の双方に事例を求め、それらの関連を指摘すれば、おおよそ十分なのではないかと思います。ただし、「数学を語る」という観点からするとまだ十分とはいえず、ガウスの数論が展開して類体論の形成にいたる過程とか、ガウスの円周等分方程式論から「クロネッカーの青春の夢」につながっていく道筋など、もう少し詳しく語るべき余地が大きく残されています。解析学の方面でも、複素関数論の形成過程、ヤコビの逆問題と代数関数論の成立史、多変数関数論のはじまりなどなど、これもまた果てしなく広がります。虚数の魔力を語ろうとすると、これらを網羅するまで話は終わりそうにありません。
 ここでは見取り図をスケッチするだけに留めたいのですが、虚数を離れて、本来の「数学を語る」というテーマに立ち返ると、たとえば実解析の歴史が念頭に浮かびます。具体的には、これはフーリエ解析のはじまりの物語です。ここから説き起こして、カントールの集合論、デデキントの実数論などもおもしろいテーマです。
それからもうひとつ、これは数論の話ですが、ガウス以前の数論を語ることも必要です。これはフェルマ、オイラー、ラグランジュ、ルジャンドルと続く数論史で、おもしろくて重要な話に満たされています。以上のことをすべて語ることができたなら、ひとまず数学を語ったと言えそうに思いますが、まだ幾何学の話が抜け落ちています。幾何学の話というと、大きなテーマは非ユークリッド幾何学とガウスの曲面論です。
 どれほど多くのテーマを挙げても網羅するにはいたりませんが、以上の話はおおむね20世紀のはじめあたりまでの数学に属しています。20世紀に入って二つの世界大戦が起こりましたが、その中間期の1920年代あたりから30年代にかけて数学は抽象化の時代に向かい始めました。それで数学の抽象化とは何か、どうして抽象化に向かうことになったのか、具体的に見るとだれがどのようなことをしたのか等々、素朴な疑問がいくつも心にかかります。
 抽象化の時代が始まって、数学はそれからどのように推移したのかというと、おおよそ1950年代あたりに抽象化はほぼ完成し、そのまま今日にいたっています。この現象をどう見るのか、ここに批評の目を向けて、何事か所見を述べるのが、数学史に課された究極の課題です。
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数学を語る106 複素対数と留数解析

複素平面上に単位円、すなわち原点を中心として半径が1の円Cを描き、点A(z=1)から出発して円Cに沿って時計と反対回りに一周して元の点Aにもどる曲線を考えて、この曲線に沿って積分∫dz/zを計算すると、積分値2πiが得られることはよく知られています。今日の複素関数論のどのテキストにも出ていることで、線積分の定義にしたがって計算すれば即座に算出されます。何でもないことではありますが、どうして何でもないことになったのかといえば、「曲線に沿って積分する」というアイデアが提案されたからです。このアイデアは何でもないことではなく、コーシーの創意がここに現れています。この簡単な計算が複素対数の無限多価性の根拠です。コーシーとは別に、ガウスは早い時期からこの事実を承知していましたが、それもまたよく知られている事実です。
 もう少し詳しく言うと、点Aと点z(原点ではないものとします)を曲線Cで結び、AからzまでCに沿って積分するとき、積分∫dz/zが取りうる値はCが原点の回りを時計と反対回りに回る回数によって変わります。原点を一回も回らないときの値をLog(z)で表わすと、Cが原点の回りを時計と反対回りにn回にわたって回るときの値はLog(z)+2nπiになります。原点の回りを時計回りにn回にわたって回る場合には、Log(z)-2nπiとなります。
 これで複素対数の無限多価性が目に見えるようになりましたが、上記の計算は同時に留数解析の土台でもあります。ここを詳しく言うとローラン級数展開の話などをしなければならないのですが、複素関数論のテキストに書かれている通りです。ここでは繰り返しませんが、複素対数の無限多価性と留数解析は根底が同じであることに、くれぐれも注意を喚起しておきたいと思います。

数学を語る105 複素積分のアイデア

コーシーの留数計算は卓抜なアイデアですが、解析関数の留数計算でどうして実定積分の計算ができるのかと考えてみますと、複素対数log(z)が無限多価性を示す現象と根本のところが同じです。積分表示
     log(z)=∫dz/z
を見ると、その秘密がわかります。この式はこれだけでは意味が確定せず、厳密性ということを考えようとするといろいろなことを言わなければならないのですが、深い意味が秘められていて、印象は実に神秘的です。
 右辺の積分の意味を確定するには、複素平面上に積分路を指定する必要があります。積分ですから「どこからどこまで」ということを決めるのが第一ですが、「点Aから点Bまで」と決めようとしても、二点を結ぶ積分路の選定に無限の自由度があります。実積分の場合でしたら、実数直線上に二点A、Bを定めるとき、「AからBまで」ということに自然に意味が伴います。直線には向きがついているからです。ここが平面上での積分とまったく異なるところです。
 それで、ここをどうするのかという問題に直面するのですが、今日の複素関数論ではごくあたりまえのように線積分というものを定義します。二点を結ぶ曲線を描き、その曲線に沿う積分というものを考えるのですが、それならだれがこのアイデアを持ち出したのかというと、コーシーです。コーシーは実積分の定義に「コーシーの和」を導入した人ですが、コーシーの和を経由する実積分というのは、つまり直線に沿っての線積分と同じです。コーシーは実積分と複素積分を単一の同じアイデアに基づいて把握しようとしたことになります。
 そこでコーシーのアイデアに沿って積分∫dz/zを線積分と理解することにして、「どこからどこまで」の「どこから」はどうするかというと、これは理論的には原点z=0でない限りどこでもいいのですが、z=1と取ることが多いです。原点z=0はなぜだめかというと、原点は積分される関数1/zの特異点であるため、ここから出発して線積分を考えると積分値が定まらないからです。これは、左辺の対数log(z)が原点において値をもたないことに対応しています。
 そんなわけで点z=1から出発することにして、この点をAで表わすことにします。この点Aと複素平面上の点z(原点ではないものとします)を曲線Cで結び、その曲線Cに沿う線積分を考えることにすると、積分∫dz/zの意味が確定します。ただし、その値は二つの要素に依拠しています。ひとつの要素はもちろんzですが、もうひとつの要素は曲線Cです。曲線の描き方には無限の自由度があるのですから、この積分の値はひとつとは限らないことになります。このあたりが複素積分のむずかしいところです。

数学を語る104 コーシーの留数解析

珍しく風邪をひいてしまい、喉が痛くて弱りました。それで更新がとどこおってしまいましたが、少しずつ続きを書き進めたいと思います。
閑話休題。観察の範囲をもう少し広く取って、複素関数論の形成ということを考えるのでしたら、これはこれで大きな物語が紡がれることになります。オイラーによる複素対数の無限多価性の発見あたりから説き起こし、ガウス、アーベル、ヤコビの楕円関数論は当初から複素変数域において考えられていたことを指摘するというふうに進めていけば、解析学に複素数が導入されなければならない理由はおのずと諒解されます。また、円周等分方程式の理論において複素指数関数と相互法則が結ばれているのと同様に、これはガウスが認識していたことですが、レムニスケート関数と4次の相互法則は不可分です。このあたりの消息を述べていけば、数論と解析学の双方に複素数が導入されるという現象が無関係ではないことがわかり、複素数の実在感は高まるばかりです。
 解析学における複素数の導入に関連して、もうひとつ語っておかなければならないのはコーシーの留数解析です。複素関数論の形成史の冒頭に配置してしかるべき重要な理論ですが、コーシー自身はなぜか複素数に実在感を感じていなかったようで、数とも呼ばず、単なる形式的な記号みたいに扱っています。そんな態度があまりにも徹底していますのでかえって異様なほどですが、数値の算出が困難な定積分の計算に複素積分を用いるというのはなかなかのアイデアで、数学的発見の名に値すると思います。当時は数理科学の方面でむずかしい積分に次々と直面しましたので、それらを計算するためにさまざまな工夫が提案されたのですが、なかでも留数計算は画期的でした。適用範囲に限界があり、解析関数に対してのみ有効な方法です。コーシーははじめから解析関数の概念を承知していたわけではなく、かえって逆に、留数解析が適用可能な関数の範疇として、解析関数の概念が獲得されたのでした。それまでに非常に長い歳月が流れました。

数学を語る103 ガウス平面(続)

今日の数学でガウス平面というと、直交する二本の無限直線が引かれた平面が念頭に浮かびます。その二本の直線を基準にして、平面上の点の位置が二つの実数の組の形で(x,y)というふうに特定されますが、その組のことを点の座標と呼び、基準となる二本の直線のことは座標系と呼んでいます。デカルトの名をつけてデカルト座標系と呼ばれることもあります。観念的に考えると、座標系が指定された平面は複素数と関係があるわけではないのですが、複素数x+iyと座標系つきの平面上の点(x,y)がぴったり対応しますので、複素数をまるで平面上の点のようにみなすことができます。これwガウスのアイデアと見て、座標つきの平面のことをガウス平面と呼んだりするのですが、それだけのことならすでにデカルトのアイデアで実現されているようにも思いますし、どうしてわざわざガウスの名前がつけてガウス平面と呼ぶのでしょうか。
 これは素朴な疑問で、昔から謎だったのですが、これはこういうことなのではないかと、だんだん合点がいくようになりました。平面上の点の位置を指定するには一本の直線だけで十分で、現にデカルトはそうしていましたし、オイラーもそうでした。一本の直線は必ずいりますが、二本目はあってもいいですがなくてもさしつかえません。同じ理由で、複素数と平面上の点を対応させるだけなら直線は一本あれば十分で、二本目はいりません。それならどうして直線が二本になったのかというと、それはやはり複素数x+iyに寄せる実在感と関係がありそうです。実際、複素数には二つの単位があります。ひとつは「1」で、これは実単位です。もうひとつは「i」で、これは虚単位です。ガウスはこの二つの単位に対等の実在感を感知しましたから、その結果、虚単位が正負の二方向に示す変位を表示する役割を担う二本目の直線が要請されることになるのではないかと思います。
 ガウスは二本目の直線をはっきりと言葉に出して要請しているわけでないのですが、「虚の単位」というアイデアが具体的な形を取ればおのずともう一本の挑戦が出現しそうです。それで、平面上に二本の直交する直線を引いて、これをガウス平面という名で呼ぶのは妥当です。ただし、正真正銘、本当に二本の直線を引いた一番はじめの人物はだれなのか、そこはまだわかりません。
 それはともかく、ガウス平面のアイデアにより複素数を直観的に把握する道が開かれました。ガウスはこう言っています。

〈このようにして、虚という名で呼ばれる量の形而上的性格に向けて、際立って明るい光があてられるようになる。〉

〈虚量の理論を取り囲んでいると信じられているさまざまな困難の大部分は、あまり適切とは言えない呼び名に由来する(しかも、ありえない数などという、不快な響きをもつ名前を用いた人もいた)。2次元の多重形成体(空間を直観してきわめて純粋に感知されるような)が提供してくれる観念から出発し、正の量を順量、負の量を逆量、虚の量を側量と名づければ、煩雑さに代って単純さが得られ、曖昧さの代りに明晰さが得られる。〉

こうして複素数の神秘的な印象はだいぶ薄まりました。

数学を語る102 ガウス平面

ガウスは数論における数域を大きく拡大して複素数域に身を移し、4次剰余の理論をそこで展開する決意を固め、4次相互法則の発見をめざしました。ところが、いよいよ具体的に歩を進めていこうとする前に、一息入れるというか、複素数というものの理解を深めるための一案を提示しました。そのガウスの考案というのが複素平面です。論文「4次剰余の理論 第二論文」において、ガウスはこう言っています。

〈さて、複素法に関する数の合同へと歩を進めよう。だが、この究明を始めるにあたって、どのようにしたなら複素量というものの作る世界を見ることができるようになるのかということを、述べておくのがよいと思う。〉

複素量の作る世界を目に見えるようにするための工夫を提示する、とガウスは語っています。

〈実量はどれもみな、二方向に限りなく伸びる直線上に任意に取った始点から、単位として設定した線分を基準にして測定して切り取られた線分により表示される。したがって、その切り取られた部分のもうひとつの端点により表示される。その際、始点から見て一方の側は正量を表し、もう一方の側は負量を表す。まさしくそのように、各々の複素量は無限平面上の点により表示される。その無限平面上では、ある定直線が実量の表示に用いられる。すなわち、複素量x+iyは、その切除線がxに等しく、その向軸線が(切除線が切り取られる直線の一方の側を正に取り、もう一方の側を負に取ることにして、その線から見て)yに等しい点によって表示される。〉

複素量は平面上の点に対応すると言われていますが、複素数z=x+iyと平面上の点Mを対応させるに、平面上に一本の無限直線Lを引いておきます。L上の任意の位置に点Aを定め、それを始点と呼びます。たったこれだけで準備がととのいましたが、この状況は、オイラーが曲線を関数のグラフとして把握しようとしたときのアイデアと同じです。今度は曲線ではなく複素数ですが、複素数は二つの実数xとyを組み合わせて作られていますから、xを切除線、yを向軸線と見ることにすれば、複素数x+iyに対応して平面上の点M(x,y)の位置が定まります。
 これだけでもよさそうですが、ガウスはなお一歩を進め、「虚の単位」に着目してこう言っています。

〈こんなふうにして、正の単位は任意に定められた方向に向かう任意に定められた変位を表し、負の単位は反対の方向に向かう同じ大きさの変位を表し、最後に二つの虚の単位は垂直な二方向に向かう同じ大きさの変位を表すものとするとき、任意の複素量は、それが所属する点の位置と始点の位置との差異の大きさを測定していると言うことができるのである。〉

実量に「実の単位」があるように虚量には「虚の単位」があり、「虚の単位は垂直な二方向に向かう同じ大きさの変位を表す」というのですが、ここに登場する「垂直な二方向」という一語は何を示しているのでしょうか。実量を表示するのに一本の無限直線が使われましたが、その直線と垂直に交叉するもう一本の無限直線がここで考えられていると見てよいのでしょうか。
実量の場合にそうしたように、虚量についても、「虚量はどれもみな、二方向に限りなく伸びる直線上に任意に取った始点から、単位として設定した線分を基準にして測定して切り取られた線分により表示される」というふうにはっきりと書かれていれば状況は明白なのですが、そのようにはっきりと語られているわけではありません。「垂直な二方向」という一語が、もう一本の無限直線を示唆しているようにも思いますが、あらためて考えてみると、そのような無限直線を実際に引かなくてもいいのかもしれません。肝心なのは「垂直な二方向」に向かう「虚の単位」というアイデアで、このアイデアがあれば複素平面は定まります。今日の流儀のように、平面上に直交する二本の無限直線をあらかじめ引いておく必要はなさそうです。

数学を語る101 ガウスの言葉をもう少し

当初の計画では円周等分方程式の話から「クロネッカーの青春の夢」に及び、さらに高木先生の類体論を語るというふうにするつもりだったのですが、その前に、数論への虚数の導入を語るガウスの言葉をもう少し具体的に紹介しておくのがよいのではないかと思い当たりました。以下、ガウスの論文「4次剰余の理論 第二論文」(1832年)から引用します。

〈・・・一般理論の真実の泉の探索は、アリトメチカの領域を拡大して、その中で行わなければならないという確信に到達した。〉

この宣言とともに、今日の代数的整数論の端緒が開かれました。続いて「アリトメチカの領域の拡大」ということの中味が語られます。

〈詳しく言うと、これまでに究明されてきた諸問題では、高等的アリトメチカは実整数のみを取り扱ってきたが、4次剰余に関する諸定理はアリトメチカの領域を虚の量にまで広げて、制限なしに、a+biという形の数がアリトメチカの対象となるようにしてはじめて、際立った簡明さと真正の美しさをもって明るい光を放つのである。〉

こうして、4次剰余相互法則の究明の場でのガウスの数学的体験に誘われて、虚数の実在感に寄せる確信は飛躍的に高まりました。虚数を考えてもかまわないけれども考えなくともよいというような形式的な状況判断ではなく、数学に虚数を導入してはじめて「真実の泉」が発見されるような数学的現象に直面することにより、虚数の実在感ははじめて高まります。虚数だけを切り取って存在の有無を問うのではなく、ガウスにとって、虚数の存在は4次剰余相互法則の探索と切り離すことができません。ガウスは4次剰余相互法則を複素数域において探索し、実際に見つかりました。まさしくそのことが、虚数の実在感を佐々えています。
 虚数の存在の有無は客観的な議論の対象ではなく、ガウス個人の感受性に帰着する問題です。ガウスがはっきりと感知した実在感はガウス個人のものですから、ガウス以外の人にも共有されるかどうか、それはわかりません。わかりませんが、共有する一群の人たちもたしかに存在し、しかも相次いで現れました。それが数学史の成立ということであろうと思います。
虚数の実在感を支える現象は、ガウス以前にも虚数の対数が考えられた際に現れました。それを第一番目と見ると、数論の場でのガウスの体験は第二番目になります。

数学を語る100 数論と円周等分方程式

ガウスは4次剰余相互法則をどのように探索したのでしょうか。この道のりを語れば長くなりますが、以前、一冊の単行本を書いて概況を報告したことがあります。ここでは「数学における虚数」という観点からいろいろな事例を挙げたいと思い、ガウスの数論に一例を求めたのですが、ここから先はどのようになっていったのかというと、代数的整数論という理論ができました。主だった担い手の名前を挙げると、ガウス以降、ヤコビ、ディリクレ、クロネッカー、クンマー、ウェーバー、ヒルベルトと続き、その次に高木貞治先生が登場します。これはつまり類体論の建設にいたる道筋で、1801年のガウスの著作『アリトメチカ研究』から高木先生の2篇の主論文が出るまで、おおよそ120年ほどの歳月が流れています。この流れにおいて虚数は一貫して主役の位置を占めています。
 4次剰余の理論では虚数は不可欠で、まさしくそれがガウスの偉大な認識でした。新たな数学的認識が表明されたのですが、それもまた数学的発見の名に値するのではないかと思います。
 ところでガウスの数論には、4次剰余の理論のほかにも虚数が活躍する場面があります。それは円周等分の理論で、『アリトメチカ研究』の第7章に展開されています。この理論では円周等分方程式を解くのですが、円周等分方程式というのは
   X=(x^n-1)/(x-1)=0
という方程式のことで、その根はn-1個あり、複素平面上の単位円周、すなわち原点を中心にして描かれた半径1の円周上に均等に配置されています。すべて複素数です。
 数論の本にどうして円周等分方程式が登場するのかという疑問は当然起こりますが、これについてはガウス自身も誤解されるのではないかと危惧していたようで、序文でわざわざ弁明しています。一見すると数論とは無関係のように見えますが、さにあらず。実は非常に深いところで数論と連携するのだという主旨のことを語っているのですが、これはつまり円周等分方程式論の中に平方剰余相互法則の証明がひそんでいるということで、ガウスは「ガウスの和」を考察することによりこの証明を実現しました。
 「ガウスの和」にはもちろん虚数が出てきますから、このガウスの証明は十分に虚数の実在感の根拠になりえます。ただし、平方剰余相互法則の証明は虚数をつかわなくてもできるのですから、これだけではまだ少し根拠が弱そうでもあります。ですが、円周等分方程式と数論の関係は非常に深遠で、単に「それをつかえば平方剰余相互法則が証明できる」というだけにとどまりません。

数学を語る99 4次相互法則と虚数

ベルヌーイの等式とオイラーの公式のことはだいぶ前に詳しく紹介したことがありますので、詳述は避けますが、当面の課題として、西欧近代の数学にどのようにして虚数が出現したのかということを理解することをめざしたいと思います。古代ギリシアの数学と西欧近代の数学を比較すると、根柢において連繋しているのはまちがいないとして、ギリシアにはなくて西欧の近代においてはじめて出現したものもあります。もっとも際立っている現象が二つ。ひとつは無限解析の創造です。もうひとつは虚数の発見です。発見というか、形式的に目が留まったということでしたら2次方程式の解法の場で早い時期に遭遇していたとも言えますが、「虚数を考えなければ理解できない数学的現象」に直面したおりに、積極的に虚数の実在を感知する方向に歩を進めていくようになったのは、実にめざましい事態です。それで、単に発見というのではなく、「虚数の自覚的発見」と言いたいと思います。
「虚数の自覚的発見」の事例として、「虚数の対数」の次に挙げなければならないのはガウスの数論であろうと思います。「虚数の対数」と同様、これについてもこれまでに何度か繰り返して語ってきましたので、ここでは簡単に振り返るだけに留めますが、ガウスは「4次剰余の理論」において虚数と遭遇しました。ガウスは若いころ、4次の相互法則の存在を確信し、長い歳月をかけてその姿を発見しようと苦心を重ねていたのですが、当初は通常の整数、すなわち有理整数域において探索しました。それはそれでいろいろな形の法則が見つかったのですが、どうも完全な形の法則ではないような気がしたようで、さらに探索を続けました。そうこうするうちに次第に認識が深まっていったようで、ついに4次剰余相互法則の十全な姿を見つけるには複素数域に移らなければならないという認識に到達しました。もう少し具体的にいうと、ガウス整数、すなわち
       a+b√-1 (aとbは有理整数)
という形の複素数を対象にするとき、そのときはじめて満足のいく4次剰余相互法則が見つかるというのがガウスの認識で、実際に見つかりました。
 4次剰余相互法則は「虚数を導入してはじめて理解することのできる数学的現象」の恰好の事例で、虚数の実在感の強力な支えです。それに、ガウスは一般の複素数の世界の中にガウス整数を配置しようとして、複素数というものを一般的な視点から把握しようと試みました。今日の数学では複素数をガウス平面上の点に対応させて考える流儀が定着していますが、このアイデアを提案したのもガウスで、4次剰余相互法則を理解するための工夫です。

数学を語る98 ベルヌーイの等式とオイラーの公式

負数と虚数の対数は存在するか否かという問いが、ただこれだけを切り取って提出したとしたら、答はイエスかノーのどちらかしかありません。そのほかの答があるとすれば、「わからない」とか「関心がない」というようなことでしょうか。
 数学の世界で何かが存在するか否かを考えるとき、考える根拠はやはり数学の世界それ自体の中に宿っていると見るのが本当だろうと思います。数学の世界はもともと抽象的に作られていますが、抽象的に見えるのは数学を外側から見たときのことで、数学の内側に入り込めば抽象とは感じないこともありえます。積分の計算などは日常の目で見ればすでに抽象的ですが、数学の世界では具象性が感じられます。これに対し、ライプニッツが発見した微分計算の規則は、数学の世界の中でも抽象的ですが、それでも実在感が感知されます。それならその実在感は何に支えられているのかと考えてみると、無限解析の諸相という、数学の世界における具象的なあれこれを制御する役割を担っているからです。数学の世界に具象と抽象があり、具象を制御する抽象、言い換えると具象がいっぱいに詰まっている抽象は抽象的な感じがしません。
 数学に虚数が登場する場面というと、有名なところでは「オイラーの公式」という名で知られる等式
       e^(iθ)=cosθ+i sinθ (i=√-1)
がありますが、これは虚数の対数の実体を探索する中でオイラーが遭遇した等式です。複素指数冪と正弦、余弦との関係を与えている等式で、一見するとなんだか奇妙な感じがありますが、真に深い謎を秘めているのは虚数の対数のほうです。
 「ベルヌーイの美しい等式」というのもあります。それは、
        (log√-1)/√-1=π/2
という等式です。虚数√-1とその対数の比を作ると実の有限値π/2になるというのですが、たしかに変な等式で、神秘感があります。オイラーの公式に移ると
      e^(π√-1/2)= √-1
となりますが、このように表記すると何事でもありません。ベルヌーイの等式の初出はベルヌーイの1702年8月5日付の手紙です。半世紀の後、オイラーは「負数と虚数の対数に関するライプニッツとベルヌーイの論争」(1749/51年)という論文の中ででもこの等式に言及し、「ヨハン・ベルヌーイの美しい発見」と呼びました。
 ベルヌーイの等式は虚数の対数log√-1の正体がまだ把握されていない時期に書き下されましたので、完全に正確とは言えないのですが、複素対数というものの不思議さの一端に触れています。オイラーも驚嘆し、その根底にあるものを明るみに出したいと念願したことと思います。

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オイラー研究所の所長です

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オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

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