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『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 15 複素関数論の誕生に向けて

 微積分のはじまりのころの主テーマは「曲線を理解すること」でしたが、そこから始まった物語は100年余の変遷を経て変容を重ねた末に、ヤコビにいたって楕円関数の概念に結実しました。その実態はルジャンドルのいう「第一種楕円関数」(すなわち、ヤコビのいう第一種楕円積分)の逆関数ですから、ヤコビに先立ってアーベルもまた同じ概念を手にしていたのですが、アーベルは何も特別の名前を付けませんでした。楕円的超越物、すなわちルジャンドルのいう楕円関数、すなわちヤコビのいう楕円積分の理論において、ヤコビの見るところ、中核に位置を占めると見られたのはヤコビのいう楕円関数でした。ヤコビの楕円関数こそがこの理論全体の基礎であると見るのがヤコビの思想であり、著作『楕円関数論の新しい基礎』の書名もまたこの思想に由来しています。
 ヤコビは新しい基礎の上に十分に諸理論を展開しましたが、『楕円関数論の新しい基礎』を最後まで読み進めて改めて強い印象を受けることがあります。それは複素変数関数論の発生の契機のことなのですが、ヤコビが繰り広げた展開の理論のなかに楕円関数の根底を求めようとすると、おのずと複素関数論が認識されるのではないでしょうか。最後に到達したこのそこはかとない、しかしきわめて鮮明な印象が得られたことが、『楕円関数論の新しい基礎』の訳読が完了して得られたもっとも大きな収穫でした。
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『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 14 楕円関数の本性の探索

 楕円関数というものの概念規定ひとつを取っても歴史的経緯は実に複雑で、幾人もの人々の数学的思索が重なり合っています。この概念の契機は多彩で、思いつくままに拾ってみても、

積分計算による楕円、双曲線、レムニスケートの弧長測定(それに、サイクロイドなどもここに挙げておくべきであろうと思います)、
変数分離型の微分方程式の解法、
ランデン変換、
レムニスケートの等分、
楕円的超越物の標準形、
三種類の楕円的超越物、
ルジャンドルによる楕円関数という呼称の提案、
第一種楕円関数の逆関数への着目、
二重周期性の発見、
ヤコビによる楕円関数と楕円積分という用語の提案

等々、いくつものエピソードが連なっています。数学の諸概念は歴史的に生成されることがよくわかります。「楕円積分の逆関数が楕円関数」という簡単明瞭な説明が流布していますが、これはこれで間違いとは言えないまでも、何かしら意味のあることが語られているとも言えません。
 ここに挙げたエピソードは微積分のはじまりのころからヤコビにいたるまでの歴史から採集したのですが、楕円関数論の歴史はヤコビで終わったのではなく、まだ続きがあります。楕円的超越物を三種類に区分けすると、第一種の楕円的超越物については逆関数が認識され、それが今日の数学でいうところの楕円関数の泉になったのですが、ヤコビ以降、楕円関数の諒解様式がさまざまに提案されました。第一種楕円積分の逆関数ということをもって楕円関数を認識するのでは、何というか、本性が把握されていないという感触があったのでしょう。
 早世したアーベルはそこまでのことをしていませんが、もう少し命があれば、踏み込んでいったかもしれません。ヤコビは早くからこの方面に数学的志があったようで、1829年の年初に書き上げられた『楕円関数論の新しい基礎』の時点ですでに有力な一歩が踏み出されています。それは末尾の第61節のことで、前に紹介したように、この節には「楕円関数は分数関数である」という明快な言葉が小見出しとして附されています。しかも「分母と分子の位置を占める関数H、Θ」が具体的に指定されています。このような分数表示は「第一種楕円積分の逆関数としての楕円関数」に備わっている性質として表明されたのですが、視点を変えて、逆に分数表示から出発するというのは有力なアイデアです。ヤコビの遺稿に
「テータ級数の諸性質から導出される楕円関数の理論」
というのがありますが、この視点に立脚すれば、まずはじめに各種のテータ級数というものを提示し、その後に「テータ級数の商」として楕円関数を「定義する」ということが考えられます。
 『楕円関数論の新しい基礎』の後半は「楕円関数の展開の理論」と題されていて、楕円関数を表示する三種類の展開が紹介されています。第一の展開は無限積展開、第二の展開はフーリエ級数展開。第三の展開は、楕円関数を分数の形に表示するときに用いられる二つの関数H、Θのそれぞれのフーリエ級数展開から導かれる展開式で、第65節に記されています。
 ここにおいて興味が深いのは、ヤコビは展開に寄せてきわめて強い関心を寄せているという事実です。この点はアーベルも同様です。このような傾向を眼前にしてはたと思いいたるのは、関数の解析性という概念です。オイラーが一番はじめに表明した関数概念は「解析的な表示式」というものでしたが、ここに見られる「解析性」という言葉は、これはつまり「何かしら式で表示される」というほどの意味合いを表しているのではないかと思います。「式」というのは何かというと、明確な定義はありませんが、テイラー展開や無限積展開やフーリエ級数展開など、歴史的に発見された二、三の具体的な式が念頭に浮かぶところです。「式そのものを指して関数と呼ぶ」というオイラーのアイデアは、「式」の一語の指し示すものが明確でありさえすれば十分に高い一般性をもちえます。ここに着目して、「式」の意味を無限冪級数と定めれば、「解析的な関数」の概念が獲得されるのではないかと思います。ヴァイエルシュトラスのいう解析関数はそのようなものでした。

『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 13  楕円積分と楕円関数

 楕円関数論において、ヤコビはどのような状勢を指して「新しい基礎」と呼んでいるのでしょうか。楕円関数という言葉は「関数」という名詞に「楕円的」という形容詞が冠せられて構成されています。関数概念の背景にはオイラーに始まる歴史的光景が広がっていますし、楕円的という形容句からは楕円や双曲線やレムニスケート曲線の弧長積分が即座に連想されます。今日の数学にも楕円関数がありますが、それは「二重周期をもつ一複素変数の解析関数」というもので、正しく理解するには「二重周期」や「解析的な関数」という概念に諒解しなければなりません。二重周期ということでしたらヤコビの『楕円関数論の新しい基礎』にも登場しましたが、解析関数のほうはヤコビには見あたらず、ヤコビ以降、それなりに長い歳月を要して獲得された概念です。解析関数といえば、コーシー、ヴァイエルシュトラス、リーマンの名が念頭に浮かびます。
 楕円や双曲線やレムニスケート曲線の弧長の測定ということでしたら、微積分の発生の時期にすでに課せられていたテーマでした。イタリアの数学者ファニャノは、レムニスケート曲線の弧長測定が楕円と双曲線の弧長測定に帰着されることを示し、イギリスの数学者ランデンは、双曲線の弧長測定は楕円の弧長測定に帰着されることを示しました。これによって楕円、双曲線、レムニスケート曲線の中で楕円の占める位置がもっとも根源的なのではないかという印象がかもされますが、「楕円関数」に冠された「楕円的」という形容句はまさしくこの強い印象に由来しているのではないかと思います。
 曲線の弧長は積分計算によって遂行されますが、楕円の弧長積分はどのような名前で呼ぶのがよいのでしょうか。今日の用語体系では端的に「楕円積分」という言葉が割り振られていて、いかにも自然ですし、妥当な感じを受けるのですが、微積分のはじまりのころは「楕円的な超越物」と呼ばれていました。超越物は文字通り「超越的なもの」というほどの意味の言葉ですが、もう少し具体的にいうと「超越的な変化量」のことと見てよさそうです。今日のように積分の理論構成が定積分から出発するのではなく、当初の微積分の根幹を作るのは変化量の概念で、積分もまたそれ自体が変化量なのでした。積分という計算装置を経由するとさまざまなタイプの変化量が生成されますが、それらはごく普通に超越的になります。超越的な変化量が次々に出現することに驚きがあったのでしょう。
 それらの「超越的な変化量」「超越的なもの」の中に楕円に由来する一系列が浮上して、「楕円的な超越的変化量」「楕円的な超越物」という素朴な呼称があたりまえのこととして使われたということなのであろうと思われます。あくまでも変化量が「超越であること」に関心があったということにほかなりません。これが、「楕円積分」ではなく「楕円的な超越物」と呼ばれた理由です。
ルジャンドルの著作『積分演習』の書名にも、このような状勢が反映していますが、ここにおいてルジャンドルは独自に一歩を進め、新たに「楕円関数」という用語を提案しました。超越的な変化量の世界において楕円的なものを切り取って楕円関数と名づけたのですが、この命名はルジャンドルの創意であることに、くれぐれも注目したいと思います。ここに関数の一語を使ったルジャンドルの心情には、オイラーの影が射していたであろうことは疑いの余地がありません。
 この状況を受けてヤコビが登場し、ルジャンドルのいう第一種楕円関数の逆関数をあらためて楕円関数と呼ぶというアイデアを提示しました。それならルジャンドルのいう楕円関数のことはどのように呼ぶのかというと、ヤコビ媚びの提案は「楕円積分」でした。これが楕円積分という用語の初出です。これでようやく「第一種楕円積分の逆関数を楕円関数と呼ぶ」という言い回しに意味が付与されて、そのまま今日に及んでいます。

『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 12 第二種と第三種の楕円積分

 楕円関数の展開の話の続き。第43節から第46節までの4個の章には、「xの倍数の正弦もしくは余弦に沿って進んでいく級数に展開された関数sin^n am (2Kx)(π), 1/(sin^n am (2Kx)(π))に対する一般公式」という小見出しが附されています。内容は小見出しの通りで、フーリエ級数展開の続きです。sin^n am (2Kx)(π), 1/(sin^n am (2Kx)(π))という、特別の形の関数がフーリエ級数に展開されるのですが、このような関数が取り上げられた理由は、続く第47節と第48節で明らかになります。この二節には「第二種楕円積分が級数に展開される」という小見出しが附されているのですが、ここで言われている級数もまたフーリエ級数です。ここまでのところで楕円関数と第二種楕円積分がフーリエ級数に展開されました。
 フーリエ級数への展開は第三種楕円積分に対しても試みられます。それは第51節と第52節のテーマで、この二節には「第三種楕円積分が級数に展開される.第三種積分を新しい超越物を用いて適切に表示する方法」という小見出しが附されています。
第51節と第52節の小見出しの後半に「第三種積分を新しい超越物を用いて適切に表示する方法」と記されていますが、これは何のことかというと、第三種楕円積分をテータ関数Θ(u)を用いて表示する方法のことです。ヤコビは第三種楕円積分を表示するためにテータ関数という新しい関数を導入したのですが、このあたりからヤコビの創意が前面に打ち出されてきます。
 概観の順序が前後しましたが、第49節と第50節には「アンプリチュードがアーギュメントに等しい第三種不定楕円積分が定積分に帰着される」という小見出しが附されています。第三種楕円積分の世界において、「不定」と呼ばれる積分と「定」と呼ばれる積分が語られるのですが、これらはもちろん今日の微積分でいう「不定積分」「定積分」とは何の関係もありません。
 引き続き小見出しを拾っていくと、次のようになります。

第53-55節
<第三種楕円積分におけるパラメータとアンプリチュードのアーギュメントの加法>

第56-60節
<表示式Z(iu),Θ(iu)の実アーギュメントへの還元.アンプリチュードとパラメータのアーギュメントが虚の第三種楕円積分の一般的還元>

第61節
<楕円関数は分数関数である.分母と分子の位置を占める関数H,Θについて>

第62-66節
<関数H,Θの級数展開.楕円関数の第三の展開>

 ここにおいて特に注目に値するのは末尾の6個の節で、ヤコビはここで「楕円関数は分数である」と明快に宣言し、分母と分子の位置に登場する二つの関数としてHとΘを挙げました。Θは第三種積分を表示するためにすでに導入されたテータ関数です。

『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 11 ヤコビの肖像

     


          ヤコビの肖像

          ヤコビ全集、第1巻より 

『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 10 楕円関数のさまざまな展開

 第26節から先の小見出しを拾うと、

第27節
<モジュールλのモジュールkへの変換に対する諸式,すなわち第一補充変換>
第28節
<楕円関数の乗法に対する一般的な解析的式>
第29-34節
<モジュラー方程式の諸性質>

と続きます。『楕円関数論の新しい基礎』の前半「楕円関数の変換」はここまでで終りです。
 この状勢を一瞥すればおのずと明らかなように、ヤコビはモジュラー方程式に深い関心を寄せましたが、ヤコビにはルジャンドルという先駆者がいました。ルジャンドルは非常に一般的な視点に立脚して楕円積分を考察し、三種類の標準形を設定し、どのような楕円積分も、適切な変数変換により三種類の楕円積分のいずれかに帰着されることを示しました。この事実自体は簡単な式変形にすぎませんが、モジュラー方程式などもこの事実を土台にしてはじめて認識できるようになるのですから、ルジャンドルがしたことは相当の重みをもっています。
 ルジャンドルのいう第一種の楕円積分とは
  ∫dx/√(1-x^2)(1-k^2 x^2)
という形の積分のことですが、ルジャンドルはこれを同じ形の積分に変換することを考えました。形が同じならばいいのですから、変わるものがあるとすれば定量kのみです。それと、積分そのものが定数倍されるという状勢も考えられるところです。
 具体的にいうと、すでに第13節で3位の変換が報告されましたし、第15節では5位の変換が報告されました。ともにルジャンドルが提示したもので、ヤコビはルジャンドルの発見を祖述して、そこに、モジュラー方程式を考えていくための出発点を定めました。ルジャンドルの発見にはすでにモジュラー方程式がはっきりと現れています。
 第33節を見ると、提示された楕円積分のモジュールλと、変換された先の楕円積分のモジュールkとの間に成立する微分方程式が書き下されています。このあたりはヤコビの独壇場で、アーベルには見られません。
 第35節から後半部になり、第66節まで続きます。後半部の全体に「楕円関数の展開の理論」という見出しが附されていますが、実際に読み進めていくと楕円関数を表示する展開式がさまざまな仕方で獲得されています。
 第35節から第38節までのところでは楕円関数の無限積展開が探索されています。
 第39節から第42節までは「楕円関数の変数の倍数の正弦もしくは余弦に沿って進む級数への展開」という小見出しのもとで叙述されています。ここで言われている展開はフーリエ級数にほかなりません。フーリエ級数といえばフーリエの著作『熱の解析的理論』が即座に念頭に浮かびますが、この数学史上に名高い作品が刊行されたのは1822年のことで、『楕円関数論の新しい基礎』の刊行の7年前になります。ヤコビはこの新しいタイプの無限級数にいち早く着目し、楕円関数に適用したのでした。

『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 9 三角関数の加法定理

 変換理論の枠組みの中で乗法の理論を考えようとするのは実に興味が深く、ヤコビとアーベルの双方の楕円関数論の関係を考えるうえでもここが正念場になります。ヤコビもアーベルも変換理論を承知していましたし、特別のタイプの変換を考えると乗法が出現することもまた知っていました。歴史をさかのぼればオイラーにたどりつきますし、オイラーが発見した楕円積分の加法定理から説き起こし、ラグランジュ、ルジャンドルと論述を重ねていけば、ヤコビとアーベルが楕円関数論において何をしたのか、非常によくわかります。というよりも、この作業を遂行しなければ楕円関数論とはどのような理論だったのか、本当のところを諒解するのはむずかしいと思います。
 この仕事は30年来の課題だったのですが、あまり間延びがしても仕方がありませんし、近々取り掛かりたいと考えているのですが、当面の課題がヤコビの著作『楕円関数論の新しい基礎』を概観することですので、しばらく抑制しなければなりません。そんなことを前置きにしたうえで、重複をいとわずに強調しておきたいことを少々。
 アーベルは楕円関数の等分に深い関心を寄せていました。これはガウスの影響によるものです。
 ヤコビは変換理論から楕円関数論の世界に踏み込んでいきました。これはルジャンドルの影響によるものです。
 ヤコビは等分の理論には関心を示しませんでした。
 こんなところでしょうか。もっとも急いで付け加えなければならないのですが、楕円積分を越えて超楕円積分の世界に分け入っていくと「ヤコビの逆問題」に出会います。この問題が解決されると「アーベル関数」とか「ヤコビ関数」などと呼ばれる多変数の関数が認識され、楕円関数の場合と同様、それらの関数に対しても等分の問題が考えられます。ヤコビはその等分問題については考察し、著しい予想を書き遺しています。これを言い換えますと、ヤコビは等分問題に無関心だったわけではないということなのですが、ここではそんなことを指摘しておくだけにとどめます。
 楕円積分の乗法の問題についてもう少し理解を深めるために、三角関数の場合を考えてみたいと思います。円積分
θ=∫_[0→x]dx/√(1-x^2)
を考えると、これは単位円、すなわち半径が1の円の弧長積分で(それで「円積分」と呼ばれます)、xとθはx=sin θという関係で結ばれています。これはつまりxをθの逆関数と見ると、それは正弦関数にほかならないということで、微積分のはじまりのころから広く認識されていました。楕円関数論はこの認識の延長線上に現れてくるのですが、それはさておき、なるべく簡単な場合を考えることにして、

 ∫_[0→z]dz/√(1-z^2) = 3∫_[0→x]dx/√(1-x^2)

という方程式を考えてみます。これをyと置くと、一方ではz=sin yとなり、また一方ではx=sin(y/3)となります。すると正弦関数の3倍角の公式により、zはxの3次多項式としてz=p(x)という形に表されます。この等式により上記の積分の変換が実現されるのですから、正弦関数の3倍角の公式というのは円積分の変換理論の枠の中で理解する
この場合、方程式
   z-p(x)=0
は円積分の一般3等分方程式であり、方程式
   p(x)=0
は特殊3等分方程式にほかなりません。3等分方程式が「一般的」と言われるのは、その根は任意の円弧の3等分点に対応するからですし、「特殊」と言われるのはその根が全円周の3等分点に対応するからです。
 三角関数には加法定理が成立し、倍角の公式は加法定理の特別の場合として認識することも可能です。楕円関数論の世界にも加法定理が成立しますが、これを発見したのはオイラーです。

『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 8 変換と乗法

 第24節に進む前に補足をひとつ。第22節に「ルジャンドルは同誌第130号において証明を好意的かつ明晰判明に吟味しようとする意志を明らかにした」という主旨の言葉が出ていましたが、ここにはやはり註釈を附しておくのがよいと思いました。「同誌」というのは「天文報知」のことで、巻6、第130号にはルジャンドルの論文「ヤコビ氏により発見された楕円関数の新しい諸性質に関する注意」が掲載されていいます。末尾に「1828年2月6日」という日付が記入されています。また、「付記」も添えられているのですが、その日付は「1828年2月11日」です。このような論文が書かれたということ自体、ヤコビの変換理論に寄せるルジャンドルの関心の大きさを物語っています。
 『楕円関数論の新しい基礎』の第24節にもどると、ここには

<いろいろな同位数変換.二つの実モジュールの変換.大きいモジュールから小さいモジュールへの変換と小さいモジュールから大きいモジュールへの変換.>

という長い小見出しが附されています。楕円積分の変換に伴ってモジュールもまた変換されますが、ヤコビが着目しているのは出発点のモジュールと変換先のモジュールとの間の関係です。以下、『楕円関数論の新しい基礎』の前半「楕円関数の変換」の終りまでモジュールの変換をめぐる話題が続きます。
第25節の小見出しは、

<補変換,すなわちモジュールの他のモジュールへの変換から補モジュールの他の補モジュールへの変換を導く方法.>

というのですが、内容は小見出しで言われている通りで、特別の説明は不要と思います。この節を基礎として、第26節「補充変換から乗法へ」では楕円積分の「乗法」が話題にのぼります。「乗法」とは何かというと、これもまた楕円積分の変換の一種で、その意味するところは次の式を見ると一目瞭然です。

dz/√(1-z^2)(1-k^2 z^2)= ndx/√(1-x^2)(1-k^2 x^2)

zとしてxの適当な有理式z=p(x)/q(x)(p(x)とq(x)はxの多項式)を選定するとこの式が成立するというのがつまり「乗法」ということで、モジュールkは不変ですが、微分式の全体がn倍されています。これ自体は微分式の変換式ですが、両辺を積分すると楕円積分のn倍化を示す式が手に入ります。その際、このn倍を与える有理式z=p(x)/q(x)を書き直すと、
  q(x)・z-p(x)=0
という代数方程式が得られますが、これは「楕円積分の一般n等分方程式」と言われるものです。特にz=0となる場合を考えて、p(x)=0という方程式を書き下すと、「楕円積分の特殊n等分方程式」になります。
 アーベルは一般等分方程式や特殊等分方程式の代数的可解性に深い関心を示し、著しい結果を手にしましたが、ヤコビにはそのような関心は認められません。その代わり、ヤコビは一般的な変換理論を広々と語り、その世界の中に乗法の問題を位置づけるという姿勢を示しました。もっともそれだけのことならアーベルもまた先刻承知でした。

『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書 7 目次概観

 「父を思う」というタイトルを附して回想を綴ってきましたが、45回まで進んだところで一段落しましたので、また数学の歴史叙述にもどりたいと思います。この間、ヤコビの『楕円関数論の新しい基礎』の翻訳を続けてきたのですが、年末までに相当に進展し、年明けを待って1月9日の時点で完了しました。なかなかたいへんな仕事でしたが、大量の数式のすべてに丹念に目を通すことによってはじめて認識することのできた事実は非常に多く、やはり古典は完訳しなければ読んだことにならないと思ったことでした。
 翻訳稿は出版社にわたしましたので、これから二回ほど校正を重ねて訳文を調整し、それから「訳者後記」を書いて、3月中には刊行されるのではないかと思います。
それで「翻訳覚書」の続きを書いていきたいのですが、前回が第6回。今回が第7回目になります。第23節まで概観が進みましたので、第24節から始めることになりますが、その前に目次を観察しておきたいと思います。全体は二部構成で、前半は「楕円関数の変換」、後半は「楕円関数の展開の理論」と題されています。
 以下、目次です。

(前半)
楕円関数の変換 第1-34節

変換に関する一般問題の説明 第1,2節
変換の諸原理 第3,4節
表示式dy/√±(y-α)(y-β)(y-γ)(y-δ)はいっそう単純化されたdx/√(1-x^2)(1-k^2 x^2)という形で提示される. 第5-9節
dy/√(1-y^2)(1-λ^2・y^2)の他の類似の形の式dy/√(1-x^2)(1-k^2・x^2)への変換 第10-12節
3次の変換が提示される. 第13-14節
5次の変換が提示される. 第15節
変換を二度適用することにより乗法に到達する道筋 第16節
楕円関数の新しい表示記号 第17節
楕円関数の解析における基本的な諸式 第18節
楕円関数の虚の値.二重周期の原理 第19節
楕円関数の変換の解析的理論 第20節
変換のための解析的諸式の証明 第21-23節
いろいろな同位数変換.二つの実モジュールの変換.大きいモジュールから小さいモジュールへの変換と小さいモジュールから大きいモジュールへの変換. 第24節
補変換,すなわちモジュールの他のモジュールへの変換から補モジュールの他の補モジュールへの変換を導く方法.第25節
補充変換から乗法へ.第26節
モジュールλのモジュールkへの変換に対する諸式,すなわち第一補充変換.第27節
楕円関数の乗法に対する一般的な解析的式.第28節
モジュラー方程式の諸性質.第29-34節

(ここから後半)
楕円関数の展開の理論 第35-66節

楕円関数の無限積展開.第35-38節
楕円関数の変数の倍数の正弦もしくは余弦に沿って進む級数への展開.第39‐42節
xの倍数の正弦もしくは余弦に沿って進んでいく級数に展開された関数sin^n am (2Kx)(π), 1/(sin^n am (2Kx)(π))に対する一般公式.第43-46節
第二種楕円関数が級数に展開される.第47-48節
アンプリチュードがアーギュメントに等しい第三種不定楕円積分が定積分に帰着される. 第49,50節
第三種楕円積分が級数に展開される.第三種積分を新しい超越物を用いて適切に表示する方法. 第51,52節
第三種楕円積分におけるパラメータとアンプリチュードのアーギュメントの加法.第53-55節
表示式Z(iu),Θ(iu)の実アーギュメントへの還元.アンプリチュードとパラメータのアーギュメントが虚の第三種楕円積分の一般的還元. 第56-60節
楕円関数は分数関数である.分母と分子の位置を占める関数H,Θについて. 第61節
関数H,Θの級数展開.楕円関数の第三の展開.第62-66節

『楕円関数論の新しい基礎』翻訳覚書6 楕円関数の力

 少々滞ってしまいましたが、訳出が少し進みました。第22節はこんなふうに書き出されています。

<われわれがシューマッハーの手で刊行された「天文報知」第127号で与えた証明において,K/nの代わりにω,Mの代わりに(-1)^((n-1)/2 Mを配置し,他のすべてはそのままにしておけば,そこから先ほど提示された証明が見い出される.変換の解析的な一般定理は,少々別の形で,前に第123号の同じ箇所で解析学者たちに報告した.この学問の最高権威であるルジャンドルは,同誌第130号において証明を好意的かつ明晰判明に吟味しようとする意志を明らかにした.その際,この尊敬すべき人物は,等式

  V dU/dx-U dV/dx=ABCD/M=T/M

に多くの言葉を費やして注意を払っている.証明が成立するのはこの等式のおかげである.われわれはこれを変換の諸原理からまったく代数的に手に入れたのだが,変換原理がなくとも,解析的に確認することも可能である.それは,この卓越した人物の見解では,われわれの定理に栄誉ある光を投げかけるということであるから,以下のようにして手短に証明してみたいと思う.>

 これを見れば明らかなことですが、変換理論の一般定理の証明はもうすんでいるのですから、第22節は附録のようなもので、省略してもさしつかえありません。ではありますが、ヤコビとしてはルジャンドルに敬意を払う気持ちもあって、ここにわざわざ取り上げたのでしょう。
 楕円関数を変換して形を変えるとモジュールが変わりますが、元のモジュールkと変換された先のモジュールλはもとより一定の関係で結ばれています。第23節には、そんな関係を明示する関係式がいろいろな形で提示されています。元の楕円関数と変換先の楕円関数との関係を示す等式もいろいろな形で記述されています。そのようなことが可能のは、楕円関数、すなわち楕円積分の逆関数に着目したからで、この新しい視点に立脚することにより、楕円関数の解析的な諸性質を基礎にして精密な解析が行われるからです。逆関数、すなわち楕円関数の力が十分に発揮される場面です。

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オイラー研究所の所長です

Author:オイラー研究所の所長です
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オイラーを研究して40年。所員募集中。
オイラー生誕300年を期して熱くオイラーを語り合いましょう。
西暦2011年は岡潔先生の生誕110年の節目の年です。
西暦2013年は岡潔先生のエッセイ集『春宵十話』が刊行されてから50年目の節目です。

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