オイラーの論文[E251]に立ち返り、序文の続きを読んでみたいと思います。すでに目を通したのは第1節から第3節までで、オイラーは微分方程式の特殊解と一般解、代数的な解と超越的な解について語っていました。微分方程式において、「解」と言っても「積分」と言っても意味は同じであること、完全積分という言葉は一般解と同義であることに、あらためて注意を喚起しておきたいと思います。
《4. このようなわけで、ある微分方程式について、たとえその完全積分が超越的であろうとも、それが代数的な特殊積分を許容することが起りうるのであるから、提示された微分方程式
m dx/ √(1-x^4) = n dy/√(1-y^4)
の完全積分が、たとえこの微分方程式に対して代数的な特殊積分を提示することが可能であろうとも、超越的藷量を含むのではないかと疑う理由がないわけではない。実際、完全積分は
m∫dx/ √(1-x^4) = n ∫dy/√(1-y^4) + C
となるが、これらの積分は円や双曲線の求積法に手段を求めても決して定めることができないのであるから、一般的に見て超越的なこれらの式が、定量Cは不定に留まるという状勢において、xとyの間の代数的関係式に帰着されるということが本当にありうるとは決して思われないのである。》
《5. なるほど確かに、微分方程式
m dx/√(1-x x) = n dy/√(1-y y)
の完全積分は、もし係数mとnの比が有理的であれば、いつでも代数的に提示することが可能である。だが、この式の両辺の積分はどちらも円弧を表している。したがってその完全積分はm Asin x = n Asin y + C であるが、有理的な相互比を保持する弧と弧に関する正弦と正弦の関係は代数的に表示されうるのであるから、これらの場合についても完全積分方程式が代数的に提示されうるのは不思議ではない。しかし、超越的な式dx/√(1-x^4)とdy/√(1-y^4)においてはこのような比較の可能性はないし、少なくとも確立されていないのであるから、代数的量への積分の還元は求めてもかなえられないことであろう。
6. しかし、それにもかかわらず、もしこのような微分方程式
m dx/√(1-x^4) = n dy/√(1-y^4)
が提出されたとするならば、その完全積分は、それはもちろん任意定量を含んでいるのだが、比率m : nが有理的であるときにはいつでも代数的に表示されうるという状勢を私は観察した。それに、これはよりいっそう注目に値すると私には思われるのだが、私は確実な方法によってその積分に導かれていったというわけではなく、むしろ、さまざまな試みと推測を通じてそれを発見したのである。それゆえ、この積分へと導いてくれる直接的方法が見つかれば、解析学の領域が相当に拡大されることになるのは疑う余地がない。まさしくそれゆえに、解析学の探究に向けてありとあらゆる努力が傾けられてしかるべきであろうと思われるのである。》
オイラーはファニャノの発見に示唆を得て、係数mとnの比率は有理的として、微分方程式
m dx/√(1-x^4) = n dy/√(1-y^4)
の完全積分、すなわち一般解を求めることに成功しました。その手順を具体的に叙述することが論文[E251]のテーマなのですが、オイラーの意図はここまでの序文を通じてだれにもはっきりと諒解されるのではないかと思います。
ここで再度ファニャノの言葉に立ち返ると、これまでに何度も繰り返して語ってきたことですが、ファニャノの研究の契機になったのは、イソクロナパラケントリカ(測心等時曲線)の作図をレムニスケートの作図に帰着させたベルヌーイ兄弟の発見であり、レムニスケート曲線の名が高まったのもこの発見によるのでした。ファニャノの後、レムニスケートはガウスとアーベルの手で取り上げられて、数論と楕円関数論の新たな領域が開かれるにいたりましたが、そのレムニスケート曲線が数学の現場に登場した時点にさかのぼると、イソクロナパラケントリカという、変分計算の世界の著名な曲線に出会います。さながら数論と楕円関数論と変分法が融合して一個の種子と化したかのようなめざましい数学的情景で、心を惹かれます。
ファニャノの発見がオイラーに及ぼした影響については上述した通りですが、これだけではわからないこともまた残されています。それは、イソクロナパラケントリカの作図を試みたというベルヌーイ兄弟の数学的意図は何だったのかということなのですが、そのような試みを通して、ベルヌーイ兄弟は何を明らかにしようとしたのでしょうか。それと、この問題をレムニスケートの作図に帰着させることに、どのような数学的意味が認められるのでしょうか。この問いに答えるには、無限解析もしくは無限小解析のはじまりのころ、すなわちオイラー以前にさかのぼらなければなりませんが、ここでは将来の歴史的考察の課題として提起するだけに留めたいと思います。