詳しく話せばきりのないことですし、それにこれまでも同じような話を繰り返してきたように思うのですが、ともあれそんなわけですので、コーシーの無限小解析の枠の中にフーリエ解析の柱を打ち立てるのが、今日の解析概論に望まれる姿ではないかというのが、津田塾大学の数学史シンポジウムでの講演の骨子でした。年のためにもう一度強調しておきますと、この場合のフーリエ解析というのはフーリエとディリクレ、それにリーマンの理論そのものを指しています。
それともうひとつ、これは数学史シンポジウムの講演では多くを語ることのできなかったことなのですが、フーリエ解析とともに複素解析もまた微積分のテキストに取り入れて、主柱を二本にしたいところです。実解析と複素解析を区分けするのは適切とはいえませんし、発生の事情を顧みても複素解析の契機は微積分のはじまりの当初からすでに芽生えていたのでした。まずはじめに実解析ができあがり、それからおもむろに複素解析へと進んでいったというような凡庸な現象は実際には見られないもので、新しいことがはじまるときにはすべてがいっせいに芽生えるものなのではないかと思います。
講演ではおおよそこんなふうなことを話し、そのうえで、自分で言い出した理想の微積分のテキストをみずから書いてみたいと宣言しました。欲を言えばさらにもうひとつ、フーリエ解析と複素解析に加えて変分法を添えたいところですが、この方面はまだ勉強が足りませんので、発言することができません。ベルヌーイ兄弟に端を発し、オイラーの手で歩みを始めた変分法の研究が進展すれば、微積分のテキストはますます充実したものになるにちがいありません。
シンポジウムの会場にはゴローさんと谷川さんの姿も見えました。谷川さんは高校の数学の先生ですが、ゴローさんの大学時代の先輩で、お二人とも山岳部の出身です。シンポジウムの終了後、コーシーとフーリエを翻訳した西村研究員もいっしょに四人で国分寺のおそば屋さんに行き、しばらく話をしました。「ハーケンを打つ」という話はこのときうかがいました。西村さんにはぜひもう一冊、翻訳を手がけてほしいという話も出ましたので、ここはぜひロピタルの『曲線の理解のための無限小解析』の完訳をめざしてほしいと提案したところ、ゴローさんと谷川さんも大賛成でした。はじめはためらっていた西村さんもついに承諾し、これからの方針が定まりました。
シンポジウムに前後して依頼された原稿が二つあり、ひとつは締め切りが10月20日ですので、講演の準備と平行して少しずつ書き進めていました。テーマは「寺田寅彦の物理学」です。もうひとつの原稿のテーマは岡先生のことで、岡先生の学問を紹介してほしい、具体的には「現代数学における岡理論の意義」について書いてほしいというのが依頼の内容です。岡先生の多変数関数論は今日の数学の根幹を作っていますから、「現代数学における意義」があるのはまちがいありませんが、岡先生本人はこれが不満で、あれは私の理論ではないと言っていました。それで、「現代数学における意義」を書くと岡先生を書いたことにはならず、岡先生の数学研究そのものの意義を書くと現代数学とは離れてしまいます。ここを突き詰めていくとむずかしい問題になるのですが、少し話し合って、岡先生自身に焦点をあてて書くことになりました。
岡先生の「情緒の数学」にはいわゆる情緒的な雰囲気はまったくなく、秋霜烈日というか、恐るべき厳しさを内に秘めています。それとともにもうひとつ、「情緒の数学」の根底には、今日の数学のすべてを向こうに回して全面的に対峙するというほどの、強靭な意志が充満しています。ヨーロッパにもリーマンやアーベルのような数学者がいたことですし、かつては「情緒の数学」が成立していたと思いますが、20世紀にはいってしばらくして情緒の消失が目立ち始め、岡先生の目には、今日の数学にはすっかり地を払ったように映じていたのではないかと思います。
岡先生は数学という学問をそんなふうに見ていたのではないかと思いますし、40年前に岡先生を知ったときから心を惹かれていたのですが、これを実証するには大量の古典を読まなければなりませんでした。「情緒の数学」という視点は成立すると、今は思います。それで「情緒の数学史」を書けそうですが、そのうえでなお大きな課題があります。それは、晩年の岡先生が20年ほど取り組んで、ついに放棄した難問のことなのですが、これについてはいずれよい折を見て語りたいと思います。